1424話 オワダ商会の番頭 タイト・シリノア
空の旅だと一瞬だな。まあ実際は一時間ってとこか。
「そろそろ着くぞ。降りたら全員揃ってるか確認な。」
「も、もう……は、はい。かしこまりました。」
この姉ちゃん飲み込みが早いな。さすが売れっ子。
「皆さん。魔王様がそろそろ到着するとおおせです。降りましたら静かに整列してください。いいですね?」
風壁で囲ってあるので大声を出さなくても全員に伝わる。かなり騒ついてるな。そりゃそうだ。
さあて、懐かしきオワダ上空だ。えぇと、オワダ商会はどこだったかな……
あった。あそこだ。よし、店の前にいきなり着陸。この街は領主邸に城壁はあるが街を囲む城壁はないからな。日没後でも普通に入れるんだよな。
オワダ商会はさすがに閉まってるな。強めにノックしてもしもーし!
「どちら様でございますか?」
ドアは開かずに声だけが聞こえてくる。
「カース・マーティン、魔王と言えば分かるか? 隙間を空けてくれたら身分証を見せるが。」
かたん、と音を立てて扉に小さな穴が開いた。いつも通り国王直属の身分証を提示する。しっかり見てくれよな。
「どういったご用件でしょうか?」
「仕事の依頼だ。番頭に前回と同じだと言えば通じるだろう。」
「少々お待ち下さいませ」
声からすると小さな女の子だったが、えらくしっかりした喋り方だなぁ。さすがに大店だけあって躾が行き届いてるのかね。
「ああ、確かに魔王様。今お開けいたします。」
この声は番頭か。名前は……思い出せないな。
「アレクはここで待っててくれる? カムイと一緒に警戒しててね。ポリーヌは付いてこい。」
「分かったわ。」
「ガウガウ」
「かしこまりました。」
ぎしぎしと音を立て、重そうな扉が少しだけ開いた。
「さあどうぞ。お入りください。」
「夜分にすまないな。」
「失礼いたします。」
番頭に案内されて、前回と同じ部屋へ。
「粗茶ですが」
あ、この声さっきの女の子か。キアラと同じぐらいかな。
「ありがとう。いただくよ。」
今日は熱いお茶か。夜は冷えるもんな。ちなみに私は座っているがポリーヌは私の後に立っている。もちろん私が指示したわけではない。
「それで、前回と同じとおっしゃりますと先程の人数をバンダルゴウに運べばよろしいのでしょうか?」
「ああ、その通りだ。」
「ようございます。もちろん確認しておきますが不法行為はございませんね?」
「もちろんだ。ポリーヌ、話してやれ。」
こいつを連れて入った理由の一つがこれだ。
「はい。私は先日までテンモカの娼館、
「ほう、夢幻海楼のポリーヌさん……確か『
おっ? こいつ有名人なの? すずねいろ? 後で聞こう。
「恐縮でございます。明日をも知れぬ命でしたが、こちらの魔王様に助けていただきました。いえ、私だけではありません。ローランド王国から不当に拐われてきた同胞を、魔王様はことごとくお助けなされる所存。大枚をはたいて買い上げていただきました。」
「どうやら本当のようですね。いえね、女衒のタツからも聞いておりましたもので。魔王様が次々に女を連れてこられると。ですが、まさかテンモカの花を容易く摘んでしまわれるとは思いもよりませんでした。いや、感服いたしました。」
ふーん、テンモカの花か。母上は王都の華だぞ。勝った。
「次の船はいつ出る?」
「二週間後でございます。」
「そうか。これはその間の滞在費だ。面倒みてやってくれ。それからリーダーはこいつな。こいつと相談しながら進めてくれ。」
百万ナラー。これだけあれば充分だろう。
「かしこまりました。それで、お仕事のお代の方は……」
「払わんぞ。」
「なっ!? ま、魔王様! いかな魔王様とてそれはあまりにもご無体な! 確かに! エチゴヤを容易く屠ってしまわれた手腕を持ってすれば私どもなど塵芥のような存在でしょうとも! ですが! 商人には商人の誇りがございます! いかな魔王様とて「まあ落ち着け。前回と同じって言っただろ? 前回と同じく希望者をバンダルゴウへ連れて行ってくれたらいいだけだ。そうだろ?」
「はっ! はぁう! そ、その通りです! 確かに承りましたぁ!」
そうだろうとも。なぜならあの時私はこう言ったのだから。
『約束だ。オワダ商会はいつも通りの誠実な仕事で俺が指定する奴らをバンダルゴウへ無事届ける。いいな?』
そう。この番頭にはきっちりと契約魔法がかかっているし、私は一度きりとも言ってないし、解いた覚えもない。
「分かればいい。一応そっちで最後の身元確認をしてくれてもいい。もしかしたらこっちで罪を犯して手配されてる奴だっているかも知れんからな。それが金でカタがつく問題なら払ってやってもいいし、そうでないなら連行しても構わん。」
「な、なるほど……さすがのお気遣いありがとうございます……魔王様はいつまでオワダにご滞在で?」
「明日の夕方ぐらいの予定だ。だから確認は昼間にゆっくりやってくれても構わんぞ。」
「かしこまりました。ならば、今夜はぜひともご一献いかがでしょうか? 私の知ってる店にいい酒が置いてございます。」
「ピュイピュイ」
さっきまで静かだったコーちゃんがついに口を開いた。どうせ私も行く気だったからいいけどね。
「ありがとうございます! ではとりあえず諸々の指示を出して参りますのでごゆるりとお待ちくださいませ。」
「いや、表で待ってる。だからって急がなくていいからな。オワダ商会の堅実な仕事ぶりを邪魔する気はないぞ。」
「は、ははぁ! 行って参ります!」
そうして番頭はドタドタと出ていった。さて、私達も出よう。
「こちらでございます」
さっきの女の子だ。
「ちょっと待った。こっちに来て、手を出してごらん。」
「は、はい……」
「仕事がんばれな。」
握らせたのはわずか千ナラー。それでも子供には大金ではないだろうか。
「あ、あの、こういうことは……」
「いいから取っておいて。君の仕事ぶりに対する報酬だから。」
「あ、あの、あり、ありがとうございます!」
さっきまでの仕事モードが一転して年相応の顔になった。いいことすると気持ちがいいな。
「あの、魔王様……無知なご質問をお許しください。先ほどのことですが、なぜ番頭様はお代なしにお仕事を快諾されたのでしょうか? 対価のない仕事なんて……」
途中で海に捨てられたらたまらんもんな。
「いい質問だ。少しだけ裏があってな。」
本当に少しだけど。
「裏……ですか?」
「ああ。まず前回似たような仕事を頼んだ時にすでに報酬を払った。四十人どころか四百人を十回運んでもお釣りがくるほどの報酬をな。」
「左様でしたか……」
「その時に契約魔法をかけた。俺が指定する人間をバンダルゴウへ無事に届けろとな。」
「契約魔法……」
「蔓喰の誓約野郎とは威力が違うからな。誰にも解けないだろうよ。そして最後に……」
「あっ、確認の件でしょうか?」
「正解。番頭が金を抜けるチャンスをやったのさ。普段なら不正に手を染めるようなタイプじゃないんだろうが、今回は俺からの餞別みたいなもんだからな。」
飴だって必要だもんな。別途払ってもよかったが、商人の誇りがあるって言ってたもんな。前回私からムラサキメタリックをぼったくったくせに。
「そうでしたか……魔王様の深慮遠謀には驚かされます。魔力だけでなく叡智まで兼ね備えておられるなんて……アレクサンドリーネ様が羨ましいです……」
こいつすごいな。顔も声も本気だ。本気でそう言ってやがる……ようにしか見えない。もし私にアレクがいなかったら簡単に籠絡されてしまいかねんな。魔物だわ。やっぱ一流か……
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