1433話 仕立て屋ジョナタと魔道具屋ヘンレイ
カースがシーカンバーを訪ねている頃、アレクサンドリーネはオワダの店を片っ端から訪ね歩いていた。
宝飾品屋、仕立て屋、雑貨屋、魔道具屋から、骨董品屋、乾物屋、薬屋、武器屋など。
目当ての品があるわけでもなくあちこちの店を出入りするアレクサンドリーネ。
そもそも、カースの誕生日に何を贈るべきか。そのイメージすら湧いてない。カースの好みは知っている。頑なに同じ服を着て、装飾品も簡素。しかしそのスタイルは完成されている。それだけに身に付ける物を贈ることはできない。
だからこそ、行く店行く店で何が目新しいものを発見できないか望みをかけていたのだ。
そんなアレクサンドリーネを見て声をかけてくる男達はいくらでもいる。
商人風、冒険者風、遊び人風。しかし貴族に見える男はいなかった。
「ねえ彼女どこ行くの?」
「食事でもどう? いい店知ってんだ!」
「ふっ、俺をその気にさせるなんていけない子猫ちゃんだ……」
色んな男が声をかけてきた。
もちろんアレクサンドリーネの対応は無視だ。時折りそんなアレクサンドリーネに激昂して殴りかかり、手や足を氷で覆われる者もいた。
中には……
「調子ん乗ってんじゃねぇぞこのアマぁー!」
「ちっとキレぇだからってお高くとまりやがって!」
「おう! 拐っちまおうぜ! てめぇが女だってことぉ思い知らせてやんぜ!」
仲間を集めて復讐に来る者もいた。
『氷刃』
縦に横にとアレクサンドリーネの魔法が飛び、彼らの服は切り裂かれた。いや、その下からは血が滲んでいる。
「次は殺すわよ?」
一撃で殺さないとはアレクサンドリーネも丸くなったのか、それともカースの甘さがうつったのか。
そんなアレクサンドリーネだが、逃げていく男達の服を見て思い出したことがある。自分が酒に酔ってカースのドラゴンウエストコートのボタンを飛ばしてしまったことを。思い起こせば今日のカースのウエストコートはいつものドラゴン革ではなく、サウザンドミヅチの方だった。トラウザーズも同じサウザンドミヅチ製だったために特に違和感もなく、気にすることもなかった。カースにもそんな日があるのだろうと。
だが、実際のところボタンが全て飛んでいるため着れなかったのだ。
そこでカースへのプレゼントを思いついた。慌てて道を引き返し、仕立て屋へと飛び込んだアレクサンドリーネ。
「いらっしゃ、あー、さっきの。どうした? 今度はどうしたんだ?」
「ボタンを探してるの。それも最高級のものよ。」
「最高級ねぇ……そりゃあまあ色々あるけどさ。今ある中で一番高いのってったら……この水牛鬼の角かな。五つで二十万ナラーってとこかな」
思案するアレクサンドリーネ。
「悪くないんだけど……ドラゴンはないの? そのボタンを付ける服はドラゴンの革製ウエストコートなの。」
「はあああ!? ドラゴンのウエストコート!? しかもウエストコートって言えばローランドの……あっ! あんた魔王の連れか!?」
「そうよ。だから魔王カースに相応しいボタンが欲しいの。それから糸もね?」
「そうかい……だがドラゴンなんざあるわけないしなぁ……うーん……」
考え込む店主。
「ガウガウ」
アレクサンドリーネが誰に絡まれても特に介入しなかったカムイが不意に声を発した。
「カムイ、どうしたの?」
「ガウガウ」
もちろんカムイが何を言いたいかなどアレクサンドリーネには伝わらない。ただ、牙を剥き出しにしているだけだ。
「牙……はっ! まさかカムイ! その牙を使えと言うの!?」
「ガウガウ」
首を縦に振るカムイ。さらにアレクサンドリーネの足に自らの毛皮を擦り付けた。
「その毛を使えとも言いたいのね!?」
「ガウガウ」
「カムイ……分かったわ! あなたの気持ち、確かに受け取ったわ! そういうわけよ。牙をボタンに加工するにはどこがいいかしら? あ、ただの牙じゃないわ。ドラゴンの皮膚をも貫通する恐るべき牙よ?」
「マジかよ……それなら魔道具屋のヘンレイんとこしかないな。ちっと目の色変えるかも知れんが他にないだろうよ……」
「分かったわ。後で戻ってくるわ。まだ私の用が終わってないから。」
「お、おお、そりゃまあ構わんが……」
そうして魔道具屋の場所を教わり移動したアレクサンドリーネ。
「ここね。」
先ほど歩いた時は見かけなかった裏通りにある店。
「お邪魔するわよ。」
「あら、かわいいお客さんね。魔道具屋ヘンレイのお店にようこそ。どういったご用件かしら?」
アレクサンドリーネは絶句した。自分もたまに着るような肌の露出が激しいキャミソールを店主が着ていたからだ。丸坊主、そしてミリ単位で揃えられた清潔感のある髭を生やした男が、だ。カウンターの向こう側にいるため下半身は見えないが……
「仕立て屋ジョナタから聞いてきたわ。この狼の牙からボタンを作ってもらいたいの。」
「まあ! ジョナタちゃんから! あの子ったらかわいいとこあるんだからもう! で、その狼ちゃんの牙を抜いてボタンを作るってこと? 気が進まないわね!」
「できないの? それなら帰るわ。邪魔したわね。」
踵を返したアレクサンドリーネ。
「ちょいちょい! 待ちなさいよ! できないなんて言ってないでしょ! そんなかわいい狼ちゃんの牙を抜くのに気が進まないの! あなた飼い主? よくそんな残酷なことができるわね!」
「違うわよ? この子の名前はカムイ。ローランド王国では『魔王の牙』なんて呼ばれてるわ。まさか魔王カースを知らないわけじゃないわよね?」
「ガウガウ」
きっとカムイは、自分はカースの友達だ。と言いたかったのではないだろうか。
「あ、もしかしてエチゴヤの深紫にも勝った狼ちゃんってこの子のことなのぉ!? すごぉい! でもいいの? 牙って抜いたら二度と生えてこないわよ?」
「ガウガウ」
首を横に振るカムイ。
「ほら、こう言ってるし、やめときましょうよ?」
「ガウガウ」
またもや首を横に振るカムイ。
「どうしたのカムイ。牙を抜かれたら二度と生えないのよ? それでもいいの?」
「ガウガウ」
さらに首を強く横に振り、その後一度縦に振るカムイ。
「よくないわよね。やめやめ。だいたいボタンなんて何でもいいじゃない? わざわざ大変なことしなくてもねぇ?」
「ガウゥ!」
牙を剥き出しにして唸るカムイ。
「もしかしてカムイ、牙のことなんか気にしなくていいからやれって言いたいのかしら?」
「ガウガウ」
「ちょっと本気!? こんな立派な牙してるのに! あなたも止めなさいよ!」
それでも首を横に振るカムイ。
「あ、もしかして……ねえカムイ。牙って抜いても生えてきたりするのかしら?」
「ガウガウ」
大きく首肯するカムイ。
「うっそ!? ホントに!? この狼ちゃんどうなってるのよ!?」
「それは気にしなくていいわ。カムイがこう言ってることだし、やるわよ。サイズからすると……二本あれば足りそうね。カムイ、上と下、どっちの二本を抜いていいの?」
「ガウガウ」
左前脚を挙げて見せるカムイ。
「左の上下を一本ずつってことね?」
「ガウガウ」
首肯するカムイ。頭の良い狼である。
「分かったわよ! やればいいんでしょ! もぉー!」
そう言って立ち上がったヘンレイの下半身はピチピチの革パンツで覆われていた。
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