1410話 動き始めるテンモカ

場所を移すと言っても近くの空き地に移動しただけだ。先に渡しておくものもあるしな。


「まずこれだ。お前ら二人で分けるといい。」


魔力庫から取り出したのは五千二百万ナラー。かなりの大金だ。実際は店の取り分があるだろうから通常ならここまで稼げたとは思えない。だが私の知ったことではない。きっちり渡してやるまでだ。


「こ、こんなに……」

「あ、ああ、ありがとうございます……」


やはり素直に感謝されるってのは気分がいいものだ。


「それからこっちはお前らに見舞金だ。店がなくなったんだからしばらく困るだろ。」


一人一律百万ナラー。十人もいないから私の懐が痛いなんてこともない。


「あ、あり、がと……」

「い、いい、んです、か?」

「う、うう……助かります……」


「ちょっと! アタシは! アタシはアンタに口説かれてたんじゃないの!? アタシだって夜の女よ! アンタにはそれだけの甲斐性があるんだ! 妻がいるぐらい許してやるさ! だからってアタシを遊びで口説いたってんなら許さないよ!」


すっごい勘違いしてる……夜の女は客を惚れさせてナンボなんじゃないのか? 自分が惚れてどうする……


「誤解があるな。ちょっとそこの物陰に行こうか。いいもの見せてやるよ。」


「ちょ、物陰で、いいものって……もうすぐ日が暮れるけど、まだ明るいんだよ? もぉ……せっかちなんだから……」


やっぱ勘違いが酷いな……あだ名を付けるなら……暴走処女とか? むしろ妄想娼婦? そのまんまじゃん……


ちょっと悲しい現実を知ってもらおう、いや……その目で見てもらおうかね。少し恥ずかしいけど……













〜〜削除しました〜〜














「信じらんない! 何なのこいつ! サイッテー! 最低の甲斐性なしじゃん! とっととテンモカから出ていけ! このフニャチン野郎が!」


効果は抜群だ……


ちょっと悲しいけど……


だって私の体はアレク以外に反応しないのだから。超強烈な契約魔法がかかってるんだぞ? いくら熟練の娼婦が熟練の手技舌技を駆使しようとも……




さて、気を取り直して……


「おい、ローランドに帰りたいんなら付いてこい。まずはオワダ行きの手配を整えるからな。」


おずおずと付いてくる三人。これでいい。余計な荷物は抱えないに限る。あの女はこのままテンモカで生きていく方がきっと向いてるのさ。さらば名もなき直情女よ。




「お、おい! ま、待ってくれ!」


帰り道。私の前を塞ぐのは誰かな?


「何か用か?」


初めて見るおっさん。いや、おっさんってよりは少しだけ紳士寄りかな。


「あ、あんたなんだろ! ローランドの魔王とは!?」


「そうだが?」


「ロ、ローランドの女を倍額で買い取るっていうのは、ほ、本当なのか!?」


「本当だ。ただしその女を買った時の値段が基準だからな? 適当にふっかけてもバレるからな。で、売りたいのか?」


「そ、そうだ! うちの店には三人ほどいる! 年季はまだ明けてない! 倍額とは言わない! 三人まとめて一千万ナラーでいい! どうだ!?」


ほほーう。さっきのデモンストレーションが効いたかな。


「じゃあ約束な。正直に言ったら一千万ナラーで三人買い取ってやる。いいな?」


「あ、ああ、もちっろろろんんんんっんん!?」


こいつだって娼館の楼主だろうにやけに素直だな。


「本当は三人合わせていくらなんだ?」


「か、買い取り時で九百万だ……」


へー。これは驚きだ。なんて良心的な奴だ。


「いいだろう。明日の昼前ぐらいに沈まぬ夕日亭に連れて来い。その時に一千万ナラーを渡そう。約束だぜ?」


「も、もちろろろろんんんっんんんん……」


隣の客は契約魔法がよく効く客だ。早口で言っても別に難しくないな……


隣の優良楼主は老人だがよく労働する優良ロスハイム楼主だ。私は何を言ってんだ……?


「ああ、そうだ。明日お前と一緒に来た楼主に関しては今後寛大な対応をしてもいい。お前の口利きに免じてな? 分かるな?」


「そ、それって……」


「好きに解釈しろよ。お前が他の楼主に恩を売るも気に入らない店を除け者にするも……な?」


「ああ! ありがとうございます! ありがとうございます! 必ずや! 魔王様のご恩に報いてみせます!」


何事も先駆者は危険と引き換えに甘い汁を吸えるものだ。今回はいち早く挨拶に来たこいつに便宜を図ってやろう。


「あ、あの! 私は南西六区で娼館『望海の塔』を営んでおりますスイメニ・ユリハマーと申します! 明日の昼前に! 必ずお伺いいたしますので!」


「ああ。今夜はこれでその三人に旨いものを食べさせてやってくれ。」


小判を一枚渡す。


「はい! かしこまりましたぁ! お気遣いありがとうございます!」


今夜は客を取らせないでやってくれって言おうかとも思ったが、それはやりすぎだ。あれで充分だよな。上手くいけば明日の夜にはオワダに着いてるんだから。


さて、宿に帰ったらもう三人ほど娼婦が待ってるわけか。これ宿の者は絶対勘違いするよな。八輪車でもやるのかと……

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