第960話 カース VS ネクタール

それから試合は進み、アイリーンちゃんやバラデュール君など私の知ってる選手もきちんと勝ち上がった。


そしてようやく私の出番となった。


『決勝トーナメント一回戦第十試合! 一人目はぁぁーー! ネクタール選手ぅー! アジャスト商会の御曹司にして経営にも携わる辣腕ぶり! 文武両道とはまさにこのこと! そして二人目はぁー! また参加してます! 魔王カース選手ぅーー! 剣の腕は並と聞いてますが、装備は並じゃない! 私のハートがときめきモードになってきまぁす!』


『ネクタール選手は高価な鎧を使用することに定評があるが、今回は一段とすごいな。ミスリルとアルミナ銀の合金か。ありゃあさぞかし軽いだろうぜ?』


『うおおおー! お金持ちの匂いがプンプンしてますぅ! 確かまだ十八歳とかですよね!? ときめきが止まりませーん! じゃ、じゃカース選手の方はどうなんですか!? 仕立てからして高そうですが!』


『ありゃー夏の終わりに領都を襲ったコバルトドラゴンだな。クタナツで仕立てたらしいぜ? 値段なんか付けられねぇな。』


あれ? 私ダミアンに言ったっけ? しかもこれ、アレクとお揃いのウエストコートなんだぜ。


『うっひょー! ドラゴン! コバルトドラゴン! 蒼く輝く表皮を持つ美しき破壊龍! それで革鎧でなくウエストコートを仕立てるとは! なんという贅沢! その下にはただのシャツしか見えませんが、本当にそうなのか!? もう私のときめきが限界破裂しそうです!』


『さて、賭け率は……四対五、ギリギリでカース選手優勢か。』


『それでは一回戦第十試合始めますよ! 双方構え!』


おっと、忘れてた。


「ちょっと待った!」


『カース選手、何事ですか!?』


「ネクタール選手と賭けがしたい!」


「ほう? 何を賭けるんだ?」


「名前を賭けて欲しい。対価は任せるが負けたら改名してくれ。」


『カース選手一体何を言ってるんだぁー! 意味不明だぁー!』


我ながら傍若無人だがね。だって私のポーションにネクタールって名付けてしまったものだから、それと同じ名前の人物がいるのは少し嫌なのだ。


「対価か……君がダミアン様に協力しないこと、でどうだ?」


「そんなことでいいのか? もしかしてアジャスト商会って長男派?」


「ふっ、そんなところだ。それなら受けてもいい。」


ちょっと割に合わない気もするが、無茶を言い出したのは私の方だしな。


「いいだろう。では約束だ。俺が勝ったら名前を変えてもらう。あんたが勝ったら俺はダミアンが辺境伯になることに協力しない。いいな?」


「いいだろうっぐぅ……効くな……」


ちなみに私にも効いた。当たり前か。


『何をやってんですかー! 意味が分かりませーん! 特にカース選手! そんな安請け合いしちゃっていいんですかー! 知りませんからね! では今度こそ! 双方構え!』





『始め!』


フルプレートの鎧とは思えないほど軽やかな動きで間合いを詰めてくるネクタール選手。武器は黒っぽい木刀か。材質は何だろう? 私も合わせて詰め寄る。力では勝てそうにないから、ここはやはり装備の力でごり押しだな。


木刀と鍛錬棒の打ち合い。全力だ! ぶち折ってやる、ぜ? は!?


うそ……


私の鍛錬棒が、折れた……


「隙ありだ!」


くそっ! 転がるようにして逃げる。


「ふっ、うまく逃げたもんだ。そんな使い古しの棒でよく勝てると思ったな?」


使い古しだと!? フェルナンド先生から頂いたエビルヒュージトレント製だぞ? はっ!? まさか……


「それ、もしかしてエルダーエボニーエントか?」


「ふっ、さすが魔王と呼ばれるだけあるな。木材でドラゴンの牙に匹敵するものは王国広しと言えど、これしかないだろうな。」


超欲しい……しかしヤバすぎる……どうしよう……


猛然と詰め寄るネクタール選手。ヤバい……武器がない……いくらサウザンドミヅチの手袋をしててもあの木刀相手では素手のようなものだ。とりあえず、逃げる!


『おおーっと! カース選手! ネクタール選手に背を向け走り出したぁー!』


『逃げるのはいいが、今回の武舞台は狭いからな。父マーティン卿譲りの逃げ足の速さを見せて欲しいもんだな。』


ダミアンめ、気楽なこと言いやがって……

いくら父上の逃げ足がフェルナンド先生以上だからって見本すら見せてもらったことないのに真似なんかできるかぁー!


「予備の武器すら用意してないのか? それはこの大会を甘く見過ぎだな。スタミナなら負けんぞ? 普段は重い鎧で訓練しているからな。」


それが本当ならマジでヤバい。確かに予備の武器は用意していない。しかし、狼ごっこで鍛えた足腰を舐めんなよ?




『逃げる! 逃げ回るカース選手! これが昨日は一歩も動かなかった魔王の姿とは! 本当に本人なのかぁー!』


『必要ならば恥ずかしげもなく逃げ回るのはあの選手の美点だな。勝てば国軍だからな。』


当たり前だ。負けるのは構わん。でもエルダーエボニーエントに負けるのは何だか悔しい。どうにかあっと言わせてやりたい。だいたいプランもまとまったことだし、そろそろ反撃してやる……


『おーっとぉー! カース選手反転してネクタール選手へと距離を詰めたぁー!』


くらえや!


ワンパターンだけど……折れた棒を、投げる!


「効くかぁ!」


ちっ、避けもしないのか。肩に当たり、跳ね飛んだ。木刀を振りかぶるネクタール選手。さらに私が投げるのは、帽子だ!


「無駄だぁ!」


木刀で叩き落とされた。そこだ! フルフェイスの隙間目掛けて……


「ふえっくしゅ! くっそ、目ぇ……鼻がっ!」


大量の胡椒、ペプレの粉末だ。フルプレートだろうがフルフェイスだろうが防げまい。そして隙あり! その足もらったぁ!

膝を横から足の裏で蹴りつける! いくらミスリル合金だろうと私のブーツ、靴底はドラゴンゾンビの牙製だぞ?


『汚ぁーい! さすが魔王汚い! 確か前大会でもペプレの実を使っていましたね! そしてミスリル合金の鎧に蹴りを入れてます! 果たして効くのでしょうかぁー!?』


『一回戦でもう切り札かよ。先のことなんか全然考えてねぇみたいだな。あいつらしいぜ。』


その上どさくさに紛れて木刀ゲット! タコ殴りだ! おらおらおらぁ!


『勝負あり! そこまでです! カース選手、速やかに木刀を返還してください!』


ちっ、このまま貰っておこうと思ったのに。しかしネクタール選手、昨日の大会でこの木刀を使ってればヒイズル組に勝てたろうに。何か事情でもあったのかねぇ。

それにしても領都一の大商会が長男派か……そりゃダミアンも苦戦するわな。もう少し気を入れて助けてやるかな。

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