1363話 イグサ田の擬装

よーし、そんじゃあ次の田に水を満たそう。育った苗をいち早く植えてやらないといけないもんな。


「カース、水は私がやるわ。カースにばっかり面倒をかけるわけにはいかないし。少し待っててね。」


「いいよ。任せた。」


おお、アレクがやる気になっている! まあ言い出したのはアレクだしね。


「イロハ、確認よ。イグサを植える田はあそこからあそこまでよね?」


「は、はい! その通りです!」


「分かったわ。カース、雨を降らせるわね。」


「オッケー。こっちは気にしなくていいよ。」


「じゃあいくわね。」


『ニョーシュース イーニュウカ イイチミール 覆雲霧ふううんむよ 湧き立ち昇り 日の光りを遮る雲となれ 雨雲あまぐも


へぇー、丁寧に詠唱した雨雲の魔法か。量を重視するなら、いきなり水を出すより効率がいいよね。さすがアレク。しかも指定された範囲に沿って雲ができてる。さすがの制御力だね。おっと『風壁』で傘代わりっと。


しとしとと降り出した雨は、やがてざあざあと音を立ててイグサ田を恵みで満たす。これはただの雨ではない。アレクの愛だ。アガペーだ。

あ、コーちゃんとカムイが風壁内から飛び出していっちゃったよ。水で満たされた田の中でバチャバチャ水遊びしちゃってるよ。楽しそうでいいんだけどね。妹もまざりたそうな顔をしてるではないか。風邪ひくからやめといた方がいいな。


「すごい……こんなに雨が降るなんて……」


看板娘の驚きは新鮮でいいなー。


「ふう。こんなものかしら?」


「バッチリだね。さすがアレク。あれだけ雨を降らせた割にはそこまで魔力を消費してないみたいだね。」


「ええ。時間をかけて丁寧に詠唱したもの。私の魔力だといくら倍になってもたかが知れてるものね。じゃ、またカースの番ね。」


よし。とりあえず成長促進をかけた分ほど植えてしまおう。


『風操』


均等に、同じ本数ずつ……




よし。六つほどのイグサ田に植え終えたぞ。


「あの、魔王様……紐張りはどうされますか……?」


「ひもはり? それは何だい?」


「その、イグサが倒れないように……そしてまっすぐ育つように間に何本も紐を張るんです……」


「なるほど。風の心配はしなくていいとしても、自分の重さで倒れたりするかも知れないってことか。紐張りか……面倒だな……」


あっ、思いついた!


『浮身』


イグサの先端のみに軽く浮身をかけてやる。すると……


「あっ! すごい! ぴんと立ってます! 魔王様すごいです!」


いつもの調子でかけると抜けたり引きちぎれたりしそうだからな。ほんの僅かな魔力でかけるのがポイントだ。さすが私の精密制御力だよな。これって結構難しいんだぞ?

よし、この調子でどんどんやろう。もう全ての田に水が溜まってることだし、成長促進を使って植えるだけでいいな。

とりあえず半分ぐらいは終わらせたいもんな。魔力ポーション飲も……


よし、少しは回復したぞ。では……ゆっくり丁寧に詠唱して……


『成長促進』


うん。どうにか二割程度の苗が成長したな。残り魔力は一割ちょいか。


『風操』


植えて……


『浮身』


まっすぐ伸ばして……


『風壁』


しっかり周りを囲っておこう。これで全体の半分と少しが終わったな。それにしても成長促進か……魔力食い過ぎだな……二次苗をすっ飛ばすだけあるよな。


よし、魔力が残り少ないことだし予定を変更しよう。


「カース、お疲れ様。じゃあ私が仕上げをするから少し待っててくれる?」


「仕上げ? いいよ。」


何かすることがあるのだろうか? またまた私の知らない詠唱を始めた。


『…………幻影』


おお、これはすごい! 植えたばかりの田なのに、全て数日前までの耕したての田に見える! なるほど! 領主や他の農民に目をつけられないようにしたのか! そう言えば他の農民と目立たせないようにするって話をしてたもんな。ちゃんと覚えてるなんてアレクは偉いなぁ。


「ふぅ……慣れない魔法って本当に大変ね……カースお待たせ。帰りましょ?」


「アレク凄いね! 幻術の魔法を使えたんだね! 知らなかったよ!」


「もうカースったら。魔法学校の卒業生なら誰だって使えるわよ。幻の精度に拘らなければの話だけど。」


なるほど。そんなものか。ついでだから聞いてみよう。


「王国一武闘会の時にアレクと戦った女の子がいたよね? あの子の幻術ってすごくなかった? 何が違うのかな?」


名前までは思い出せないんだよな。陰気な顔して髪の毛が紫だったような。


「ああ、カッサンドラ・ド・ベクトリーキナーさんね。あの人の幻術は凄かったわね。幻術に大事なのはイメージなの。どれだけ詳細にイメージできるかってことね。これがそのまま幻の精度に反映するわ。」


「なるほど……」


つまり魔力のごり押しでは無理ってことだな。地道な勉強と研鑽が必要だな……


「ついでだから教えておくわね。『遠見』の要領で目に魔力を込めてみて。ここに幻があると認識した上でね?」


「よーし、やってみるね。」


残り魔力が少ないけど……『遠見とおみ

いやむしろこれは『顕微けんび』に近いか。




おおっ! 見えた! 元の青々としたイグサが見える! なるほど……幻術ってのはこうやって破るのか。でもこれってただ顕微を使えばいいってもんじゃないよな? そこに幻覚があると疑った上で使わないと見破れなさそうだ。対人戦なら魔力探査でどうにでもなりそうだが、今回のように自然が相手の場合は相当気付きにくそうだよな。うーん奥が深いね。

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