第1088話 龍王召喚の儀
それはまさにパレードだった。数頭の屈強な馬によって牽かれる矢倉のような台。その上から王都民に手を振るのは国王と王太子、そして王妃の三人だ。私やアレク、フランツやキアラはそれよりやや小さい台に乗り、追随している。
私も一応手を振ってはいるが、誰も私など見ていない。アレクがいるからだ。太陽のように眩しいもんな。イケメン王子のフランツもいるし笑顔ナンバーワンのキアラもいるしね。
よし、無になろう。我が心すでに空なり、空なるが故に無。
別に普段通りの魔力放出をしたわけではない。ただ心の問題だ。心を無にして手を振る。誰も私など見ていない。こんな時父上やウリエン兄上なら絵になるんだろうなぁ。ちなみに兄上は国王の矢倉の左側を歩いている。王太子の近衛がそのまま国王の近衛に出世している。さすが兄上だ。
「ね、ねぇカース? 私ここにいていいのかしら?」
「いいに決まってるよ。氷の女神様だしね。さっきから歓声がすごいよ。」
「そ、そうかしら……」
間違いない。一部の野郎の視線はアレクの胸元に集中しているし、女性達もアレクの首飾りを注視している。無理もないな。
国王には色んな層からの声援。そこに紛れる兄上への黄色い声。アレクへの野太い声。キアラへの大きいお友達からの声。
「おーい! 魔王の兄貴!」
「おーいおーい! こっちだよぉー!」
「魔王の兄貴ぃー!」
おや? あいつらは……思い出した。お笑い冒険者三人組だ。生きてたんだねぇ。手ぐらい振ってやるか。
それを皮切りにあちこちで「魔王?」「えっホントに?」「言われてみればあの服装……」「確かに魔王スタイルだ!」「じゃ、じゃあ本物の魔王!?」「おーい魔王!」なんて声がじわじわと聴こえてきた。
バッチリ気付かれた。これはこれで嬉しい。手を振っておこう。
そんな歓声を浴びながら、一行は王都をぐるりと回ってから外に出た。なぜか東へ向かっている。付いて来ようとする観衆もたくさんいたが王都から出る段階で止められている。こっち方向ってしばらく何もないんだよな。ただの荒地って言うかさ。何かするのか?
しばらく進むと一行は止まる。何だ何だ? 何が始まるんだ?
おおっ、いつの間にか国王が着替えている! 全身に鎧を纏っているではないか! 全身紫なのに偽勇者と違ってすごく高貴に見えるぞ。さすがにムラサキメタリック製じゃあないよな。まさかオリハルコン?
「龍王召喚の儀を始めます! 陛下、ご武運をお祈りいたします!」
龍王? 召喚? 何それ!?
国王は私達から離れ、一人荒野へと歩みを進める。
ある程度離れると立ち止まり、魔力を練り始めた。
『ゴクジューア クニンユー イショーブツ ガーヤクザー イヒーセッチ ボンノーウ ショーゲーン スイフケーン 天と地を統べる大いなる存在よ 我は求め訴えるなり クレナウッド・ヴァーミリアン・ローランドの名において願い奉る 出でよ召喚されし龍の王よ』
マジか……
あの詠唱は召喚魔法だ……しかし、通常のものとはどこか違う。込められた魔力も尋常ではない。国王はもうすでに魔力ポーションを飲んでいるではないか。
そして空を割るように現れたのは……
全長が百メイルを超える巨大な青紫のドラゴンだった……
知っている。見たことがある。あれは前国王の召喚獣、確か名前は……ヘルムート!
「フランツ、どういうこと? あれって先王様の召喚獣じゃないの?」
「さすがに覚えているようだな。その通りだ。あれはな、第十代国王であるハリーウッド公が従えた暴風龍、テンペスタドラゴンでな。それ以来代替わりをする度にこうして召喚しなおし、国王の召喚獣として契約をすることになっている。」
「なるほど。契約っつーか……戦いなのね……」
そう、国王は一人で巨大なドラゴンに戦いを挑んでいる。召喚魔法ってこのパターンもあるんだよな。意図せず強力な魔物を喚んでしまったせいで食い殺されるとか、全魔力を吸い尽くされて死ぬとかさ。今回は変わった詠唱だったからこのドラゴンの召喚専門の呪文なんだろうな。
『遠見』
本当は近くで見たいけど、邪魔をするのも悪いからな。これで我慢しよう。
おっ国王め、ドラゴンを相手に空中戦かよ。国王の飛び方はやや直線的だが、スピードは悪くない。ドラゴンの顎や爪をうまく避け、時には剣で往なしている。あの剣は総オリハルコンの王剣だったな。それでもドラゴンの牙や爪と正面から打ち合うのは得策ではないよな。牙の一本が国王より大きいし、そこらの大木より太い腕を振り回すだけで人間なんて木の葉みたいなもんだ。
それにしても不思議なことに国王は空を飛ぶこと以外に魔法を使っていない。たぶん身体強化も使ってないだろう。そしてドラゴンもブレスを吐いてこない。ヌルいことやってんじゃねぇぞ。
「フランツ、あの戦い方には何か意味があるの?」
「ほう、さすがはカース。気付いたか。通常の召喚魔法で意図せずあれほどの魔物を喚んでしまった場合、全力を尽くして戦うより他ない。しかしこれは儀式でもあるからな。こちら側としては力を見せればそれでよいのだ。幸いヘルムートは我ら王家の魔力を気に入っているらしくてな。概ね好意的だそうだ。」
「あー、召喚獣って魔力が好きだもんな。」
ねー、コーちゃん。
「ピュイピュイ」
もちろん今でもコーちゃんの食事には私が魔力を込めているとも。たまにアレクや誰かの場合もあるけどね。
「それにこのような場所でブレスなど撃たれてみろ。王都が壊滅してしまう。もちろん宮廷魔導士達も警戒はしておるがな。」
「あー、そりゃそうか。おお怖い。」
それからも国王の戦いは続いた。激しいのは激しいんだけど、魔法を使ってくれないと見てて飽きるな……
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