1355話 畳職人フォルノの過去
ぽたぽたと涙を流す客室係。
「どうした? 何かまずかったか?」
「ち、違うんです! 兄貴が、こんなに嬉しそうにして……一体いつぶりか……」
「ぬー、チラノは泣き虫だなー。飯にするか? ぬう達も食っていかないか?」
せっかくのお誘いだが……
「すまんな。宿に夕食が用意されてるんだ。じゃあまた明日な。酒飲むなよ?」
まあ契約魔法をかけたから飲みたくても飲めないだろうけどさ。
「ぬっ、飲まない……」
「魔王様! どうか兄貴をよろしくお願いします!」
「ああ、またな。」
フォルノか。変な奴だが腕が一流ならそれでいいさ。
夜、看板娘一家と少し打ち合わせ。予定通り明後日には植え付けを行えそうだ。
そして翌朝。
「おはようございます。朝食をお持ちしました。」
早くないか……
「ああ……ありがとう。並べておいてくれ……」
「あの、魔王様……兄貴が私より早起きして、それは楽しそうに道具を磨いていたんです……」
「それは良かったな。」
…………だから何だよ……さっさと出ていけよ。きりっとした顔で突っ立ってさ。何か言いたそうな顔だな。
「あの、魔王様……聞いていただけないですか……?」
「何だ?」
「兄貴のことです……」
私の返事を待たずに客室係は話し始めた。
五年前までヤチロでも有名な畳屋『コーザ』で働いていたフォルノ。腕が良いこともあり親方の覚えもめでたく、いずれは一人娘アユカと一緒になって後を継ぐのだろうと目されていた。 もちろんアユカも真面目に働くフォルノが好きだった。
だが、そんな一人娘アユカにクラヤ商会の二男オキマジが横恋慕したことから全てが崩れていった。ヤチロ中の畳を一手に仕切るクラヤ商会だ。いくら有名でも所詮は畳屋でしかないコーザの親方は、クラヤ商会会長から正式に縁談を申し込まれては断ることなどできず……
アユカは一人娘であるためクラヤ商会の二男オキマジは婿入りをする運びとなった。いずれは畳屋コーザを継ぐ身として……
それから……フォルノの酒浸りの生活が始まった。フォルノに負い目のある親方としては何も言うこともできず黙って見ていた。
そんな生活が一年ほど続いた頃、領主の横暴により畳の専売が始まった。それに伴い腕のある職人は領主の館周辺に集められ、半ば奴隷として働かされるようになった。
畳屋コーザでも親方以下、ほとんどの職人が連行されていった。残ったのはクラヤの二男オキマジとアユカ、そして酒に溺れたフォルノだった。オキマジとアユカはクラヤ商会で普通の暮らしへと戻った。今では子供もおり仲良く暮らしているそうだ。
父のように慕っていた親方、将来を誓い合っていたアユカ。仕事も、愛用の道具も全てを失ったフォルノは以前にも増して酒浸りとなり、とうとう去年体を壊してほぼ寝たきりになってしまったと。むしろよく今まで生きてたな? どんだけ飲んでんだよ。
「話は分かったわ。今回の事がきっかけで立ち直るといいわね。」
アレクも目を覚まして途中から話を聞いていた。まったく……すっかり朝食が冷めてしまったじゃないか。
「ありがとうございます! そんな兄貴ですが腕は錆びてないと思いますので、どうかよろしくお願いします!」
何でも寝たきりになっても手だけは空を掴むかのように動いていたそうだ。それが畳職人としての動きだとか。畳を頼むだけだったのに何だか話が大きくなってきたよなぁ。この街は一体どうなってんだよ……
冷めた朝食を軽く温めてから食べた。それから再びフォルノの家へ。アレクには退屈だろうから別行動も提案したが、私のやる事を横で見てるだけで退屈しないと言われてしまった。嬉しいぜ。
「おはよ。調子はどうだ?」
「ぬぅ……ぐくっ……」
いきなり倒れてやがる。早起きして元気いっぱいじゃなかったのかよ。顔色は超悪いし脂汗もダラダラだ。
まあさっきの話を聞いたことだし、こいつの体はすでにボロボロになっててもおかしくないんだよな。寝たきりのクセに酒をやめないような奴だし。まあ飲まなきゃやってられない状況ってのも理解したが……
「治療院に行くぞ。乗れ。」
『浮身』
乗れと言いつつ鉄ボードに乗せてやったけどね。
「ぬぅ……金が……」
金がないくせになぜ酒は飲めたんだ? 七不思議だな。
「報酬の前払いだ。行くぞ。」
酒浸り生活だったんだから治療院に連れて行っても無駄かも知れないが、せめてどこが悪いのかぐらいは知っておかないとな。ポーションで病気は治らないし。
さて、治療院はどこかなー。大抵はギルドなんかと同じで街の中心部にあるはずなんだよな。そう言えばギルドにも寄ってないな。他の街を訪れたらギルドに顔を出すのが冒険者のマナーなんだが、ここは他国だからその必要はあるまい。別に国を越えた国際組織じゃないんだから。
せめて到着するまでは苦痛を忘れさせてやるかな。
『麻痺』
『快眠』
さぁて、治療院はどっちだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます