1427話 剣鬼と詐欺師
すっかり黙り込んだポリーヌ。互いに好き勝手なことを喋り続けている番頭とアレク。ご機嫌な様子で酒をちびちびと舐めるコーちゃん。
「オワダの北のところの路地裏の角の隅のとこで私はよく隠れて……」
「クタナツはフランティアで最も辺境に位置してた街なんだけど……」
「いやぁオワダって本当に素晴らしい街なんですよ……」
「クタナツだって最高の街なんだから……」
「目の前に広がるは青い海……海の魔物は恐ろしいですが食べると旨いんですよ……」
「目の前に広がるのは荒野……魔物だらけの魔境だけどクイーンオークは絶品ね……」
この二人……会話をしているようでしてないな。
「銀髪……いや、そんないいものじゃない……くすんだ灰色……」
「ん? 思い出したのか?」
さっきまで黙っていたポリーヌが絞り出すように喋りだした。
「そうだ……本物の剣鬼様って家名は何とおっしゃるのでしょうか?」
「なんだよ、知らんのか? モンタギューだよ。フェルナンド・モンタギュー。ちなみにこの前剣鬼ではなく剣神と名乗るよう神に言われてたな。」
木と植物の神トールカンだったかな。
「モンタギュー……」
神の話は無視かい! こっちに驚けよ。神から直々に剣と名前を貰ったんだぞ?
「ラフォートの街を歩いてた時……あいつの顔馴染みらしい男が……あいつのことをサダとかサダクなんて呼んだことがあったんです……ただのあだ名だって言ってたからその時は気にも留めなかったんですけど……」
「サダ、サダクねぇ……聞き覚えなんかないなぁ。」
「もしかしてサダークじゃないのぉ? ほら、あの時のぉ!」
サダーク? あ、言われてみれば!
さすがアレクの記憶力はすごいな。酔っていても問題なしだ。
「サダーク! そうです! 確かにあの時、そんな呼び方をしてました!」
「決まりだな。チンケな詐欺師サダーク・ローノ。そうだとすると残念なお知らせがあるぞ。」
「魔王様……ご存知なのですか!?」
「ああ、もう死んでる。あいつを恨みに思う女達がよってたかって殺したよ。」
「チンケな詐欺師……はは、ふふ、ふふふ……ちなみに……どのような死に様だったのかお聞きしてもいいですか?」
「ああ。」
氷でギロチンを作ったんだよな。落ちると体がペシャンコに潰れるやつ。で、あいつを恨みに思う女の子がロープを焼いたんだったかな。
フランティア領都の民衆からも色々ぶつけられてたし。そもそもあいつを捕まえたのは私が白金貨一枚もの賞金をかけたからなんだよな。うちのメイドのリリスへの福利厚生として。
「メイド……お屋敷をお持ちなのですね……そこで働かせて……いえ、無理ですよね。埒もないことを言ってしまいました……」
話が飛ぶなぁ……
「屋敷は二つある。フランティア領都とヘルデザ砂漠の北側にな。ほぼノワールフォレストの森か。領都の屋敷の人手は足りてるが北の方、楽園なら人材募集中だろうな。なぜなら……」
楽園について簡単に説明。西には先王が街を開拓してることも含めて。
「というわけであの街は稼げることは稼げるな。稼いでも無事にローランドに帰れるかどうかが怪しいけどな。ま、テンモカと違うのは理不尽なことは少ないだろうよ。楼主リリスはやり手だからな。あと、帰りたいと思えばすぐ帰らせてくれるだろうさ。無事に着くかどうかはともかく。」
「そんな所が……やはり魔王様は魔王様なのですね……いつか私も……その楽園を目指してみたいと思います……」
「うーん……一応言っとくがやめた方がいいぞ? 魔境の真っ只中なんだからな? でもまあ……もし行くならクタナツの五等星に相談しな。おすすめパーティーはアステロイドクラッシャーだけど、五等星ならそこまで大差はない。カースから聞いたと言えば悪いようにはならんだろ。」
あそこまで歩きで行くとなると……早くて二週間ぐらいか? それも砂漠を……考えられないね。
「ありがとうございます……憎き仇が死んだと聞いて……嬉しいような虚しい気分ですが……魔王様に色々と話を聞いていただいたおかげでずいぶんと楽になりました。どうかご無礼をお許しくださ……」
あらら。アレクの目の前で私の頬に口付けときたか。仕方ないから頬だけ自動防御を解いてやった。女の真心を拒絶するほど狭量でないつもりだからな。
「ふぅん……私の目の前でやってくれたわね? 今のが頬だからよかったけれど、もし唇だったら殺してたわよ? まあ、だから頬にしたんでしょうけど。酔っていても一流の女は一流ね。」
そう。アレクならこう言う。だから私も拒絶しなかったのだ。
「ありがとうございます。私ごとき汚れた女を受け入れてくださりまして……助けていただきまして……未来を見せてくださりまして……ありがとうございます……」
「ふぐうおおぉぉぉーーーん! ポリーヌさん! あなたはどこまでお美しいのですか! 見た目だけではありません! その心根! 遥か遠くヒイズルまで拐われたというのに! まっすぐ前を向く精神! 私は! 私はぁぁぁーー!」
こいつも酔ってんなぁ。そこまでこいつって前向きかぁ? まあ今はたぶん前向きなんだろうけどさ。
「ありがとうございます。シリノア様ほどの男性にそう言われるなんて。奥様が羨ましいです。これで私も思い残すことなくローランドへ帰れそうです。本当にありがとうございます。」
「あれ? そういえば私、自己紹介しましたっけ? ついポリーヌさんのことを知ってるつもりで話してしまいましたが……」
「何をおっしゃってるんですか。老舗オワダ商会にその人あり。大番頭タイト・シリノア様を知らない女なんていませんよ。でも聞くと見るとでは大違いです。」
「な、なんと! 私のことがテンモカにまで……嬉しい! この上なく嬉しいですぞ! で、でも、いざ目の前にしたら……はは、こんなハゲで太ってて背も低い……計算力だけでのし上がってきた四十男で……がっかりしましたよね……」
「違います。噂よりよほど頼りになりそうなお方だなって。想像よりずっと素敵で愛らしい方だと分かりました。オワダ商会にシリノアありと言われるだけありますね。」
「お、おお……私のことをそこまで……なんてことだ……きっと今日は人生で最良の日に違いない! こうなったらもう! 今夜はとことん飲みますぞ! そうですな! 魔王様!」
「魔王様はもう帰られましたよ。後は二人でゆっくりしろとのことです。さあ、シリノア様。夜はこれからです。何をしますか?」
「な、ナニをするですと!? い、いけません! 私はオワダ商会を背負う身! いくらあなたが美しくとも! その身を律する必要があるのです! い、いけませ、そ、そんな、あ、だめ、だめです! いけま、せ……」
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