1398話 八耳のヒョージ・ファイアフィールド

もう夕方だし、やっぱり宿だな。


「お前、宿代あるか? なんなら一緒に来るか?」


「押忍! ありがとうございます! よろしくお願いします!」


ほんと素直になったなぁ……

同じ部屋に泊めるのは嫌だが、子供を一人で放り出すわけにもいかない。別の部屋を取ってやってもいいが何となく後ろめたいしな。まあ今夜ぐらいいいだろう。


「いよっ旦那ぁ! 今夜のご予定はお決まりで?」

「遊ぶんならウチですぜ!」

「いやいや食うんならこっちだ!」

「遊びの種類によりますぜ! ねっ旦那!」


いきなり囲まれた。客引きか?


「それならテンモカで一番いい宿に案内してもらおうか。」


「おおっと! それならあっしにお任せくださんせ! 八耳やつみみヒョージがご案内いたしまさぁ!」


他の客引き達はすすっと去っていった。なるほど、担当が決まってるようなもんか。


「で、旦那? 一番いい宿と言われやしても色んな宿がござんすぜ? 単純に最高級の宿、料理なら随一の宿、テンモカで一番の歴史を誇る宿、きれいどころをばっちり揃えた宿。よりどりみどりでさぁ!」


へー。やっぱ歓楽街って言うだけあるのな。この分なら遊びの方も充実してんだろうな。あんまり興味ないけど。


「単純に最高級の宿で頼むわ。そこで一番いい部屋だと一泊いくらぐらいなんだ?」


「ほほぉーい、旦那ぁかなりのお大尽様でしたかい! テンモカで最高級の宿と言えば時折りご領主様や近隣のお貴族様もお泊まりになる『沈まぬ夕日亭』でさぁ。ここの部屋ぁ安くても一泊五十万ナラー! 最高級は離れの『海鷲』! なんと一泊五百万ナラーですぜ!」


おお、結構高いな。私の知る限りで最高値か。


「いいだろう。そこに頼む。」


「へいっ! かしこまりやした! お三人様ごあんなーい! ひゃははぁー!」


小男は変な笑い声をあげてから歩き始めた。しかしその口を閉ざすことはなかった。


「それでお大尽様がたはどちらからいらしたんで? あっしぁ天都イカルガの生まれでやすがね!」


「ん、ああヤチロだ。」


「またまたぁー? ご冗談は言いっこなしですぜ? その服装にお連れ様の容姿! どう見てもヒイズルの器じゃござんせんや。と、なりますと……ローランドかメリケインってことになりまさぁな? さすがに南の大陸ってことぁなさそうですしねぇ……」


へー。やるもんだなぁ。しかもガキはしっかり無視してやがる。私達の子供じゃないってお見通しか。しかし話してて気付かれないってことはローランド王国とメリケイン連合国って言葉に違いがないのか? それはそれですごいことだな。


「ローランドだよ。二、三ヶ月前にオワダに来たばっかりだ。それからヒイズル中を歩いて回るつもりでな。」


「ほうほう。ローランドからオワダにねぇ。ん? あ、あの……つかぬことをお伺いいたしやすが、そちらのお子様は実のお子様で?」


こいつ、分かってて聞いてるな? 何を確認したいんだか。


「もちろん違うな。ああちょうどいい。お前金出せば何でもやるタイプだよな? この子に協力してやれ。売られた姉を取り戻したいんだとよ。」


「は、はぁ……そりゃ……あっしは金が大好きでやすが……出来ることっていやぁ売られた先を突き止めて交渉するぐらいですぜ? お縄んなるような真似ぁしやせんぜ?」


「そこら辺は気にしなくていい。買い戻すのにかかる金もな。お前にできる範囲でやってくれたらいい。で、いくらだ?」


おっ、今まで被ってた道化の仮面が一瞬剥げたな? 私のことをやたら金払いのいいカモだと思ったな? ふふ……


「そうでさぁねぇ……闇ギルドの蔓喰との交渉になるはずでさぁ……こいつぁ一筋縄じゃあいきゃせんぜ……ようがす! 他ならぬお大尽様の頼みだ! 小判十枚! これだけで手を打ちやしょう!」


「いいぞ。なら約束な。この子の身を守りながら事情をしっかり聞いてお前にできる範囲で全力で動け。別に頼みをするかも知れんが、その時は別に報酬も出す。いいな?」


「もちろんでっさぅあっごぼぉ! がふっ、ふぅふぅ……い、今のはもしや……」


しっかりとかかった。


「もちろん契約魔法だ。ほれ、十枚。とりあえず今夜から動け。宿に顔を出すのは明日の昼でいい。分かったな?」


「へ、へい……」


「宿はもういい。あそこに見えてるやつだろ? 行っていいぞ。」


「あ、は、はい……あっ! 宿では必ず八耳ヒョージに案内されたって言ってくだせぇよ! 必ずですぜ!」


「約束しよう。だからお前も俺の言うことちゃんと聞けよ?」


「へいっつっぽぬっき? え……また?」


「ああ。しっかり働いてくれたら解いてやるよ。無法な真似はさせないから心配するな。あくまで常識の範囲でな。」


「へ、へえ……」


絶対服従の契約魔法をかけてやった。私からぼったくろうとした罰だ。小判十枚って絶対売値の十倍以上だよな。村娘がそんなに高いわけないだろ。買い取りに必要な金は私が出すって言ってんだから。

あーでも一千万ナラー、じゃなくて一千万イェンに換算すると十代の生娘ならあり得なくはないか。物価や国力が違うから意味ないけど。

昔ダミアンと行った奴隷オークションでの最高値はいくらだったか……金貨で千とか二千いってたような……金貨千枚だと、一億イェンか。


「あ、あの魔王様……」


「ん、どうした?」


「そこまでしてくださってありがとうございす! お嬢様の言うとーり慈悲深いお方なんすね! ありがとうございす!」


礼儀を尽くそうとする気持ちは分かるが言葉遣いがまだまだだな。まあ農村の子供にしてはいい方じゃないだろうか。


「ああ気にするな。どうせ払うのはお前だ。利子はつけないから心配するな。月々少しずつ払えば簡単さ。」


「なっ! この「シム、こんな時は何て言うんだったかしら?」っぐ……ありがとうございます……必ずお返しします……」


おお、一瞬本性が見えそうになったがアレクの薫陶を思い出したか。すごいなアレク。


「一応確認しておくが、お前金はどれぐらい持ってる?」


「きゅ、九万と三百四十三ナラー……です……」


子供にしては持ってる方だな。さては家の金を盗んできたな? まあいいや。


「今夜の宿や飯は気にしなくていい。明日からは知らんがな。さっきのあいつとしっかり動け。困った時は相談に乗ってやる。分かったな?」


「はい……ありがとうございます……」


ちょっと厳しいような気もするが、何の義理もない私がここまでの面倒を見ただけで賞賛ものだよな。どうせ蔓喰と交渉になった場合は私が行くことになるんだろうし。さ、話してるうちに到着だ。こんな街中なのに敷地がどんだけ広いんだよ……門から入口までもう少し歩きそうだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る