1406話 彼女とアレクの事情

ふう、腹いっぱいだ。もう何も入らないぞ。


「ガウガウ」


なのにお前はまだ食いたいのかよ……


「ガウガウ」


そっちに行きたいのね……

まあ、食後の散歩も悪くないからいいけどさ。


アレクは何やってんだろうねぇー。







見知らぬ女三人に連れられてそこらの店に入ったアレクサンドリーネ。女の子好きのするような明るく爽やかに彩られた店内では楽しそうな笑い声も聞こえれば、甘い香りも漂っている。


四人が座ったのは半個室とでも言うべき座敷だった。四人にしては広めの部屋の中央には丸いテーブル。足元は掘り下げてあり、足を組んだりする必要はない。ちなみにコーネリアスはアレクサンドリーネの膝の上で丸くなっている。


「それで? 私に何か用でもあるのかしら?」


「んー、まあいいじゃん。先に注文しよーよ。ここのタピオカミルク紅茶って結構旨いんだよねー」

「蜂蜜入れてもいいし、そのまま飲んでも旨いし? あ、タピオカって知ってるぅ?」

「天都で流行り始めたばっからしいから知らないんじゃん?」


「じゃあそれでいいわ。」

「ピュイピュイ」


コーネリアスも同じものを飲むらしい。




やがて運ばれてきたそれは、アレクサンドリーネを驚愕させた。


「ちょっと! 何よこれ! ソリチュードポイズンフログの卵じゃない!」


飲み物などがガラスの器で出てくるのはかなり珍しい。それなりの高級店のみだろう。しかし、アレクサンドリーネが声を荒げている原因はその中身だった。白い紅茶に入った黒い粒の数々。彼女らにしてみれば慣れ親しんだタピオカとやらなのだろうが、冒険者としても活動しているアレクサンドリーネには全くの別物に見えたのだ。ソリチュードポイズンフログ……すなわち、猛毒蛙の卵に……


「そり? ポイズン? 何言ってんの?」

「あー美味しい。やっぱイケてるテンモカ女はこれを飲まないとね!」

「そーそー。この味が分からないなんておっくれってるぅー!」


「ふん、いいわよ……飲んでやろうじゃない……」

「ピュイピュイ」


コーネリアスは首を縦に振っている。おそらく問題ないと言いたいのではないだろう。そしてアレクサンドリーネより先にグラスに顔を突っ込み、チロチロと飲んでいる。


グラスを持ち上げ、意を決して舐めるように一口……口当たりは悪くないようだ。そして覚悟を決めて飲み込んだ。いつでも『解毒』を使えるよう準備をしつつ。




「悪くないわね……」


「どうよー? マジはまるんじゃん?」

「ローランド貴族だからってテンモカなめるんじゃないよ?」

「うちらマジこの街でのし上がるつもりなんだからね?」


「話のつながりがよく分からないけど、この街をバカにする気なんてないわよ? 味のない芋かしら? それをこんな風に加工するなんて大したものだわ。しかも味のないことを逆手にとって食感だけを楽しませようとするなんて見事な発想ね。天都イカルガに行く日が楽しみになったわ。で、本題は?」


これは彼女たちなりのマウンティングだったのかも知れない。貴族の風格が漂うアレクサンドリーネと対等に話すための。


「ふん、分かればいいんだけどさ……」

「まあ、それはそれとして本題に入ろうか。私が話していい?」

「いいよ。任せる」


「ふぅん、やっと話してくれるのね。で、何かしら?」

「ピュイピュイ」


おかわりをねだるコーネリアスの声は無視された……


「私の名前はナデージュ・シギノ。出身はアブドミナント伯爵領、港町ハバンよ……」


「えっ? じゃ、じゃああなた、ローランドの……」


「その通りよ。正確にはハバンからもっと離れた名もなき農村出身だけどね。この二人も似たようなものよ。で、見ての通り私らはそこらの農村ごときじゃおさまらない美貌を持ってるわ。ま、あんたにゃ全然敵わないけどね……だから、小さい頃に攫われたのさ! 自分の苗字も知らないほど小さい頃にねぇ!」


ならばたった今名乗った姓、シギノとは?


「そう。アブバイン川の上流、港町ハバンなのね。」


「こいつ、ニーナと出会ったのはたぶんバンダルゴウね。海を渡る前だったからね。そしてこっちのヌビアとは船の中で出会ったの。他に何人もいたけど……みんな死んでいったわ。色んな理由でね……」


「むしろ無事にヒイズルに到着できてよかったわね。で、それがどうしたの?」


「さっきのあの男……魔王って言ったなあ……?」


「ええ、ローランドの魔王カースよ。よく知ってるわね。うぷっと……」


ストローなどないため、底に溜まったタピオカが上手く飲めないアレクサンドリーネ。グラスに口をつけて、軽く風の魔法をグラスの中へ。少しだけ制御を誤ったため思いの外、大量のタピオカが口の中に流れ込んでしまった。


「聞いてるよ。ローランドから拐われたもんを助けてくれるんだって?」


「全員ではないわよ? 希望者のみね。こっちで幸せに暮らしてる者やローランドに帰りたくない者……色々いると思うからってカースは言ってたわ。」


その女、ナデージュは飲みかけだったグラスを強くテーブルに叩きつけた。必然的に砕け散り、彼女の手を紅く染める。


「ちょっ! 落ち着きなよ! それは今関係ないじゃん!」

「あんたが話さないんならアタシが話すよ?」


「なぜ怒ってるのかさっぱり分からないわ。助けて欲しいの? 欲しくないの? 無視しろって言うならそうするわよ?」


「このぉ!」


『風壁』


アレクサンドリーネに掴みかかろうとしたナデージュだったが風の防壁に遮られ、その手は何も掴めなかった。


「ごめんなさい! 助けてください!」

「お願いします! どうか!」


頭を下げたのはニーナとヌビア。ナデージュは荒い呼吸のまま、空を睨んでいた。

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