第1018話 七等星昇格試験 最終試験 後

サヌミチアニは領都から西北西。もちろん行ったことはないがだいたいの方角は知っている。そして私は羅針盤を持っているため迷うことはない。空の旅でこれほど心強いものはない。


「インダル、サヌミチアニに行ったことはあるか?」


「ああ、あるぜ……」


「よし、なら周囲をよく見ておいてくれ。行き過ぎないようにな。」


「お、おお……」


人間五人に馬車二台。これだけの物を浮かせて高速飛行。魔力の消費がすごいことになってやがる。浄化槽を二つ載せて楽園に行くのと比べて五、六倍ってところだろう。まあ、誤差の範囲ってとこだな。


領都を出発して三十分。そろそろ見えてもいい頃だが……


「ちょっと魔王! 魔物が見えるよ!」


えーっと、この赤髪はミラノだったな。トマトちゃんと呼ぼうかな。


「知ってるよ。どうせ追いつきはしないからな。放っておくぞ。」


魔力探査だってきっちり使ってるんだぞ。


ちなみに今は『浮身』『風操』『風壁』『魔力探査』の四つを同時に使っている。結構大変なんだからな。


「それは困るなあ。もしあの魔物がサヌミチアニまで付いて来たらどうするんだい? 早めに対処しておいて欲しいよね。」


なーんかこの副組合長って私に絡むよなぁ。やれって言うのならやるけどさ。ちょっと速度を落として……


「ちょっと! 遅くなってるじゃない! どうする気なのよ!」


「副組合長様のご命令だからな。退治するさ。ちょっと待ってな。」


さて、どんな魔物かな。さすがに『遠見』を使ってまで確認する気はないからな。


「へえ、禿鷲ジャダールだね。困った困った。」


知らんな。どうせ鳥だろ。鳥なら……


『吹雪ける氷嵐』


南極並みのブリザードに包まれて、たちまち動きが鈍った鳥公。そこをすかさず!


『狙撃』


終わりだ。


『水球』


水球に包んで手元まで引き寄せる。そして収納。ちょっと張り切りすぎたな。こんなの一羽に上級魔法を使ってしまった。よし、速度を上げよう。


「お前、魔王……めちゃくちゃすんな……」


「そうか?」


副組合長は黙っている。ふふふ。

んー、私って大人気ないな……

まあ、このエリアなら魔物が集まっても問題ないだろう。




「おっ! 見えたぞ! あそこがサヌミチアニだ!」


「よーし。城門の前に降りるぞ。」


無事着陸。馬も起こそうかな。


その時、荷台が二つとも消えた。何やってんだよ!


「副組合長さんよ、どういうつもりだ?」


「忘れてないかい? これは試験だよ? さあ問題です。

護衛の中に裏切り者が交じっていました。そいつが大事な荷物を収納してしまったのです。そいつの魔力庫の設定はどうなっているか分かりません。もしも、死んだ際に中身も消滅する設定だったら……そいつを殺した時点で弁償金として白金貨三枚は必要です。どうしますか?」


『拘禁束縛』


「僕にそんなの効くわけないだろ。そこらの雑魚と一緒にして欲しくないな。余計な反抗をしたから罰を与えようかな。インダル君に。」『無痛狂心』


「ぬぐああぁぁあぁ! ミンナコロスぅうぅぅぅ!」


「ちょっと! インダル! 何考えてんのよ!」


「ミラノ! やるのね!」


マジかよ……副組合長の奴、禁術を使えるってのか……それはそうと『拘禁束縛』インダルは拘束しておこう。

くそ、腐っても副組合長か……魔力抵抗がかなり高いようだ。ならば正攻法でいくしかないな。


「中々えげつない真似するじゃないか。それでも副組合長かよ。」『氷壁』


馬と手代を含む全員を氷壁で遮っておいた。どさくさで荷主に傷でもつけられたら堪らんからな。


「さあどうするんだい? このまま睨みあったままかい?」


「それも悪くないが……我慢比べしようか。」


『水壁』


私と副組合長をまとめて閉じ込める巨大な水牢だ。降参しないならそのまま死ね。荷物なんか私の知ったことじゃない。


副組合長は見たところ落ち着いている。何やら魔法を使っているようだが、変化はない。ただでさえ水中では魔法が使いにくい。その上私も同じ水中で魔法を使い続けているんだからな。絶え間なく『水壁』をな。ふふ、かなり使いにくいだろうよ。


時折、副組合長の周囲から水が消えるが、またすぐに覆い尽くす。やはりこいつは『魔力消散』が使えるようだ。だが、母上やフランツウッド王子ほどの威力はないようだ。それではいつまで経っても脱出できないぜ?


ようやく表情が変わりやがった。焦りが見えてきたぞ? ではもう少しいってみようか。水圧五倍。

きっつ、こんなに圧迫されるのか……苦痛はないが妙な圧迫感は感じるんだよな。


『どうすんだ? 降参するのか?』


さすがに魔力が高いだけあって『伝言つてごと』の魔法がちゃんと届いた。


『いいのかい? このまま僕が死んだら君たちは不合格だよ?』


へぇ、受け取るだけじゃなく『伝言』を使えるのかよ。やるなあ。


『そんなこと俺が気にすると思うか? 試験なんてまた受ければいいだけだ。別に受けなくてもいいしな。このまま荷物ごと消えるか?』


『参った。合格だよ。解除してもらえるかい?』


『そうはいかないな。お前は依頼主の荷物を強奪するという冒険者としてあるまじき罪を犯した。同じ冒険者として見逃すわけにはいかない。そのまま死ね。』


だいたいこいつ『水中気』使えるのか? 使えないならそろそろ息も限界だろう。先ほどの悪あがきのせいで魔力も残り少ないだろうに。その上私に『伝言』を使ってしまっている。さあ、魔力は残りどれだけだ?


『バカな! 試験だからに決まってるだろ! バスランさんだってご存知さ!』


余裕がなくなってきたようだな。


『それが本当だという証は? 俺にはお前が試験官の名を借りた盗賊にしか見えない。だから早く死ね。』


『がぼっ、ま、待て、違う、僕は、ぼがっ、試験……』


あ、溺れた。ここまでにしておくか。水壁解除。あー疲れた。この体調で水圧五倍って……後が怖いな……


『風球』


副組合長の腹にぶち当てる。水を吐かせておかないとな。よし、吐いたな。後は起きるのを待っておこうか。


『乾燥』はあ、さっぱりした。

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