1339話 夜営の牡丹鍋
夕方まで歩いて別れ道まで到着した。女衒のタツと別れたあの道だ。あいつらはあれから南のテンモカに行くって言ってたな。いずれは私達もそこに行くのだろうが、まずは畳を手に入れるのが先だな。ヤチロか、どんな街なんだろう。
さて、どこで野営しようかな。ある程度の広さが欲しいが山道だし平らな所が見つからないんだよな。とりあえずもう少し歩いてみようか。日没までもう少しだけあるし。でも山の日暮れって早いんだよなー。
だめだこりゃ。全然広い所がない。よし、それなら……
『風斬』
木々を切り倒して……
『水斬』
土を水平に切り拓いて……
『重圧』
地盤を固めて……
『燎原の火』
ばっちり乾燥させる……
よし。これなら大丈夫だろ。
「お待たせ。夕食にしようか。」
「さすがカースね。見事なお手並みだったわ。特に地面の水平さときたら、寸分の狂いもないわ。」
「いやー照れるなぁ。」
土木作業ならお手のものだからな。水平を出すのは今回は目分量だったが、上手くいってよかった。むしろアレクは水平を計る魔法でも使って確認したようだな。やるなぁ。
よし!
夕食はお楽しみの牡丹鍋だ! さあて、解体の続きだ。今度は肉をきっちり切り分けて……
うおぉ脂身が分厚いな。赤身との境目がはっきりと。こりゃうまそうだわ。牡丹鍋だけじゃあもったいないな。やっぱ焼肉もやろう。
大きめの鍋を浮かせて……出汁と味噌、酒も少々。先に猪肉を入れて……まずは弱火で煮込んでと。
よし、次に野菜やキノコもどっさり入れて……もう少し煮込もうかな。その間に焼肉開始だ。ちなみ手足は切り外しただけで解体まではしていない。そしてカムイがすでに全て食べている。いつの間に。
「猪と言えば、昔領都で私が体調を崩した時にカースが獲ってきてくれたことがあったわね。ラスティネイルボアだったかしら?」
「あー、そんなこともあったね。アレクったら肝が食べられないって言ってたもんね。あの時のラスティネイルボアの肝はあんまり美味しくなかったけど、オーガベアの肝は美味しかったよね。きっとマーリンの腕も良かったんだろうね。」
懐かしいなぁ。アレクが魔法学校三年の時だから……三年前かな。この三年で色々あったよなぁ……まさかヒイズルに来るなんて当時は想像も……してたよな? 旅する気満々だったよな?
「本当にあの時は嬉しかったわぁ……それに美味しかったし。あっカース、焼けたみたいよ。どうやって食べる?」
「おっ、いいねー。じゃあ僕は塩にしようかな。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
コーちゃん達はそのままだね。いいよ。焼けたやつを好きにお食べ。
「じゃあ私も最初は塩にしようかしら。」
おお……これは旨い。まだ秋になったばかりだってのによく脂がのってるではないか。しかも脂から感じる甘味が塩によく合う。これは旨いぞ。
「変な臭みもないし歯応えもいい感じね。カースが解体してくれたおかげね。」
「ガウガウ」
「カムイがね、自分が頭を一撃で仕留めたからだって言ってるよ。」
内臓に傷がついてなかったのは偉いな。
「ピュイピュイ」
「コーちゃんがね、美味しい獲物を厳選したんだって。」
さすがコーちゃん。目利きがすごいね。
「二人ともさすがね。偉いわ。」
「ガウガウ」
お前も頑張れよ、だと? アレクに向かって生意気なやつめ。朝飯抜きにするぞ。
「ピュイピュイ」
おっと、鍋がいい感じなのね。さすがコーちゃん。
「アレク、こっちも食べようよ。」
蓋を取ると……湯気とともに広がっていく旨そうな匂い……
「ガウガウ」
慌てるなって。ちゃんとよそってやるって。さすがに鍋に顔をつけたら怒るぞ。
『水操』
私は鍋をよそうのにお玉も箸も必要ないぜ。さあ、熱いから気をつけて食べな。
そして私とアレクのも。
ふぅーいい匂い。どれどれ……
うっま!
「美味しい! カース美味しいわ!」
「だよね。これは大当たりだね。いやー丁寧に解体してよかったよ。これはいい肉だね。」
アレクが用意してくれていた出汁、正確には『フォン』が味噌といい相性を生み出している。そこに臭みのない猪肉が柔らかく煮込まれており、シフォンケーキのごとき歯応えが旨味をストレートに伝えてくるではないか。
「魔物でない猪ってこんなに美味しかったのね。この歯応えなんて官能的ですらあるわ。カースの火加減のおかげね。」
「いやー。そうかも。美味しいよね!」
いくら魔力が残り一割だろうが、この程度のことは消費したうちに入らない。一番消費したのは大百足を地中から抜いた時だな。浮身でいいのにわざわざ金操を使ってしまったし。だってスポッと抜きたかったんだもん。
あーそれにしても美味しい。
で、誰だ?
「もし、いい匂いをさせておいでですな……」
いきなり怪しいジジイがやってきた。
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