1415話 ローランドバブル

宿の部屋に戻ると、あのガキも帰ってきていた。


「おおシム、姉ちゃんは見つかったか?」


「姉やの居場所は分かった、です……でも……」


「カース。それがね、予想外に高値が付いたみたいよ?」


「あら、そうなの? ただの村娘だろうに意外だね。」


「たぶんカースのせいよ。少しだけだけど。実はね…………」


シムから聞いたであろう話をアレクがまとめてくれた。

売らない約束だった姉やことバネッサを父親があっさり手放した理由は金。テンモカ周辺から特定の女を相場の三倍で買い集める奴らが現れたそうだ。そいつらが村にやって来て、それなりの値段を提示したため、所有者である父親はほいほいと売ってしまったらしい。アレクの勘によると金だけが理由ではなさそうだが、その額千五百万ナラー。一流店で働けば月に百万ナラーぐらいは軽く稼げるそうだが、その姉やとやらはそんなに器量良しなのか?

で、売られた先で提示された金額は四千五百万ナラー。また三倍だ。そりゃあシムにはどうしようもないわな。


そしてアレクが少し私のせいと言ったのは、買い集められている特定の女。その条件が……ローランド出身であること、だったからだ。


つまり、ヤチロの蔓喰から出させた回状、通達のせいだ。私が拐われてきたローランドの者を倍額で買い取るという……

奴隷バブルが起こってるわけか……どんだけローランド人がいるってんだよ。たぶんヤコビニ派とかが積極的に輸出してやがったんだろうけどさ。あのジジイども本当に外道だな……自国民を何とも思ってやがらない……全滅させてよかった。


「おいシム。姉ちゃんはローランド出身なのか?」


「お、押忍……そんで、俺が生まれる前に買ったそうす……確かその時は六歳か七歳だったって……」


クソが……そんな小さな子を拐って……外国に売り飛ばしたのかよ……


「お前には悪いが姉ちゃんがローランドに戻りたいって言ったら帰らせるからな。」


「そ、そんな! 俺は姉やと結婚するんだ!」


「シム? まだ教育が足りないようね?」


「ご、ごめんなさい! 俺は姉やと結婚したいんです! お願いします!」


お願いされてもね。


「それは姉ちゃん本人に聞け。お前の本気を伝えれば、姉ちゃんも本気で応えてくれるんじゃないか?」


イエスかノーかはともかくね。


「そ、そうすね……」


しかし改めて考えてみると、ローランドから拐われてヒイズルに来てる者がいれば、ヒイズルで拐われてローランドに売られた者もいるんだよな。やはりこいつは放っておけないな。ヒイズル一周旅行が終わったら一旦バンダルゴウに帰ってヒイズル民探しかな。


「とりあえずその店には明日の昼過ぎにでも行ってやるよ。買い取るかどうかも姉ちゃんの意思次第だからな。」


昼間の女達みたいにこの街でのし上がりたいって言うかも知れないし。


「お、押忍……どうか、姉やを……」


「それはそうと、この感じだとあの小男。ヒョージだっけ? 役に立ったようだな。」


一晩で行方を突き止めた上に金額までまとめたんだからな。この値段にあいつのマージンが含まれてるのかも知れないが、まあどうでもいい話だ。今回は店の奴、たぶん楼主か。そいつと話せばいいだけだからな。


「お、押忍……助かった、ました……」


「それならいい。この話がまとまればあいつも用無しなんだけどな。どうなることやら。」


「あ、そうそうカース。ナデージュ達が連れてきた女がさっきの部屋で寝てるわよ。さすがカースね。ばっちり解毒できたようね。」


おお。あいつらきっちり連れてきてたのね。当たり前か。


「結局ただの毒みたいでよかったよ。変な病気とかじゃなくてさ。」


「ふふ。ただの毒じゃないでしょ? カースにしか解毒できなかったんだから。」


「あはは、それもそうだね。まるで姉上を襲った偽死汚危神ダイオキシンみたいだったよ。そんな感じだったってだけの話だけどね。」


あの時はいくら『解毒』を使っても全然姉上を治せなかったのに。今では簡単に解毒できるようになった。これはかなり感慨深いよな。我ながら成長が嬉しい。


「あの時の……あれって魔蠍まかつや聖白絶神教団がらみの毒だったわよね。それがヒイズルにも流れたのかしら……それともヒイズルでも似たような事が……」


「うーん、たぶん気にしなくていいと思うよ。あれを生み出す方法はエルフの『禁術・毒沼』を人間が使うことだしさ。ハイエルフの村長だってあの三人とマリー以外に村を出奔した者はいないって言ってたしね。だから教団の総代教主ジャック以外に使える奴もいないと思うよ。」


あんなバカな魔法を使う奴なんかいないだろ。よほど頭の中がイカれてる奴ぐらいなもんだろうに。騙されて使うパターンもあるが、騙すエルフがもういないもんな。大丈夫だろ。


「それもそうね。流出してるとしてもたかが知れた量でしょうし。それより夕食にしましょうよ。お腹すいたわ。」


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「そうだね。頼もうか。」


すっかり待たせてしまったね。今夜のメニューは何かな?

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