第851話 領都復興プレパーティー クライマックス
吟遊詩人ノアのステージが終わり、ダミアンが現れた。
「さあて、余興の時間もそろそろ終わりだ! トリを飾るのはこの子だ! 氷の女神アレックス! 出てこいやー!」
えらい雑な紹介だな。もっとしっかりやれよ。
ステージ横から現れたアレク。やはり彼女には華々しい舞台が似合う。
「カースのリクエストでバイオリンを弾くことになりましたアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。ノアさんの後で恐縮ですが精一杯務める所存ですわ。それでは聴いてくださいませ。」
『勇者が勝利する』
ローランド王国国歌をバイオリンソロで弾きあげる。前回王宮で聴いた時より更に音に艶が出ているかのようだ。演奏の最中にも関わらず会場がザワザワしている。しっかり聴いてくれよな。
「ちょっと、魔王、さん……」
「ヤバいんじゃないんですの……?」
「王族の方がご臨席なされていないパーティーで国歌なんて……」
「いくらアレクサンドリーネ様でも……」
「おや? 意外に心配してくれるの? 問題ないよ。アレクの演奏を聴いてあげてよ。」
まさかこいつら四人組が心配してくれるとはね。確かに王族が出席していない式典などで国歌を歌うことは許されない。演奏もね。しかし、物事には何事も例外ってものがある。アレクの凄さを思い知るがいい。
演奏が終わり会場がしんと静まり返る。みんなヒヤヒヤしているのではないか?
そこにステージ横から拍手をしながらダミアンが登場する。いいタイミングだ。
『素晴らしい音色だった。ところで会場の中に
会場が再び騒ついてくる。さすがに貴族達だ。名前を聞いてピンときたか?
『そうだ! このバイオリンは彼女が国王陛下から下賜されたもの! おまけに『演奏御免』のお墨付きまで貰っているぜ!』
ダミアンの言葉で会場が一喜一憂するかのように騒めいたり静まったり。あの後で知ったのだが、あのバイオリンは国王の私物などではなく国宝らしい。それを狼狽えもせず受け取るアレクもアレクだが、褒美に渡す国王も国王だ。
『そんなわけで氷の女神がここで国歌を演奏しようとも全く問題はない! さあ夜はこれからだ! 盛り上がっていくぜ!』
こんなタイミングでそう言われても会場はやや冷えている。しかし、そこを狙ったかのように吟遊詩人ノアも登場。ダミアンもおそらく自前のリュートを取り出して三人でのセッションが始まった。ダミアンの奴、歌は下手だけど声はいいんだよな。しかも初公開、アレクの歌声まで! 最高すぎる!
私はステージに噛り付き手を振ったり叩いたり! その上、ダンスの際に演奏していた楽団まで参加して会場の盛り上がりは最高潮! 貴族のパーティーとは思えない飲めや歌えやの大騒ぎとなってしまった。場所を選ばない観客達はステージにまで登って踊ったりもしていた。どさくさに紛れてアレクにお触りをしようとした奴はぶっ飛ばしておいたが。
ああ、私も参加したい! ピアノかギターがあればいいのに! エレキギターが欲しい!
『次で最後だー! お前ら! 気合い入れていけやぁー!』
とてもじゃないが辺境一の大貴族が主催するパーティーとは思えない盛り上がりぶり。ダミアンがプロデュースすると絶対こうなるんだろうな。すごい奴だ。私はステージの真ん前でアレクを見つめながら踊り狂っている。ロカビリー風ツイストだ! 楽しい、楽しすぎる。アレクの胸元ではアルテミスの首飾りが眩く輝いている。弾ける汗に煌めく笑顔。来てよかった……!
『よーし! お前ら最高だぁー! 今夜は領都復興プレパーティーによく来てくれたな! 明日の本番もよろしく頼むぜー!』
ああ、今夜はプレパーティーだったか。本番は明日。うーん、さすがに明日は来ないだろうな。本番ってことは普通に堅いパーティーだろうしな。ダミアンプロデュースとはいくまい。ラグナが出席できた理由にも納得だ。よく見ると年齢層も低いようだし。
「アレクお疲れ。最高だったよ。」
「ありがとう。やっぱりこのバイオリン凄いわ……まるで手に吸い付くようで。私の出したい音を出してくれるの。今度カースも弾いてみてね?」
「それはすごいね。そのうちね! さ、帰ろうか。だいぶ汗かいたよね。きれいに洗ってあげるからね!」
これは半分嘘だ。汗を流すのは後、帰ったらまず先に……ふふふ。
あ、帰る前に……
「ちょっと待ってね。ダミアンに言い忘れたことがあったよ。」
不思議そうな顔をするアレクを連れてダミアンの所へ。忙しそうなところをすまんな。
「おーいダミアン、帰るわ。」
「おう! 明日も来るか?」
「いや、すまんが来ないと思う。すまないついでにダマネフ伯爵家で捕まえた奴らなんだけどさ。余罪がある奴以外は罰金か何かで済ませてやってもらえないか?」
騎士団に捕まると尋問魔法で何もかも吐かされるからな。予想もしてない余罪とか出てくるはずだ。
「まあ被害者のオメーが言うなら構わんがよ。ああ、ダマネフ伯爵の息子だが偽物だったぞ。本人は前日に誘拐されたらしくてな。自力で生還してたわ。」
「じゃあそいつもなるべく軽く済ませてやってくれ。」
被害者だからって無罪とはならないもんな。
「まあいいだろう。きっちり魔王の温情だと説明しといてやるよ。挨拶に行かせるか?」
「いや、それはやめてくれ。面倒だから。それから九月末にやるって言ってた子供武闘会、いつやる?」
「この状況だからよー。保留にしてたんだよな。できそうになったら相談するからよ。そん時は頼むぜ?」
「おう。それからこいつをノアさんに渡しておいてくれ。『最高だった』と付け加えてな。じゃあまたな。ラグナもしっかりな。」
大金貨を一枚。なんならパトロンになってやってもいいぞ。
「ああボス。色々とありがとうねぇ。」
「おお、渡しとくわ。喜ぶだろうぜ。」
よし、帰ろう。帰ってアレクと……
「坊ちゃん、私も帰ります。よろしいですね?」
「おおリリス。長い間お疲れだったな。ダミアンに無茶な仕事させられてないか?」
例えばセクハラとか。
「ええ、ダミアン様にはよくしていただきました。でもなぜか坊ちゃんの、あのお屋敷が恋しくなるこの頃だったのです。」
なんだか嬉しい一言だな。
「そっか。腹減ってないか?」
「いえ、特に。」
「そうか。帰りは歩きたい気分だからな。リリスは馬車で先に帰るか?」
「いえ、お邪魔とは思いますがご一緒させてください。」
邪魔だって分かってるのかよ。でも今日は楽しかったし別にいい。
「よし、三人でのんびり星を見ながら歩いて帰ろう。夏も終わってもうすぐ秋だしね。」
「私達の服っていつも快適だからあんまり季節を感じないわよね。」
「涼しくなってまいりました。」
貴族二人と奴隷メイドが一人。夜道を歩くには妙な組み合わせかな。いや、それでもアレクと二人だけで歩くほど妙ではないか。あまり話さないリリスの口数が珍しく多いのも妙と言えば妙かな。
もうすぐ十月か……
私も十五歳になる。残り半年でアレクも卒業。晴れて自由の身となる。不思議な気分だな。卒業か……
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