1434話 カムイの牙ボタン
アレクサンドリーネの魔法『麻痺』でカムイの痛みを抑えつつ、ヘンレイが剛腕を活かし力尽くで抜いたカムイの牙。
「ガウガウ」
まだ終わってないと言わんばかりのカムイ。
「糸も必要なの。カムイの毛から加工できるかしら?」
「無茶ばかり言うわねぇ? この子の毛って明らかにボタンを縫う糸に向かないじゃない。でも仕方ないわね。やってやるわよ。その分お代はしっかりいただくわよ?」
「もちろんよ。じゃあ、これぐらいあれば足りるかしら?」
カムイの毛を切り取ったアレクサンドリーネ。サウザンドミヅチの短剣でも苦労するほどだった。
「いいわよ。明日のこの時間に来るといいわ。それまでには何とかするわ。」
「明日……今夜にはオワダを離れる予定だったけど。仕方ないわね。さすがに無茶を言ってることぐらい分かるわ。じゃあ、期待してるわね。」
「ええ。また明日。待ってるわよ?」
注文を済ませて店を出た一人と一匹。アレクサンドリーネはカースに何と言おうか、少し頭を悩ませていた。
「カムイ、牙を抜いたところは痛くない?」
「ガウガウ」
頭を横に振るカムイ。
「やっぱり痛いのね。私の麻痺じゃあそこまで効果がないようね。早く帰ってカースに何とかしてもらいましょ?」
「ガウガウ」
「あ、そうはいかなかったわ。私はさっきの仕立て屋にまだ用事があるの。カムイは先に帰っておいてもいいのよ?」
「ガウガウ」
やはり首を横に振るカムイ。アレクサンドリーネを置いて帰るなど考えられないのだろう。
「そうね。カムイは偉いわね。じゃあ行きましょ。なるべく早く済むようにするわ。」
アレクサンドリーネの用事とは?
そろそろ夕方だな。宿の部屋はもうチェックアウトしちゃったからな。ロビーでアレクを待とうかな。紅茶でも飲みながら。うん、うまい。コーちゃんは熱燗だ。尻尾で器用に注ぐんだよなぁ。手酌酒ならぬ尾酌酒?
「ピュイピュイ」
そろそろアレク達が帰ってくる? よかった。特に問題ないだろうとは思ったけど、無事でよかった。
「カース、ただいま。待たせたかしら?」
「おかえり。そうでもないよ。さあ、それじゃあテンモカに戻ろうか。」
「それなんだけど、もう一泊しない?」
おや、アレクにしては珍しい。何事だ?
「いいよ。どうしたの?」
「ほら、私ったら酔ってカースのウエストコートのボタンを飛ばしてしまったじゃない? だから新しいボタンをプレゼントしようと思ったの。で、そのボタンがね……」
「ガウガウ」
「なっ!? カムイ……お前その牙……」
「カムイは生えてくるからいいって言ってるようなんだけど、痛いそうなのよ。何とかしてあげて欲しいの。」
「ガウガウ」
「分かったよ。まったくカムイったら無茶するんだから。ほら、口開けてみな。」
あーあ。見事にスパッと抜けてるよ。ほれ、しみるだろうけどしっかり飲みな。高級ポーションを一本丸ごとだ。
「ガウガウ」
まずいって? 当たり前だ。ポーションは高いやつほど不味いんだよ。いつぞやのネクタールが懐かしいな。
おっ、もう生えてきたぞ。ポーションに歯を生やす効果なんかないのに、カムイはすごいな。ムリーマ山脈の虫歯ドラゴンを思い出すぞ。
まったくもう。カムイ、ありがとな。今夜はたっぷりマッサージしてやるからな。
「アレクもありがとう。嬉しいよ。」
「だって私がやったことだし……あ、それからボタンを縫う糸もカムイの毛から作るのよ。カムイは偉いわね。」
「ガウガウ」
「おお、それはすごいね。それなら二度と弾け飛んだりしないだろうね。ありがとなカムイ。」
「ガウガウ」
さて、そうなると今夜の宿をどうするか……
客室係に聞いてみたところ、昨夜泊まった離れはすでに塞がっているらしい。夕方だもんなぁ……
幸い普通の部屋が一室ほど空いていたので、そこにすることにした。一泊で八万ナラー。離れに比べるとかなり安いね。
うう……風呂が狭い……
いや、まあ風呂があるだけで贅沢なんだけどさ。
翌日。午前中はオワダ商会に顔を出して、何か問題が起きてないかの確認をしておいた。私がこんなに早く顔を出すとは言ってなかったので少し驚かれたな。次に来るのは第二便の予定だったからな。
よし。特に問題なし。女同士のトラブルもなければオワダの者との間のトラブルもなし。ポリーヌが上手いこと仕切ってくれてるんだろうな。やるもんだ。
昼からはアレクに連れられてボタンを作ってくれている魔道具屋に向かう。魔道具屋か……ローランドではあんまり行ったことがないんだよな。市販の品はしょぼいし、オーダーメイドは超高いし。
「あそこよ。ちょっと変なお店だけど腕は確かに見えたわ。」
「あれだね。へー、魔道具屋ヘンレイ。」
見た目は普通だね。入ってみよう。
「あーら昨日のかわいいお嬢ちゃん。まぁ! こんないい人がいたのねぇ? ようこそ魔道具屋ヘンレイのお店へ。」
うわぁ……強烈なおっさんだなぁ……
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