1444話 決意するシム

さてと。シムは確保したことだし宿に帰ろうか。やっぱ自分の足で探すより、慣れた者に頼んで正解だったな。アレクも今頃は宿に戻っているのかな。


「シム、帰るぞ。」


「お……押忍……」


「ま、待ってくれ……あ、あんた本当に魔王だったんかよ……妖禁楼や繚乱華で暴れたって……」


うん? それはたぶん娼館の名前だよな? シムの姉ちゃんがいたのはどっちだったか。どうでもいいけど。


「さっきも言ったが勇者ムラサキに負けてない方の魔王な。ローランド王国で魔王と言えば最近は俺だけど、元々は魔王サタナリアスを指すからな?」


どうでもいい事だけどね。


「知らねーよ……」


「じゃあな。こいつら手当てしてやったら蔓喰に恩が売れるぞ?」


さっきのあいつは手下をほったらかして帰ったし。薄情な奴め。


「それどころじゃねぇよ……」


まずは仲間の手当てが先かな。私の知ったことではないんだけどね。倒れてる奴らの中にヒョージが見当たらないのが気になると言えば気になるかな。


さて、帰ろう。




「何事もなくて良かったな。アレクに感謝しろよ?」


「お、お嬢様がおれを……?」


「ああ、拐われて売り飛ばされるのが目に見えてたからな。放っておけなかったのさ。アレクは優しいから。帰ったらよく礼を言っとけ。」


「お……押忍……」


ここで私に礼を言えないところが甘いが構わない。教育してやろうなんて思わないもんな。今の私は明日の劇場のことで頭がいっぱいなんだから。久々の演劇だもんな。どんなのやってんだろ。楽しみだわぁ。


「それよりシム、今後どうするんだ? 俺としては村に帰るべきだと思うがな。」


「帰りたくない……」


「ならどうする? こうやって助けてやれるのもこれが最後だ。村に帰らないのなら生きていく術を身につけるか仕事を探さないとな。」


「仕事……」


テンモカに十歳のガキでもできる仕事なんてあるのか? この街の規模からすればいくらでもありそうかな?

これがクタナツならば薬草詰みや虫の駆除、それからゴブリン退治など子供でもできる仕事はいくらでもあるんだが。あとネズミ捕りってのもあったなあ。それでも宿代を考えたらキツイよなぁ。ゴブリン一匹退治でぎりぎり一食分だもんなぁ。安宿の相場なんか知らないし。あ、それをやったのがベレンガリアさんか。あの人も波瀾万丈だよなぁ。


「明日中に決めろ。今なら村まで送り届けてやる。それに今夜は泊めてやるが明日の夜は泊めてやらんからな。」


「お、押忍……」


他にも選択肢はあるんだが……そっちは地獄道だな。




あー疲れた……

結構な裏街だったせいで宿に戻るまでだいぶ迷ってしまった。来る時の三倍ぐらい時間がかかっちゃったよ。アレクが戻っていればいいんだけど……


「カース!」


「アレク!? え!? その格好どうしたの!? 最高なんだけど!」


アレクったらロビーで待っててくれたのか。しかもなぜか真っ赤なドレスで。似合いすぎる。超かわいい。金緑紅石、アレクサンドライトの首飾りまでしちゃって。美しすぎるぜ。


「ちょっとオシャレしてみただけよ。シムは見つかったのね。じゃあ勝負はカースの勝ち。さあ言って。何でも言うこと聞くわ。」


むふふ。


「それは後にしよう。それよりアレクさ、蔓喰の誓約野郎と約束したんだって? シムを見つけたら裸踊りするって。」


「さすがカースね。もうそこまで知ってるなんて。半分本当よ? 裸踊りではなくて五分間私の裸をじっくり観察すること。隅々までね? おまけに契約魔法までかけられてしまったわ。」


なるほどね。やはり裸踊りはあいつの勘違い、もしくは思い込みだったってわけか。実際には目の前でアレクが裸になろうものなら寄ってたかってめちゃくちゃにするつもりだったんだろうけどさ。


「分かったかシム。アレクはお前のために体を張ってくれたんだぞ? しかも契約魔法をかけられてまでさ。」


「お嬢様! 僕なんかのために! ありがとうございます! このご恩は忘れません!」


アレクには素直なんだよなぁ。こいつもしかして歳上の女の子に弱いだけか?


「シム、どこの国でもそうだけど……負け犬に居場所なんてないのよ? 敗者は全てを奪われて、地べたを這いつくばって生きていくしかないわ。生きていられるだけマシかも知れないけどね。強くなりなさい。ローランドに帰ってしまう姉やに届くまで。」


負け犬に居場所はない……か。

昔サンドラちゃんも弟君たちに言ってたよなぁ。いじめられっ子のシルバ君とシドニー君。元気にしてるのかなぁ。


「押忍! 強くなります! ローランドの姉やに届くま……ローランド……ローラン……」


あら、シムの奴……考え込んでしまったぞ?

まさか……


「あの……魔王……様……」


「何だ?」


「おれをローランドまで連れてってくれ……さい……」


あーあ。そこに気付いてしまったか。知らないぞ? それは地獄道だぞ?

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