1429話 弾け飛んだ龍のウエストコート
「失礼いたします。お酒とおつまみをお持ちいたしました」
「ありがとう。そこに置いといて。」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
この状況でも顔色一つ変えずに仕事を全うする客室係はさすがだね。アレクはどうにか私のウエストコートに顔をねじ込んでぐりぐりやってる。猫かな?
「ピュイピュイ」
いいよコーちゃん。先に飲んでて。しっぽでとっくりを器用に傾けるんだよなぁ。
「ガウガウ」
風呂か。少し待てよ。まだ湯が入ってないって。
「カァーースゥゥーーぅ……」
私の胸元からくぐもった声が聴こえる。アレクはなおもウエストコートの中を前進しようとしている。なぜそうも頑なに狭いところを通りたがるんだ。さすがにこれにはドラゴン革を使用したウエストコートも……
やっぱりね。内側からの圧力に耐えきれずボタンが弾けてしまったよ。もーぉ、アレクったら。サイズ自動調整機能を上回る突っ込み具合か。
「えへへぇーカースがいたー!」
「ふふ、もちろんいるよ。よし、お風呂入ろうか!」
「入るぅー!」
まったくもう。さっき歩いてた時は結構普通だったのに、この部屋に入ったら急に弾けたぞ。さてはさっきまでは我慢してたな?
『浮身』
アレクとおつまみセットを浮かせてと……
『水滴』
風呂に水を溜めよう。うん、適温。
「カースぅー脱がせてぇー!」
「よーし、任せておいて!」
私とお揃いのドラゴンウエストコート。そのボタンを一つずつ外す。改めて思うがこのボタンの材質は何だろう? さっき弾けたボタンも拾ってあるが。せっかくだから次はミスリルボタンにしてもいいかも。ムラサキメタリックボタンやオリハルコンボタンにすると収納や換装をする際の魔力消費がとんでもないことになりそうだからな。
よし。全部脱がせたぞ。うーんいつ見ても美しい身体だなぁ。白磁だね。魅惑のカーブだね。さて、私は換装でっと……
「あー! 私が脱がせてあげようと思ったのにぃー! カースのバカァー!」
「ははは、ごめんごめん。じゃあさ、僕の体を洗ってよ。ね?」
「いいわよー!」
ハイテンションで無邪気なアレク。どんだけ飲んだんだ? オヤジの小言と冷酒は後から効くってやつか?
うちの父上から小言なんて言われたことないなぁ。いつも、もっと遊べばいいのにとか自由にやれとか、そんな教えが多かった気がする。
アレクパパはどんな小言を言うのだろうか……
「ねぇカースぅ……」
「だーめ。それは後で。次はカムイを洗うんだからね?」
「はーい!」
私の背中を洗っていたはずのアレクの手が段々と前に伸び、双丘を背中に密着させ濡れた声でのお誘いときたもんだ。ここにカムイがいなかったら大乱闘が始まってるね。
ふう。では湯船に浸かってのんびりと一杯……
おっ、また冷酒だ。さすがの客室係。気が利くねぇ。うーん旨い。やや辛口だけどほんの少し甘味を感じる。こりゃつまみが欲しくなるね。おっ、チーズじゃん。風呂で食べるにはやや重いけど、この酒との相性はバッチリだな。
「ピュイピュイ」
コーちゃんも気に入った? 美味しいよね。
「アレクはこれを飲むといいよ。」
『氷壁』
『水滴』
「うん! ありがとう!」
氷で作ったジョッキにクラッシュアイスと水。つまり完全なる水だ。キンッキンに冷えてるぜ。
大きめのジョッキを両手で持って喉を鳴らしながら飲むアレク。可愛らしさが限界突破だ。
「おいしーい! もう一杯いい?」
「いいよ。」
『水滴』
ほのかに私の魔力を感じる水。火照った体には最適だね。魔力サプライ。
私も飲もう。うーんいい酒。まったくまだ十六歳だってのに私ときたら。
あっ!
そうだ!
もうすぐ誕生日だ!
すっかり忘れてた! 今日って何月何日なんだ? 確かカゲキョー迷宮を出た時が九月末だったよな? もしかして過ぎてる?
まあいいや。私もセブンティーンか。大人だね。中身の方は何年経ってもちっとも大人になった気がしないけど。
前世からカウントすれば五十近いのかな。前世でだって何年経っても大人になった気がしなかったもんな。そんな人間が教師をやってるなんてお笑いだ。質問されたら答えてたけど。教育に対する情熱なんかなかったもんな。とにかく面倒を起こさないようにして早く帰ることしか考えてなかったよなぁ。出世したいって気も全然なかったし。つくづくダメ教師だったなぁ……
こんな教師でも評判がいいって間違ってるぜ。面倒だから叱らなかっただけなのに。教育って難しいね。
あらら、アレクったら私の肩にもたれかかって寝ちゃってるよ。可愛い寝顔だなぁ。よし、出よう。そして今夜はこのまま寝ようかな。たまにはこんな夜があってもいいよね。うーんプラトニックな夜。
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