1340話 護摩の灰
実のところとっくに範囲警戒の範囲内には入っていた。しかも足音を忍ばせて近付いてくる始末。怪しくないわけがない。
でもコーちゃんもカムイも気付いているくせに無視して鍋に夢中なんだから酷いよな。
「こんな時間に歩くのはよくないぜ? 食っていくか?」
「よろしいので? つい匂いに釣られてふらふらと立ち寄ってしまいましたが……ご相伴に預かるといたしましょう。申し遅れました、あしはヒナグマゴ村のツボマって年寄りで」
「ふーん、ヒナグマゴ村ってここから北? 南?」
悪いが名乗る気はない。
「南でさ。おお、こんなに、かっちけねぇで。いただきやす……おぼっ! こいつぁお山の猪ですけ? よくもまあこんな大物を……」
魔物に比べたらかなり小さいけどね。さ、私も食べよっかな。
「いやーそれにしても、あしもこの辺りはちょくちょく通るんですがね。ここに広場があるとは知りませなんだ」
「ああ、さっき作っただけだ。そりゃ知らないだろうよ。」
「さ、さようで……」
ふふふ、驚いたか。ほれほれ、食え食え。
「おや、だいぶ肉が減ってきやしたね。せっかくお呼ばれしたんでさ。お礼と言っちゃあ何ですが、こいつを食べてみませんけ?」
「何の肉だい?」
「野暮なことは言いっこなしでさ。当ててみてくだせ。あしのとっておきですけ」
「いいけど、それを入れたら残り全部お前が食えよ?」
一瞬の静寂……
「や、やだなぁ旦那……そんなにたくさん食えませんて。それにあしは普段村でたまに食べてますけ。ぜひ旦那がたに食べていただきたいんで」
「ピュイピュイ」
コーちゃんが教えてくれるまでもなくバレバレだ。こいつって今までこんな杜撰な方法で暗殺とかやってたんだろうか?
『拘禁束縛』
口から下が動かないようにした。
「お前ってどこから来た殺し屋なんだ? えらくお粗末なんだけど。その歳でその程度の腕って……よく今まで生き残れたな? ああ、質問はしたけど別に吐かなくていいぞ。面倒だから死ね。」
「ちょっ、だんっ、うそ、まっ、待ってくだせ! あしはちが! 殺し屋なんかじゃ! ちがうだぁ! たすっ、けっどぼ!」
「割に合わない依頼を受けたものね。最後だから選ばせてあげるわ。一つ、私に短剣で刺されて死ぬ。ちょうど実験したいことがあったから即死しなくて済むわ。二つ、彼に魔法で殺される。運が良ければ眠るように逝けるわよ。三つ、この狼ちゃんに噛み殺される。もしかしたら食い殺される方かも知れないけれど。」
「ガウガウ」
そんな不味そうなジジイなんか食べないと言っている。
「最後、そっちの蛇ちゃんにかぷっと噛まれて狂い死ぬって道ね。さあ、どれにする?」
「あばば、ま、って、ちが、殺し、やちがう、たす、たすげべ……」
うーん、殺し屋にしては肝が据わってないな。本当に違うのかな? でもスパラッシュさんなんて見た目はこいつ以上にうらぶれてたしな。演技でどうとでもなるし。まいっか。
「じゃあ約束な。正直に言えば悪いようにはしない。分かったな?」
「わか! わかったっばどぉぉごっぼぉ……」
うーん、ほとんど魔力を込めてないのにえらく効いたな。まあいいや。
「で、お前の目的は?」
「こ、これ、毒じゃなくて! 眠り薬! で、眠らせて! 金目のもの! 盗るだけ!」
ふーん、追い剥ぎ? ごまの灰? つまりチンケな小悪党か。
「なぜお前みたいな奴が今まで生きてこれたんだ?」
「え、獲物を、じっくり、見定めて! 慎重、に、仕事した、から!」
なるほどね。弱者ほど慎重になるってわけね。少し納得した。どうしてやろうかな……よし、決めた。
「よく分かった。じゃあ死ね。」
「はっ!? えっばっ『風斬』で……」
さて、落とし物は……
しめて十二万四千と二百ナラー。小悪党にしては持ってる方じゃないかな。現金以外は全てゴミだな。携帯食料とか水筒とか、手紙らしき物からお守りらしき物まで。全て燃やすけどね。『火球』
「てっきりカースのことだから助けるかと思ったのに、珍しいわね?」
悪いようにはしないって約束だったからね。
「いやー、最初はどこかの騎士団詰所に自首させようかとも思ったんだけどね。でもその後を考えると可哀想になってしまってさ。だからひと思いに殺してやったの。」
「あぁ、なるほどね。もう、カースったら本当に慈悲深いんだから。この国の法律はよく知らないけれど、どうせ自首しても奴隷役数年で、死ぬまで働かされるだけだものね。」
さすがアレク。分かってくれるか。見逃しても私に損はないんだけどね。そこまで生かしておく理由もない。せいぜい獲物を選び間違えたことをあの世で悔やんでもらうとするさ。あの世? 転生管理局? まあいいや。
さて、鍋の続きだ。二回戦を始めるぞ。
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