第1260話 カツラハ村の酒場

案内されたのは店と言うより民家だった。


「へえ、落ち着いた雰囲気ね。屋根だって不思議だし。」


アレクがそう思うのも当然だ。これって藁葺き屋根だよな。田舎へ帰った気分だよ。外国に来てるのに。


中はそこまで広くないな。十人ちょい入れば満員かな? 今は先客が三名ってとこか。


「いいじゃねーか今晩付き合えよ!」

「どうせ体ぁ疼いてんだろぉ!? 無理すんじゃねぇよ!」

「そーそー! 俺らが慰めてやんでぇ?」


下手なナンパしてやがる……いい気分が台無しじゃないか……


「三人と二匹だ! まずは酒! それから肉を頼むぜ!」


ちっ、コーちゃんとカムイを匹で数えるなってんだ。まあわざわざ注意する気はないけど。


「はい! ただいま!」


あの女の子、タツが注文をするとあからさまに助かったって表情を浮かべていい返事をしたな。


「いょぉーおめぇらどっから来たんだい?」

「妙な組み合わせしてやがんなぁ? あれ? お前って女衒ぜげんのタツか?」

「ってこたぁオワダの帰りかぁ? どーでぇ? 儲かったかぁ!?」


へー。こいつって顔が広いんだな。


「へへ……今回はどうにかな。だがなぁ……ちいっとばかりオワダの状況が変わっちまったぜ? どうよ、聞きてぇか?」


「しゃーねーなー。聞きたきゃ奢れってんだろぉ? でもこりゃ人数多くねーか?」

「どーせエチゴヤがどーだシーカンバーがどーだってんだろ?」

「俺ぁそんなことよりそっちの姉ちゃんが気になるでぇ?」


この三人は見たところ冒険者かな。アレクに汚い視線を向けるんじゃない! でも仕方ないよな。昼間に太陽を見るなっていうようなもんだな。違うか。


あっ! アレクが! ミニスカート履いてるのに! 脚を! わざとらしく組み替えてる! 体も少し前傾気味で胸元がチラリと! そして私を見て軽く笑みを浮かべた! こ、これはあれだ!

『こんな悪い私を今夜はお仕置きして』の合図だ! もーアレクったら……悪い子だ!


「うひょぉーーー! すげえな姉ちゃん! どこから来たんだい! そんな短けぇスカートなんざ見たことねぇよ!」

「おおよ! とてもヒイズルにぁいねぇタイプ! あっ! もしかしてメリケイン連合国から来たんか!?」

「それともローランド王国か!?」


「ローランド王国からよ。で、ここはあなた達の奢りってことでいいのね?」


「うひょおーーー! ローランド王国からかよ! 奢る奢る!」

「よぉタツぅ! お前の連れなんかぁ!? さすがぁ女衒のタツじゃねぇか!」

「売りもんにしちゃあオワダからの帰りに連れてるってのぁどういうことでぇ?」


「ばっ! バカ野郎! 違う! この人は違うんだ!」


ほう? 素早いフォローをするではないか。もう二秒遅かったらこいつらぶん殴ってたな。さすがに殺す気はないけど。


「おいおぉいタツよぉ? なぁに焦ってんだぁ?」

「おめーともあろうもんがよぉ?」

「心配すんなって奢ってやっからよ。きっちり話してみろや?」


「お、おお……いいか、まず大事なことを言うぞ……こちらの方が先週……エチゴヤを潰した……」


おおっと。いきなりブッ込んだな。でも本当のことだしな。


「はぁ? 何言ってんだおめぇ?」

「エチゴヤを潰した? そこのガキがか?」

「おめぇまさか……まぁだあの薬やってんのか? 安モンに手ぇ出すなっつーたで?」


はは、そりゃあこうなるよな。おもしろ。


「やっ、やめろ! この人に無礼な事言うなぁ! 頼むから! ま、魔王さんも黙ってないで何か言ってくれぇ!」


面白くなってきたな。これって私が喋らなければどこまで事態が行っちゃうんだろうね。


「はぁ? まおお? マジでタツよぉ……何言ってんだ?」

「まおおって魔王? やっぱ安い薬なんざ手ぇ出すもんじゃねぇよな。ほらガキぃ、お前も何か言ってみろよ?」

「おいおい、あんまビビらせてやんなよ? まだガキなんだからよ? なあガキぃ?」


「やめろおおおおーーー! 落ち着け! 正気かお前ら! まずは落ち着け! いいか! この人が何やったかじっくり話してやる! だから落ち着け! とにかく落ち着け! 分かったら落ち着け! まずは一杯飲め! 乾杯してから落ち着け! それから話してやる! おつけち、おつちけ、おちけっつ!」


お前が一番落ち着けよ。後半何言ってるか分からなかったぞ?


「お待たせしました! エールと串肉でーす!」


おっ、よく冷えてるじゃないか! これはいいな。


「アレク、乾杯!」

「乾杯!」

「ピュンピュイ」

「ガウガウ」


コーちゃんはテーブルに置かれたエールに顔を突っ込んで飲む。カムイは串肉を器用に食べる。いつも通りだ。あー旨い! 異国のエールも悪くないな。


「ちょっ! 魔王さんって! こっちの話にも参加してくれよぉ!」


「任せる。」


そんなのどうでもいいってんだ。


「おらぁ乾杯したぞ。さあ聞いてやるから話せよ。女衒のタツも落ちたもんだぜ?」

「ぷはぁ! ふぅ……つまらん話だったら奢ってやんねぇからよぉ!」

「俺らぁおめぇなんかより姉ちゃんの相手してぇんでぇ? さっさと言えや!」


「お、おお。いいかこちらの魔王さんはな………………」


おっ、ようやく話し始めたようだ。全部話したとして、誰が信じるのかねぇ。ほんの数日前、それも山の向こうで起こったことなんだけどね。あ、この肉おいしい。

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