1354話 畳職人フォルノ

ここか。ボロい家だなぁ。楽園の掘立て小屋レベルじゃないか。


「おいフォルノ! いんのか! 入るぞ!」


中からの返事を待つことなく立ち入る私達。部屋の三割は土間、しかしそれ以外は小高くなっており畳が敷いてある。うーんヒイズルらしいね。そしてその上には両手を大きく広げて高いびきの髭面男。普通に生きてるじゃん。布団なんかそこら辺に撒き散らしてるし。


「おら! 起きろ! お前に客だぞ!」


うわぁ……いきなり蹴り起こしている。無茶するなぁ。


「おら! 起きろ!」


「ぬー……だれ……?」


「俺だ! ガイ入江のグンチクだ! いいから起きろや! 客だっつってんだろ!」


「客ぅ?」


うわぁ顔色悪いなぁ。


「後はもういいよ。案内ありがとな。」


「おお、もしこいつが使えなかったらまた来てくれや。三流でよかったら他にいることはいるからよ」


「おう。その時は頼むわ。また飲もうぜ。」


「おお、またな!」


どこに行けばこいつに会えるんだ?


まあいいや。さてと、とりあえず『解毒』

効くかどうかはともかく使ってみた。


「気分はどうだ?」


「ぬー、すっきりしてる……」


「それはよかった。さて、俺の名前はカース・マーティン。お前は畳職人だな? それも一流だと聞いた。仕事を頼みたいが腕は錆びてないか?」


「ぬ、仕事? 畳の?」


当たり前だろ……


「ああ。成功報酬は好きなものを言えばいい。金でも、ローランドの酒でもな?」


「ぬ? ローランドの酒!? ぬう達ぁローランドのモンなんか?」


ぬう達?


「あ、ああ。ローランド王国から来た。どうしても畳が欲しくてな。」


「ぬぅ! そうか……そこまでオイの腕に惚れこんだんか……だがすまん……」


何か勘違いしてるようだがそれはスルーだな。


「腕が錆びてるってんなら復活を待ってもいいぞ?」


「ぬ、舐めんな。なんぼ酒飲んでもオイの腕が錆びるわけないどら……」


「じゃあできるのか?」


まだ酔ってんのか、こいつ?


「ぬ……道具がない……」


「ん? よく分からないが何か特別な道具が必要なのか?」


「ぬぅ……特別じゃない……普通の道具……」


まあ職人に道具はそりゃあ必要だよな。


「言え。作ってやるから。」


「ぬっ! ほんとか! 作ってくれんのか! よっしゃ! そんだら! 定木と長指しと大曲おおがね框包丁かまちぼうちょうと糸切包丁と敷き針と待ち針と縁引き針と縫い針と相引き針と渡とねずみ錐と…………」


マジかよ……







「ぬうは凄いんだな!」


大変だった…….

もう夕方になってしまった……


私はやった……

ひたすら作った……

こいつの言うままに……

魔力を振り絞って『鉄塊』と『金操』を使いまくった。

なのにまだ半分も終わってない……針系は問題なくできた。そして包丁系の外形はできているが研ぎが足りないんだよな。


何とか針なんて私から見ればどれも同じなのにミリ単位で違う物を要求されるし……

全く知らない道具をひたすら作ってやったよ! 魔力的には大して消費してないってのに、やけに神経を使ってしまったな……

純度の高い鉄製の道具だぜ。ミスリルや汚銀けがれぎんで作ることもできたが私は愛国者だからな。ミスリルを国外流出させる気などないのだ。むしろ『鉄塊』の魔法をローランド王国、いやヘルデザ砂漠で使った時よりやたら魔力を消費してしまったことが気になるぐらいか。


「続きは明日な。とりあえず飯食って寝ろ。こっちの包丁は研ぎに出しておけよ。」


もちろん完成まで全力を尽くすよう契約魔法をかけてやった。酒も飲めないぜ。


「ぬ? もう帰るのか? 明日はいつ来るんだ?」


「昼前で……」


「ぬぁ? もっと早く来てくれよぉ!」


なんだこいつ……えらくやる気になってやがる……まあ、やる気がないよりマシかな。


「起きたらすぐ来てやるよ。起きたらな。」


「ぬー! 早く来いよ! 待ってるからな! おっ、おかえりー!」


ん? 家族が帰ってきたのか? こいつ一人暮らしじゃなかったのかよ。


「兄貴! 寝てなきゃだめじゃないか! あ、お客さん……え? 魔王様……ですか?」


あれ? こいつの顔は見覚えがあるが……あ、客室係だ。なんとも面白い縁だな。客室係の兄が畳職人とは。どういった巡り合わせなんだろうね。


「今朝ぶりだな。まさかここで会うとはな。ところでこの兄貴は体調が悪いのか?」


「え、ええ。元々酒が好き過ぎたせいもあって度を越して飲んでしまう悪癖がありまして……それで体調どころか心まで病んでしまいまして……」


心を病んでる? そうは見えないが……


「俺らから見ればまともな職人のようだったぞ?」


「ぬ、オイはまともな職人だぁ! 道具さえありゃあヤチロ随一だぁ!」


「兄貴……分かってるさ……兄貴は道具さえ揃えば……きっとヤチロで一番の畳職人さ……道具さえ……あれ?」


客室係がそこらに置いてある道具に目を向ける。


「あ、あの、これってもしかして……」


「ああ。見ての通りだ。さっき作ったんだよ。かなり大変だったぞ。兄貴は注文がうるさいな。」


「なっ……魔王様……ぐすっ……」


おや? どうしたどうした? いきなり泣くなよ。

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