第1253話 高級宿の矜持

帰り道、なぜか腐れ騎士どもが付いてくる。


「お前らこっちに何の用だ?」


「またまたぁー? おふざけはナシですぜぇ?」

「そぉそぉ。俺らもちょいと海の天国館で一杯! ねっ、旦那?」

「ねっ? ねっ? お願い旦那ぁ! また飲ませてくれよぉ?」

「もうすぐオワダから居なくなっちまうんだろ? その前に旦那と杯を交わしておきてぇってもんっすよぉ!?」


「ふーん。それは全然構わんが、お前ら忘れてんだろ? あそこの宿代はお前らが払う約束だぜ? 飲食は別だなんて言いやがったらその口ぐちゃっといくぞ。」


「い、や、やだなぁ旦那ったら! そ、そそ、そんなことを考えてるわけねーじゃねーっすか!」

「だ、だよな! なっ!?」

「そ、そーそー! 俺らはただ、その、いつか旦那との思い出を懐かしむために! なっ、なぁ!?」

「そ、そうっすよ! 一緒に飲みましょうぜ!?」


何て分かりやすい奴らだ……


「ピュイピュイ」


こんな時、真っ先に返事をするのはやはりコーちゃん。もー、仕方ないなー。


「ちょっとだけだぞ? 俺は疲れてんだからな。」



昼と夕方の間。宿のレストランはあまり混んでいない。料理人達は休憩中かも知れないが気にせず注文をする。軽く飲み食いしたら部屋に戻ろっと。




「旦那にかんぱぁぁーーい!」

「うえぇーーい!」

「かんぱーい!」

「のめのめぇーー!」


ここはお前らが普段飲んでるような安酒屋じゃないっての。もっと静かに飲めんかねー。


「ピュイピュイ」


「おおー蛇ちゃんも飲め飲めぇぇーー!」

「いける口かぁ!?」

「それ俺の酒ぇーー!」

「えーから飲め飲めぇ!」


もー、コーちゃんたら。私も飲もう。アレクと乾杯。旨い。やっぱいい酒置いてるんだな。はぁ……魔力的に空きっ腹だからか沁みるなぁ。ツマミは……甘辛く煮た貝か。これまた酒が進んでしまうぞ。こっちは……白身魚に味噌まいそを塗って焼いたものか。じんわりとした旨味がたまらんな。はぁ……おいし……


「やはりここに居たか! 覚悟せよ! ご領主様まで手にかけるとは! もはや容赦せぬ! オワダ騎士団の全力をもって貴様を捕縛してくれる! 神妙にしろ!」


また出たこの赤い女騎士。せっかくのんびりと楽しんでるところなのに。

お前なんかそこら辺の魔物を相手にくっころくっころ言ってればいいんだよ。まったく……


「領主は俺が殺したことになってんのか? そりゃあとんだ濡れ衣なんだがな。」


濡れ衣という言い回しはローランド王国では通じるけど、こっちではどうかな?


「しらばっくれおって! しかも牢に拘禁しておいたそ奴らまで解き放つとは! 騎士団をも恐れぬ所業! えぇーーい! もはや慈悲はない! この場にて成敗してくれるわ!」


あっ、剣を抜いた。カムイ、頼む。


「ガウ」


「抜けぃ! 相手になっ……なっ!?」


抜いたと思ったら剣身がなかった。そりゃあ驚くよな。ムラサキメタリック相手には無理でも、そこらの剣ならカムイは容易く切り落とす。


「この前は兜、今日は剣。次はその首が落ちる。それでもいいならかかってこい。」


「くっ、どこまで傍若無人なのだ! そんなにローランド王国が偉いのか! 大国ならば何をしてもいいとでも思っているのか!」


イラつく言い方だな。自分が正しいことを少しも疑ってない。全てこいつの脳内ストーリーでしかないのに。


「隊長ぉー、ちょっと無理がありますぜー?」

「領主様の死因とかちゃんと調べたんすかぁ?」

「あきらかに外傷なかったんじゃないっすかぁぁーー?」

「侍女よりメイドの方が現場をきっちり見てますぜー?」


「きっ、貴様らぁ! 牢破りをしておいてぬけぬけと! 他所者の肩を持つと言うのか! 領主様への忠誠はないのか!」


ないんだろうなぁ……なんでこんな不真面目な騎士が今までクビにならなかったんだ?


「いやいや! まずは調べてからでしょ!?」

「この旦那ぁやってねーっすよ?」

「騎士長もいねーし領主様もいねー。副騎士長はあてんなんねーし。隊長がしっかりしねーと。ねぇー?」

「そーそー。騎士団の数だってだいぶ減ってんだし? ここでやれるってとこを見せたら隊長が次の騎士長っすよ?」


「きっ、きさまらぁ……」


「失礼いたします。」


おっ? おお、女将おかみさんじゃないか。


「女将か……これは御上おかみの御用である! 口出しは無用だ!」


「いえ、そうは参りません。ご存知とは思いますが当宿は先代天王アラシ・フルカワ陛下より『立入御免』のご許可をいただいております。従いましてこの宿内での規則は私めでございます。それとも、先代天王陛下の言に叛かれるおつもりで?」


立入御免? 官憲の立入を許さない的な? それとも立ち入ることのできる客は全て自分たちで選べる特権って感じか?


「くっ、そのようなつもりはない! で! 何用か!」


「これは異なことを? 当宿の宿泊客であらせられるマーティン様ご一行にご無体な真似はおやめください。女将である私がこう申しているのです。この『立入御免』を覆せるのは現天王陛下のみ。いかがで?」


「い、いいだろう……先代陛下が身罷られてそろそろ十年……いつまでも過去の威光が輝いていると思うなよ?」


「そのお言葉、先代陛下への不敬と受け取りました。残念です。どうぞお引き取りを。」


「ちっ、お前たち! 引き上げだ! もう一度調べ直しだ!」


やれやれ。きちんと仕事しろよな。


「お疲れちゃーん!」

「またねー隊長ぉー!」

「あ、今夜の予定は!?」

「明日の夜でも!」


こいつらはこいつらで酷いな……


「女将さん。ありがとう。助かったよ。でもよかったのか? あんな奴でも中央から来た貴族ってことだったが……」


「いえ、お客様をお守りするのは当然のことですから。それよりもお騒がせしてしまいまして、申し訳ありません。この一杯は私の気持ちです。どうぞお飲みくださいませ。」


凄いな……さすが高級宿はサービスのレベルが違う。ありがたくいただこう。これは何か料金以外のお礼を考えておくべきだな。

あぁ酒が旨い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る