1421話 帰れぬ女が帰る場所

叫ぶシム。肝心の姉ちゃんの声は聞こえてこない。さては一方的に喋ってんな?


「どうして! せっかく自由になれたのに!」


うるさいなぁ……

ちょっと中断。話を聞いてみるかね。




この部屋か。


「よう。調子はどうだい?」


「魔王! さま……姉やが帰らないって言うんだ、です! このままテンモカに居るって! 理由も言わないん、です!」


おやおや。どうしたことかな。


「待って。話なら私が聞くわ。理由も半分ほど想像がついてるから。二人とも先に出てて。他の者はみんな外に出したから。」


さすがアレク。仕事が早い。それに女同士の方が話しやすいってこともあるだろうしね。


「分かった。どうせこの店は潰れるか経営者が変わるからね。じゃあ下にいるね。」


「押忍……」


こいつアレクの言うことは素直に聞くんだよなぁ。




「さてシム。金目の物を探せ。お前が見つけた物は全部お前の物だ。ただし女の部屋には入るな。そして持てる量にしておけよ?」


「おー……」


アレクが見てないとこれだよ……


ちなみにこの店は娼婦がそれぞれ自分の部屋を持っているタイプのようだ。客が来てない時はそれなりに自由に過ごせているんだろうな。部屋に湯船まであったことから、それなりに高い店だということも分かる。そんな個室にはそれぞれの女が貯めた金が少なからず置いてあるはずだ。それに手を付ける気はない。自由を夢見て必死に貯めてる金だろうからな。全員が魔力庫を使えるとは限らないもんね。




「カース、お待たせ。この人、バネッサはローランドに帰りたいそうよ。」


「そんな! 姉や! 何でだよ! 俺と結婚するって約束じゃんか!」


「説明はできないわ。あなたも男ならバネッサの幸せを願ってあげなさい。」


「嫌だ! 俺は絶対姉やを連れて帰るんだ!」


うーん。心情的にはシムの味方をしてやりたいが……姉ちゃんが帰りたいって言っている以上どうにもならないな。


「うるせぇガキ! アタイはてめぇみてぇなガキが一番嫌いなんだよ! どうせ親の金で来たんだろ! その上! 人の力でアタシを救ったつもりかい! そんな弱っちいガキは大嫌いなんだよ! さっさと消えろぉぉーー!」


「ね、姉や……嘘だ! 嘘だ嘘だ! 姉やがそんなこと言うわけない! 姉やがそんな喋り方するもんか! 姉やがそんな!」


「う、うう、るせぇ!」


あ、蹴りやがった。腹を蹴られてごろごろ転がるシム。


「がふっ……ね、姉や……な、なんで……」


「だ、大嫌いだからだよ! さ、さっさと消えねぇと蹴り殺すぞ! おらぁ! 行けやぁ!」


「そんな……姉や……うわぁぁぁぁぁーーーーーーー!」


あーあ。飛び出して行っちゃったよ。


「坊ちゃん……ううっ……」


あーあ。とうとう堪え切れず涙が溢れ落ちちゃったよ。そんなに辛いなら残ってやれよな。まあいい。よほどの事情があるのだろう。後でアレクから聞けばいいや。


「ローランドへ帰るってことでいいんだな?」


「はい……お願いします……」


うーん……シムと別れるのは辛いけど、それ以上にローランドに帰りたいって感じかな。まあ私が気にすることでもない。さて、宿に帰ろうか。




「待たせたな。ちょいとお前に提案がある。」


ゴッゾはちゃんと待っていた。機嫌が悪そうだからもう帰ってるかと思ったら。


「何だぁ?」


「さっき不幸にも楼主が死んだよな。てことは経営者がいない。お前がやれば?」


ここでどのような手続きが必要かなんて私は知らない。だが、こいつなら適当にどうにでもできるだろ。


「なっ……なるほどなぁ……そいつはいい提案だぁ。だがいいのかぁ魔王? てめぇに得がねぇぜぇ?」


「そうでもないぜ。まあそれはどうでもいいや。そんじゃあこの店は好きにしろ。ただし、女は大事にしろよ? まあ同じ失敗をするような無能じゃないだろ。な?」


「あ、当たり前だろぉが! 繁盛させてやらぁ!」


まあこの件に関しては契約魔法をかける気はない。こいつが好きなように経営すればいいだけの話だ。


「それから気になったんだが、あの豚野郎は魔石爆弾を持ってやがったけど蔓喰でも取り扱ってんのか?」


「いいや。残念ながらありゃあ下手に触ると簡単に爆発しちまうからよぉ。ムカつく話だがエチゴヤお得意の商品だぜぇ……」


やはりな。これで対外的にはゴッゾが私を使ってエチゴヤと繋がりを持った楼主を処分したと見られるだろう。私は悪くない。


「ふーん。やっぱりか。それもあってあの豚をろくに庇いもしなかったのか?」


「まあな。別に法で禁止されちゃあいねぇが俺らの前で使うたぁよ。舐めた話だぜ。で、どこで飲むんだ?」


あら、こいつちゃっかり飲む気かよ。まあいいけど。


「俺らの宿に行こうぜ。どうせこいつらを連れて行くからな。」


「いいとこに泊まってるらしいじゃねぇか。そんじゃあ行くぜぇ! お前らも来いや!」


「はいっす!」

「ごちっす!」

「もちろんす!」


「それからそこのお前、ここの番頭だったなぁ。聞いてたなぁ? 今日から俺が楼主だぁ。分かったな?」


「は……はぁ……」


次の瞬間、そいつは吹っ飛んでいた。あーあ、顔面がぐちゃぐちゃになってる。痛そー。ピクピクしちゃってる。


「そっちのお前、今日からお前が番頭だぁ。しっかり働けよ? そしたらかわいがってやるからよぉ。分かったな?」


「は! ははい!」


「分かりゃあいいんだよ。おう、そこのゴミは捨ててとけぇ。街はきれいにしとかねぇとな?」


「は! ははははい!」


あーあ。容赦ないね。従業員も大事にしろと言うべきだったか。まあいいや。


それから、ローランドに帰りたい者は同行し、ここに残る者は建物内へと入っていった。皆、自分の金が心配だったことだろう。


さて、これでテンモカのローランド人のうち何割を集めることができたのだろうか。この街の男どもには不評かも知れないが私の知ったことではない。どうにか全員助けてやりたいものだ。

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