1400話 さわやかな目覚め

食後、シムには早々と『快眠』の魔法を使ってやった。これであいつは朝までぐっすりな上に疲れも残らないだろう。そして私とアレクは誰はばかることなくイチャイチャするのだ。


「ガウガウ」


その前にしっかり洗えってんだろ? 分かってるっての。まったくカムイは贅沢で甘えん坊なんだから。


「ピュイピュイ」


お酒のおかわり? もー、コーちゃんたら。仕方ないなぁ。結局さっきの分はコーちゃんが全部飲んでしまったのに。私だって少しぐらい飲みたかったんだよ。呼び鈴の魔道具を押して客室係を呼ぼう。




よし、注文完了。じゃあコーちゃん、お酒全部飲まないでよ? 上がったらアレクと飲むんだからね。


「ピュイピュイ」


曇りのないまなこで返事をするコーちゃんはかわいいなぁ。




カムイを手洗いし、風呂から上がった私達。まったく、左手だけで手洗いするのは大変なんだぞ? 食事はフォークだろうが箸だろうが『金操』を使うから問題なかったけど。手ぶらで食事って最初は変な気分だったけど、よくあることだからもうすっかり慣れちゃったよ。


「アレク、外で星でも眺めながら飲もうよ。」


「いいわね。火照った体にはちょうどよさそうね。」


庭にはぽつんと椅子とテーブルが置いてある。ここで空や庭木を眺めることを想定して置かれているのだろう。


「ねえカース。以前私達が住んでるこの大地は丸いって教えてくれたじゃない?」


「うん、そうだね。」


「東に行けばメリケイン連合国に行き着く。そこからもっと、ずっと東に行けば西の大国フェンダー帝国に至るのよね?」


「そうだよ。メリケインからフェンダーまでどれぐらい距離があるのかは全然分からないけどね。」


アレクにしては珍しい質問だな。


「じゃあ北の山岳地帯をさらに北に行ったらどうなるのかしら? なぜか夜空を見てたらそんなことが気になってしまって……」


「同じだよ。どのぐらい距離があるのかは分からないけど、南の大陸に行き着くはずだよ。これと同じはずだから。」


そう言って私は水球を作って、説明した。東西方向だろうが、南北方向だろうがひたすら進めば元の位置に戻るということを。私も知らないことだが、ローランド王国って北緯何度ぐらいなんだろうなぁ……気候的に日本とまあまあ似てるから三十とか四十度ぐらいだとは思うが……その割に山岳地帯って寒くないんだよなぁ……ヘルデザ砂漠だってローランド王国より北なのに暑いし。


「いつだったか、カースと楽園の上空でお風呂に入った時に、この大地が丸いってことを実感したものだけど……やっぱり不思議ね。頭では理解しているけど心が納得してないわ。」


「空を突き破るほど高く登ったら見えるだろうね。危なそうだから当分後回しだけど。」


「そうね。天上は神々の領域だものね。いくらカースでも気軽に行くのは危険だわ。でも、楽しみにしてるから。」


いつだったか天空の精霊が、これより上は危険だ……とか言ってたもんな。あの時は単に酸素的な意味かと思ってたけど、今にして思えば神々の領域的な意味だったんだろうな。

そこを突き抜けて宇宙に出たら……私の自動防御で様々な宇宙線に対応できるのだろうか……


「さ、戻ろうか。あまり冷えるとよくないからね。」


「ええ。夜はこれからだもの。ね、カース。」








そして翌朝。庭の方からの変な音で目を覚ました。朝から何事だよ……


「てやぁ! はあっ! ぐっ! ふんぬっ!」


シムが棒を振ってる。しかもコーちゃんを相手に……


「ピュイッ、ピッ、ピュイッ」


鎌首をもたげるコーちゃん。そこに横から棒を振り抜くシム。おおー。全然当たらない。さすがコーちゃん。


「ピュイッ」


そうかと思えばかわいい尻尾を伸ばしてシムの頬をはたく。音までぺしっとかわいいじゃないか。


「うりゃあ! とうっ! ふんぬぉ!」


ますます体に力が入っていくな。それじゃあだめだよ。よし、たまには私も木刀を振ってみようかな。


「おはよ、相手してやるよ。打ち込んできな。」


「はあっはぁ……よぉし! 見てろぉ! はりゃあぁー!」


「振り上げ過ぎ。脇がすかすかだぞ。」


「いてっ!」


軽く叩いただけだ。


「ほれ、次々来い。」


「くっそぉー! うりゃあ!」


今度は横薙ぎか。さっと間合いを詰めて柄頭で額をこつん。


「あたっ! くっそ!」


「打ち込む前に棒を引くな。何をするかバレバレだぞ?」


「だって後ろに引かなきゃ力が入らないだろ!」


このガキ。アレクが見てないとこんなもんかよ。別にいいけど。


「だいたいその棒が長すぎるんだよ。お前の身長より長いじゃないか。重いだろ?」


「だって長い方がかっこいいだろ!」


「それもそうだな。よし、どんどん来い。」


私は私で久々の木刀だからな。昔やった型を確認しながら相手をしよう。右手は添えるだけ……


「頭を狙うぞ。避けろ。」


「うりゃあ! あぎっ!」


バカ……避けろって言ったのに。いくら片手でも、お前の力で私の打ち下ろしを迎え打てるわけないだろ……


「右肩に向かって斜めに打ち込むぞ。避けろよ?」


袈裟斬りだ。


「あっがぁっ!」


もー! 避けろって言ってんのにギリギリで避けるか打ち返すか迷いやがった……


「顔に突きを入れるから絶対避けろよ!」


このぐらい強く言うべきだったな。


「ひわっ!?」


おお……ギリギリだったな。もう少し余裕を持って避けて欲しいものだが……


「最後だ。脳天に打ち下ろすから避けたら俺の腹を全力でぶっ叩け!」


思いっきり上段に構えて、やや遅めに振り下ろす。木刀が完全に降りる前、腹に衝撃がきた。とても軽い衝撃が……


シムのやつ、青い顔してこっちを見てやがる。さては人を叩いたのは初めてだな?


「おい、どうした? 俺は思いっきりぶっ叩けって言ったはずだが?」


「ち、ちょっと狙いがズレただけだ! 次はやってやらぁ!」


「よし、やれ!」


そう言って私は両手を上げて腹をさらけ出す。


「どうした? ここだ! 思いっきりぶっ叩け!」


「う、うう……」


「根性見せてみろ! やれ!」


「うあ、うわぁああああーー!」


やっと叩きやがった。まあこんなもんだろう。


「まあいいだろう。お前は手加減できるほど強くないんだからな。狙える機会が来たらためらうなよ?」


「わ、分かってるぁ『風球』うぁぶっ!」


「シム! 何度言えば分かるの! カースにそんな口きくなんて! 朝食抜きにするわよ!」


こいつにアレクの気配を感じろって言うのは無茶な話だが、礼儀は大事だもんね。


「ご! ごめんなさい! 違うんです! つ、つい……」


「まあいいわ。十発ほど撃ち込むから避けたら許してあげる。カース、そっちに居てくれる?」


「いいよ。どんどん撃って。」


なるほど。シムが避けた氷球を私が防げばいいんだな。だってここ宿の中庭だもんね。


「そ、そんな……あぎゃっ! うおっ! ひいっぎぃ!」


うーん、朝からうるさいなぁ。

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