第1258話 カース、初心に帰る

「ぷっ、ぷぷっ、約束だぁ? もう時間切れだぜぇ? おめぇぶち殺して金も女もいただきだからよぅ!」

「バカな奴だぜぇ! せっかく無傷で見逃してやるって言ってんのによぉ!」

「まったくだぁ! さっさと逃げりゃあええもんをよぉ!」

「もう逃がさねぇぜ? 金も女もよぉ?」


あーあ、全員剣を抜きやがった。こいつらは刀を持ってないのか。


『麻痺』

『微毒』


やっぱり雑魚だった。どいつもこいつもぷるぷる震えながらげーげー吐いてやがる。


よし、初心に帰って……一人ずつ……


『水壁』


初心に帰って顔だけ出して水壁に閉じ込めた。手早くやらないと通行人が来そうだからな。さっさとやろう。


『解毒』


そして殴る。水圧と水温もアップ。


「て、でめぇ……おごぉ……」


「とりあえず金出せ。」


また殴る。そこらに落ちてた木の枝で。


「お、俺らに、こんな……ごあっ!」


「いいから金出せ。」


今は通行人が来ないからいいけど、ここは天下の往来だからな。あまり目撃されるのもよくないな。手早く済ませよう。


「や、やめっ……てっ、だ、だすぅ……」


「全部だぞ。魔力庫からも全部出せ。」


小判が一枚に、木札が数枚。後は小銭がじゃらじゃらと……まあ七等星ならこんなもんか。よし、次。




ふー。大変だった。さらに借金を被せてやろうかとも思ったが有り金を奪ったことだし勘弁してやった。その代わり契約魔法で真っ当な冒険者として活動するよう強制してやった。いい事をした後は気持ちがいいな。


「お待たせ。いやー六人もいると大変だね。」


時間がかかりそうだと見たので、結局私はこいつらを連れて藪の中へ分け入った。アレクを待たせるのは本意ではないが、やるならきっちりとやらなければ。


「あっ、カース、おかえり。と言うわけよ。私には連れがいるの。じゃあね。」


またかよ! 少し私が目を離した隙に今度は行商人風の男にまとわりつかれているではないか! 馬車一台を自分で運転してるのか。


「そんなつれないこと言わないでよー? 君みたいな美人さんを見たのは初めてなんだからさぁ。ねっ? ねっ? オワダに行ったらいいところ連れてってあげるからさぁ。」


「だから、そのオワダを出たばかりなの。方向が違うんだからさっさと行きなさいよ。」


これまた面倒そうな奴だな。あのドラ息子を思い出すが、一人ってことは腕一本で稼いでるタイプなのかな。


「行こうか。」


無視無視。


「おーっと待った。僕も男だ。これだけの女性を目の前にしてみすみす見逃す気はないよ。どうだい、ひと勝負しないかい?」


「何の勝負だ?」


バカらしいなぁもう……


「僕は商人だからね。腕っぷしには自信がない。だからこのサイコロで決めるってのはどうだい? 僕が勝ったら彼女をいただく。君が勝ったらこの荷物全てをあげよう。どうだい?」


「話にならん。安すぎる。何を積んでんのかは知らんが総額数百万ナラーってとこか? 一億あっても足りんぞ?」


「むっ、欲をかくのはよくないよ? これだけの荷物なんだ。オワダに持って行けば一千万ナラーにはなるよ? それでも安いと言うのかい?」


安いに決まってんだろ。しかしこいつ……サイコロ博打で全財産賭ける気か? 商人の風上にもおけん奴だな。


ぬっ、さすがに通行人が増えてきたな。


「まさか……魔王……」

「あれが……あの……」

「あんな平凡な顔して……魔王……」

「エチゴヤを……」

「領主をも……」


私達を見てぼそぼそ何か言ってる。よく聴こえないな。


「おおーヒニトシじゃないか。今からオワダか?」


また誰か現れた。この商人の知り合いのようだが。


「やあホホノリ。久しぶりだね。ようやくオワダに来れたよ。変わりはないかい?」


「ありすぎだぞ……げっ!? な、なぁ魔王さんだよな……こいつと何があったか知らないが、勘弁してやってもらえないか……? この通りだ!」


いきなり頭を下げた。私としてはさっさと行かせてくれればそれでいいんだがな。


「な、何やってんだホホノリ!? 彼を知っているのか!?」


「お前が知らないのも無理はないさ……この方は通称ローランドの魔王……オワダに巣食うエチゴヤをたちまち一掃しちまったお方だ……」


「なっ!? エ、エチゴヤを!? い、一体どうやって!? そんな命知らずな……」


へー、よく私の顔を覚えてたな。珍しいこともあるもんだ。


「分かってくれたらそれでいい。アレク、行こうか。」


「ええ。あなたも身の程を知りなさいね。」


未練がましくアレクに手を伸ばす商人。だが……


「バカっ! やめとけ! すまねえ魔王さん! 恩に着る!」


後から来た奴に頭を掴まれて顔から地面に押さえつけられた。


それにしても通りすがりの野郎どもを片っ端から狂わせるアレクの魅力は恐ろしいな。フェロモンでも出てるのかな。出てても全然おかしくないよな。香水なんかつけてなくてもいい匂いがするんだから。




道は下り坂。さて、夕暮れまでに次の村に到着できるかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る