1426話 ポリーヌの目的

いやーいい店だったね。

小皿で出されるおつまみに、ショットグラスサイズの陶器で出されるきりりと冷えた酒。

これがまたつまみと相性がいいんだよね。これが秋の味なのかねぇ。美味しかったな。

タイクーンの鱗揚げから始まり、あら炊きやら刺身やら鯛尽くしもよかったな。うーん満足。




そして現在は二軒目。隠れ家的な店で杯を傾けている。


「今のオワダで一番勢いのある商会ってどこなの?」


「それはオワダ商会うちでしょうね。ほら、魔王様がエチゴヤを潰してくださったおかげでクウコ商会がすっかり落ち目になったせいもあります。いやぁありがとうございます。」


「へー、そんなことになってんのか。あ、そういえばそこのバカ息子がヤチロに婿入りしたそうじゃん。結局婿入り先のクラヤ商会も潰れるけどな。」


しかも婿入りする予定だったクラヤの娘ヤヨイはユメヤの跡取りと結婚するって言うし。


「噂には聞いてございます。魔王様のご活躍でユメヤ商会がヤチロに返り咲いただけでなく、なんと領主として収まってしまったと。もしかしてその件もあってオワダまで手が回らないのかも知れませんな。」


「あーなるほど。それはあるかもな。」


言われてみれば、オワダから領主がいなくなっただけでなくヤチロからもいなくなった。実は天王の奴、対応に苦慮してやがるのか? あ、しかもカゲキョーの街だって壊滅したし。なるほど納得。そりゃあ手が回らんわ。つまり、私が行く先々で政情を変えるごとに天王は困るってわけだな。よし、テンモカでは特に手を出す必要はなさそうだけど、ガンガンやってやろう。そしていずれ天都イカルガに着いた暁には……ふふふ。


「魔王様は……私のような拐われたローランド人を助けるために……ヒイズルまで来られたのですか?」


酔うとふにゃふにゃになるアレクと違ってポリーヌは態度を崩さないな。顔が赤いぐらいか。


「いや違う。ただの物見遊山だな。そのついでに助けてるだけ。あまりにも拐われた人間が目につくんでな。同じローランドの者としては放置できんさ。」


「さようでしたか……私の知る限りテンモカには百人以上のローランド人がおります……中には身請けされて子供を産んだ者もおります。ナディ達のように故郷に帰れずテンモカで上を目指すしかない者も……助けていただいた身で厚かましいことこの上ないのですが、どうか……あの子達が困っていたら助けてやっていただけませんか……」


それなら連れて帰るのが手っ取り早いんだけどなぁ。


「目の前で困ってたらな。テンモカにしばらく滞在したら次の街に行くだろうしな。ところでお前はもう元気なのになぜ帰ろうとする? このままテンモカにいた方が稼げるんじゃないのか?」


一流店で働けるほどの売れっ子だろ? まあバンダルゴウでもどこでも娼館はあるだろうけどさ。


「私には結婚を誓った男がおりました。その男に会うためです……」


「お、おお……そいつと離れてから何年経ってんだ?」


そいつもう……とっくに結婚してんだろ……


「十二年と三ヶ月です……」


「居場所とか分かるのか? 例え会ったとしても、そいつにはもう……」


「分かりません……出会ったのはラフォートでした。恋も知らず、家族のために朝から晩まで働くだけだった私に……生きる喜びを教えてくれたあの男。何としてでも再会して……」


あの男? なんだか気になる言い回しだな……


「殺したいのです……」


あら?


「殺したい? 何があったんだ?」


「よくある話です。田舎娘でしかなかった私は都会の匂いのするあの男に……たちまち惹かれてしまったのです。村で獲れた農作物を卸すために訪れた街、ラフォートで……」


ドナハマナ伯爵領は城塞都市ラフォートか。スパラッシュさんと行ったよなぁ。


「道を間違えて裏通りに入ってしまった私は……たちまちガラの悪い男達に囲まれてしまったのです。それを助けてくれたのがあの男……かの、剣鬼フェルナンドだったんです……」


「はぁ!? フェルナンド先生だと!? お前フェルナンド先生と結婚の約束したってのか!?」


「魔王様はあの男をご存知なのですね……そうです。ならず者を蹴散らしたフェルナンドを見て……私は恋に落ちました。あの男も田舎娘にすぎなかった私を……かわいいかわいいと褒めそやしました……」


ん? 先生がかわいいと褒める?


「それからどうなった?」


「それから……深い仲になるのに時間はかかりませんでした。私は全てをあの男に捧げました……そして村に帰った私は父に話しました。フェルナンドに付いて行きたい、結婚したいと……」


「ほほう。それで?」


「反対されました……挨拶にも来ない男との結婚など許せるかと。まずは挨拶に来いと。当たり前ですよね……私が愚かだったんです。だから……その日のうちに家出をして……再びラフォートに戻りました。そして……」


うーん短絡的。そして父ちゃんは正しい。


「着の身着のまま転がり込んだ私を……フェルナンドは歓迎してくれました。これからずっと一緒にいようと。それから私達は二人で新しい生活を始めるべく、バンダルゴウへと移ったのです……それが終わりの始まりとも知らずに……」


「あー、バンダルゴウね……」


パターンが見えちゃったよ。


「魔王様のご推察通りです。到着し、宿で眠ったところを……売られてしまいました……そしてあれよあれよという間にヒイズル……そしてテンモカへと流れて……」


「よく分かった。一応言っておくけどそれフェルナンド先生じゃないからな? 十二年前ってフェルナンド先生は魔境に居たからな。ノワールフォレストの森とかさ。それによ? いくらで売ったか知らんが、たぶん当時のお前程度の値段だと端金もいいところだわ。フェルナンド先生ってめちゃくちゃ金持ってるからな?」


十二年前と言えば私は四歳ぐらいか。あの頃って時々先生が我が家に顔出してくれてたんだよな。魔境に行く前とか行った後とかに。エビルヒュージトレントの木刀とか貰ったもんなぁ。先生がヒイズルに渡ったのは……六年前ぐらいだったか。やっぱ時期が合わないな。


「やはりそうでしたか……薄々気付いておりました。ローランド王国に名を轟かせるほどの剣豪が……私などを売り飛ばすなんて、と。でも……どうしても許せず、人違いでもいいから……一矢報いたいと思って今日まで生きてきたのです……」


あー、こいつはどんな貴族だろうとお大尽だろうと身請けを断ってたって話だったもんな。


「ふぐっ……ううぅ……ぐすっ……ポリーヌさぁん……あなたは素晴らしい……なんて素敵な方なんだぁ……」


あらら、番頭が泣き出しちゃったよ。


「ちなみに、そいつはどんな風貌なんだ?」


「思い出せないんです……あれだけ憎く……殺してやりたいのに……」


どうしようもないじゃん……


「ちなみにフェルナンド先生は肩まで伸びた金髪がすごくかっこいいぞ。顔だって物語の王子様のように整ってるしな。体も細いくせに鋭い筋肉してるし。背も高いな。百八十センチちょいあるな。」


「金髪……あの男は銀髪だったような……」


「じゃあ間違いなく別人だな。ちなみにフェルナンド先生は今、はるか北の山岳地帯にいるはずだからどうせ会えないぞ。」


「私は……どうすれば……」


決まってるだろ。


「故郷へ帰れ。そして両親に謝るんだな。今ならまだ元気で生きてるんじゃないのか?」


「こんな私が……故郷に……イニチ村に……」


「帰れるもんなら帰った方がいいだろうよ。村がなくなる前にな。」


スパラッシュさんのルイネス村も、カドーデラの村も今ではもうないんだからな。


「ぐふぅ……故郷……私の故郷はここ……オワダです……オワダはいい街なんです……ずずずっ……」

「クタナツだっていい街なんだから!」


番頭は番頭で酔ってアレクに絡んでるし。ボディタッチしたら殺そう。


「私は……」


急に黙ったな。まあ自分のことだ。しっかり考えるといい。どうせ出港は二週間後なんだから。それにしてもフェルナンド先生の名を騙るとは……死刑だな。

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