1437話 久々の棍術稽古
結論から言うと、店員はエチゴヤの関係者ではなかった。さっき死んだ四人がエチゴヤの下っ端見習いで、店員はその昔馴染みと。後先考えないあいつらの脅しとわずかの金で、もし私を見かけたら知らせることになっていたわけか。
あの四人は私を仕留めることで名を上げてエチゴヤに入りたかったそうだ。バカ丸出し。
「お、教えてくれ……なぜ分かった……?」
ふふふ。あまり洞察力の鋭くない私ですら分かったぐらいだ。お前が間抜けだったからだよ。
「お前、バーテンダーじゃないな。ただ酒を注ぐだけの店員だな?」
「なっ! 違う! 俺はバーテンダーだ!」
「なら、なぜジンマに関する質問に答えた? 他の客の話を本人のいない所でするとは、それでもバーテンダーか?」
まあこれは言いがかりだ。そんな職業倫理をきっちり守る平民がヒイズルどころかローランドにだって何人いることやら。だが、バーテンダー失格なのは間違いない。
「くっ……確かに親方からは言われてた……」
おおー。本物のバーテンダー発見。しかもマスターじゃなくて親方って言うのな。
「あとヒュドラの話で盛り上がってんのに視線が動きすぎ。おまけに魔力も乱れまくってたぞ? 何か悪いことしてますってのがバレバレだ。魔力の増減で外に信号でも送ってたのか?」
「そ、そうだ……」
ふーん。いいアイデアだな。仲間内に一人でも魔力感覚が敏感な奴がいれば合図を拾ってくれるもんな。問題はどの程度近くにいるかがこいつには分からないことだろう。だからこいつは何度も何度も無様な信号を送り続けたんだろうな。そりゃあバレるさ。
「最後に、お前はあの扉から出てきてすぐの第一声が『大丈夫ですか』だったな。あんな分厚い扉でよく外で何かが起きたって分かったな? せめて見送りに出てきたように装えばよかったのにな。」
「あ……そ……な……」
「じゃあ死ね。」
「ちゃ、ちょ、まっ『風斬』……」
「あれ……? 俺……」
「良かったな。今日はいいことがあったから恩赦だ。助けてやるよ。」
『水壁解除』
「ほ、ほんと、に……?」
「もちろんさ。頭を触ってみな?」
恐る恐る手を伸ばす店員。
「痛っ! ひいっ! 血っ、血ぃぃーー!」
頭頂部をスパッと切った。頭蓋骨には影響ないから死にはしないさ。代わりにこいつは一生カッパハゲだ。
「その頭のことを聞かれたら、ローランドの魔王にやられたって言うといい。丁寧に状況を説明した上でな? お前きっと人気者になれるぜ。エチゴヤですら全滅したのにお前は生き残ったんだからよ。分かったな?」
「は、はいぃ! 語り継ぎます! 魔王様は凄かったって! 慈悲深かったって!」
「分かればいい。じゃあ向かいの建物の傷だけど、お前が弁償しとけ。いいな?」
「は、はいぃ! しますぅ!」
街中で酔って風斬なんて使うもんじゃないなぁ。
「こいつらの死体も片付けとけよ? そこらの金は拾っていいからよ。」
「はっ、はいぃぃ!」
まあ海に捨てれば終わりだろうけどさ。それにしてもまだエチゴヤの残党が残ってたのか。もっとも下っ端見習いって話だし、その程度の奴らはまだまだいるんだろうな。ついうっかり殺してしまったのは失敗だったかな。気にしてないけど。
さて、まだ夕暮れまでは時間があるけど宿に帰ろうかな。今日も部屋とってないんだよな。どうしよ?
ロビーの椅子に座り、紅茶を飲みながら優雅に錬魔循環だ。やはり基礎を疎かにしてはならないのだ。ヒイズルに来てから魔力放出はほとんどやってないが、錬魔循環は毎日欠かさず行っている。棍の稽古はそこまでやってないけど……こんなことじゃあいかんなぁ……
よし、錬魔循環を継続しながら棍の稽古といこうか。客室係に聞いたところ、体を動かすのは裏庭ならいいそうだ。ちょいと『身体強化』を強めにかけて……
基本の円運動からきっちり行う。棍をゆっくり、段々と速く回転させる。体のどの位置でも回せるように。棍の先まで魔力を通しながら。
身体強化を使うとパワーやスピードが増す分、正確さに難が出るんだよな。このイグドラシルの棍『不動』はかなり重いからな……パワー、スピード、正確さ。全てを同期させるつもりで振るわないと魔物が振り回す棍棒と同じになってしまうんだよな。難しい……
「おーっ? おめーあん時のガキじゃねぇか?」
稽古中の私に声をかけるのは誰だ?
「ん、誰だ? 見たところ冒険者か?」
固太りの体型に革鎧。まあまあの素材を使ってんな。
「おうよ! オワダの六等星ビムー様よぉ!」
ビムー……どこかで聞いた気がする……
「俺に何か用か?」
「いいやぁ? 別に用なんかないぜぇ? ただよぉ? ジンマたちがえれぇおめーにビビってやがったからよぉ? ちいっと腕ぇ見てやんかと思ってなぁ?」
ジンマ……
「思い出した。お前あの時バーにいた臭い奴だな? 今日は臭くないな。風呂入ったのか。いい心がけだ。不潔な冒険者は狩り的にも健康的にも不利だからな。その調子でがんばれよ。」
「ほほぉ? 生意気な口ぃきくじゃねぇか? そんだけ言うからにゃあ腕っぷしに自信あんだろぉ? どうよ、やってみっか?」
まあ稽古にはちょうどいいよな。
「いいぜ。来いよ。」
不動を構える私。一方、ビムーが背中から抜いたのは、ハルバードだった。珍しいな、斧付きの槍か。
「おらぁいくぜぇ!」
おお……意外だ。てっきり腕力に任せた大振りばかりするかと思えば……
ちゃんと細かく攻めてきやがる。生意気に基本ができてんだなぁ……それなら私にとってもいい稽古になる。こつこついこうか。
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