1399話 沈まぬ夕日亭の海燕
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。ご宿泊でございますね? どうぞこちらへ」
門番からして丁寧だな。さすが高級宿。
「海鷲は空いてるかな?」
「申し訳ございません。すでにふさがっております。海鷲ほどではありませんが、同じく離れの『
「ならそこでいい。一泊いくらだい?」
この質問は金持ちっぽくないが、気になるのは気になるからな。
「二百五十万ナラーでございます。お食事はお好きな時にお申し付けくださいませ」
その辺は高級宿なら当然だよな。
「ではその部屋で頼むよ。」
「かしこまりました」
そして宿の入口。すでに数人の従業員が出迎えている。
「五名様を海燕にご案内ください」
「かしこまりました! 五名様! 海燕へご案内いたします!」
「いらっしゃいまし!」
「ようこそ沈まぬ夕日亭へ!」
「それではお客様、ご案内いたします。私は海燕の間を担当いたしますメルテックでございます」
割烹着が似合いそうなご婦人だな。
「ああ、よろしく。」
雰囲気はオワダで泊まった海の天国館みたいだな。あそこもいい部屋だったよなぁ。
おお、部屋の入口は石畳か。洒落てるな。そこから靴を脱いで一段上へ。滑らかな木の床。中央に大きめのテーブルが置かれており暖炉まであるじゃないか。そして庭が見えていい感じだな。まさかガラス窓があるとは……
いくつも扉があるな。風呂やトイレ、寝室などだろうか。壁の絵画や調度品も落ち着いており高級宿の名に偽りなしってとこだろうか。
「それではこちらにご記入をお願いいたします」
宿帳ね。部屋で書くのは初めてかな。
「まずは食事を頼むよ。お任せで五人前ね。それからお酒を二人分ほど。」
「かしこまりました。失礼いたします」
「シム、先にお風呂に入っておきなさい。入浴の作法は分かるかしら?」
おっ、アレクったら面倒見がいいね。
「押忍、たぶん分かります……」
えらく自信なさそうだな。
「ゆっくり浸かってしっかり汚れを落としておきなさい。いいわね?」
「押忍!」
そして風呂へ向かったシム。
「それで、アレクはあいつに何をしたの? えらく従順になってたけど。」
そこまで興味はないけどアレクに関わることだからね。
「朝から棒を振ってたから稽古をつけてあげただけよ。『氷球』を撃ち込むから防いでみなさいってね。やっぱり基礎ができてない子はダメね。だから素振りの仕方を少しだけ教えてあげたかしら。」
「へー。やるね。結構素直な奴なんだね。」
素振りか。そう言えば領都の破極流道場でもアレクはよく隅で素振りしてたもんな。魔法使いと言えど体力は必要だもんな。
「ねぇ、それよりカース。今回はどこまでやるの? 蔓喰を潰す? それとも配下にする?」
もー、アレクったら。
「それ系のことをする気はないけど……まあ少しでも多くのローランド王国民を救えたらいいよね。クタナツの民が奴隷になってるとは考えにくいけど、バンダルゴウやラフォート辺りの人間が多そうだね。」
あの辺の奴なら助ける義理なんか全然ないんだけどね。それでも同じ国の奴だしね。他国の者にいいようにされるのは結構ムカつくよな。
「そうね。もしかしたらシムが何か役に立つこともあるかも知れないものね。」
「あーそれはあるかもね。しばらくはあの変な奴とシムに任せておいて、僕らはしばらく観光だね。」
遊びに来てるんだからな。人員救出は後回しだ。とにかく最優先は私達が楽しむことだ。だから女衒のタツを動かしたり、ヤチロの蔓喰のボスに通達を出させたりしたんだからな。
「失礼いたします。お食事をお持ちしました」
「入りなさい。」
うーんアレクの声は凛としてて気持ちがいいな。
客室係さんはてきぱきと料理を並べていく。おぉ、いい匂いだ。
「こちらは前菜『カブの柔らか煮』でございます。お熱いうちにお召しあがりくださいませ」
ほほう、おー、柔らかいじゃないか。さながら味の染みた大根だな。あれよりだいぶ甘いか。
「旬の野菜サラダでございます。こちらに置いておきますね」
パリッとしてるね。ヘルシーそうだな。
「黒鯛の油刺身でございます」
あぶらざしみ? 聞いたことがないな……あ、カルパッチョか! へー、美味しいなぁ。
「あーー! もう食べてるぅー!」
「シム、静かになさい。そして座って食べなさい。」
「お、押忍……ごめんなさい……いただきます! うめぇえええーー! すげえ! こんなうめぇの初めて食べたぁーー!」
「シム。静かに食べろと言ったはずよ?」
「お、押忍……だってめちゃくちゃうまいから……」
気持ちは分からんでもないけどね。農村でこれほどの料理は食えまい。
「旬の焼き野菜でございます」
おお、味付けは最小限にしてあるのか。季節の味を堪能できるな。旨い。
「天然黒オークナイトの上ロース炙り焼きでございます」
うっめ! 脂が甘い! 噛めば肉汁がじゅわっと出てくる! こら旨い!
「釜炊き白ヒノヒカリ米と
おお……これもいい……雑味のない米に味噌の旨味が……舌と心に沁みるじゃないか……あぁ……旨い。
「季節のデザート、イツツバアケビのプディングでございます」
ほおお……あけびの仄かな甘味が最大限まで増幅されてるじゃないか……なんとも懐かしい気持ちにさせてくれる甘味だぜ……あけびか……やっぱり秋なんだなぁ。
なお、シムはちゃんと静かに食べることは食べていたが、飛び散る汁や食べカスまではどうにもならなかったようだ。まだまだだな。
コーちゃんもカムイもきれいに食べてるってのに。
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