第850話 領都復興プレパーティーの余興

音楽が止まるとステージにダミアンが立つ。


「みんな! 今夜は領都復興プレパーティーによく来てくれた! 本番は明日だが今夜も盛り上がっていこうぜ! じゃあ余興を始めるぜ! 例によって俺から行くからよ!」


拍手喝采だ。まだ挨拶しただけなのに。人気ありすぎじゃない?


「それじゃあ始める前に俺のダチを紹介するぜ! 『魔王』カース・ド・マーティン! 上がって来いや!」


『風操』


会場からひとっ飛び。ステージに着地する。


「こいつのことは知ってるよな!? 二匹のドラゴンを同時に倒し、領都を救ってくれた英雄だ! 王都でも勲章を授与された正真正銘クタナツの魔王だ!」


軽く会釈だけしておくか。


「俺達二人でこの木に彫刻をする! モデルはこいつだ!」


ラグナが上から飛び降りてきた。しなやかな動きをするじゃないか。


「魔王に組織ごとブッ潰されて契約魔法をガチガチにかけられた哀れな女! 元王都の闇ギルド、ニコニコ商会のボス! ラグナ・キャノンボール! 俺の愛人だ!」


ラグナの奴、愛人と言われて照れてやがる。そして会場の空気は……盛り上がっている!? なぜ? これがダミアンの人徳なのか!?


「今回は早業だからな! しっかり見ておいてくれよ! いくぜカース!」


「おう!」


ラグナはステージ中央でポーズをとっている。手を前方やや上に伸ばしている。眩しく太陽を見つめるポーズか。




五分経過。もう大まかに形が見えている。本当に早い。


「カース! ちょい上だ!」


「おう!」


「ラグナ! 辛抱しろよ!」


「ああ!」


「カース! ここに焼き色を付けてくれ! 軽くだぞ!」


「おう!」『点火つけび


久々に使うな。ガスバーナーのように炎を噴出させて、ダミアンの指示通りに木を焦がしていく。なるほど……焦げ跡で陰影を付けるのか。考えたものだ……




さらに五分。もう完成間近だ。貴婦人ラグナの木像が見えてきた。


「カース! ここだ! この一点をきれいに焦がしてくれ!」


「おう!」


それはラグナの黒目だった。真円になるよう慎重に……『点火』


「よし! 完成だ!」


再び音楽が鳴り響く。恐ろしく早かったな。


前から風を受け髪とスカートをはためかせながら、眩しそうに太陽を見つめるラグナ像。きっちりアレンジを加えてやがる。さすがはダミアン、いつも思うが余興のレベルではない。


風操かざくり


ステージから会場の中央に移動させる。


「なんたる出来栄え……」

「まるで生きているかのようだ……」

「これがあの四つ斬りラグナなのか……」

「美しい……」

「ん? この木は……もしや?」


ダミアンとラグナが中央に歩き寄る。私はアレクの所に戻る。何か変わった木なのだろうか?


戻ってみると……やはりアレクは野郎どもに囲まれていた。まったく……どけどけぃ邪魔だ邪魔だぁ。


おっ、私が近付いたら海が割れるように隙間が空いた。これは珍しい。ようやく私が誰か分かるようになってきたのか。


「ただいま、アレク分かる? あの木。」


「うーん、もしかしてトレンタール・マホガニーかしら? ムリーマ山脈に生息しているトレントの一種なんだけどあんまり大きくないのよね。太くても直径が一メイル程度だとか。高級家具によく使われるんだけど中々見つからないらしいわ。」


「ほほう。それを彫刻に使うとは贅沢したもんだね。ダミアンのくせに。」


「よっぽどラグナのことを気にしてるのね、ダミアン様は。」


あいつも変わり者だからな。ラグナと相性がいいのかな。



おっ、次の余興が始まったな。魔法なし、ナイフでウィリアムテルオか。怖いが凄いな。こうして呑気に余興を見るだけってのも楽しいものだ。あー気楽、なのだが……

野郎どもが消えない。距離をおいて私達を取り囲むように位置している。そしてギラギラした目でアレクの胸元に注目している。お前たちが注目しているのは胸か首飾りかどっちなんだ? スケベ野郎どもめ! 余興を見ようぜ?

あっ! そうだ! いいアイデアを思いついた!


「アレク、今バイオリン持ってるよね?」


「ええ、魔力庫に入っているわよ?」


「ステージで弾いてみてくれない?」


「ええ……まあ……いいけど……」


「ありがと! 聴きたかったんだよね。ちょっと待っててね。」


よし。ではダミアンに出演交渉だ。私がアレクから離れると野郎どもは再びアレクに近寄り取り囲む。ある意味おもしろい奴らだな。


パーティーの中心なのでダミアンに近付くのは少し大変。


「おーいダミアン。ちょいと耳貸して。」


「ん? なんだなんだ?」


ヒソヒソ……


「余興の最後にアレクの出番を用意してくんない?」


「そりゃあいいけどよ。最後でいいのか? 売り出し中の吟遊詩人ノアの後になっちまうぜ?」


「たぶん大丈夫。実は国王陛下から愛用のバイオリンを貰ってな。お披露目にちょうどいいってわけよ。」


「国王陛下のバイオリンだと!? まさかガルネリアスか!?」


「あー、そんな名前だったと思う。」


「なるほど……いいぜ。アレックスちゃんの出番はトリだ。お陰でいいこと思いついたぜ。じゃあまた呼ぶからよ。」


「おお、ありがとな。」


さあて、面白くなりそうだ。アレクを囲む野郎どもめ。アレクがどれだけすごいか知って度肝を抜きやがれ。





刻々とアレクの出番が近付いている。私の方がドキドキするじゃないか……


おや? あの吟遊詩人は見覚えがあるぞ? 確かダミアンがクタナツのギルドで初対面にもかかわらずリュートを容易く借りていたような。あの時は『辺境伯の歌』とか歌ってたよな? あれから有名になったんだな。こんなパーティーに呼ばれるぐらいまでに。さて、今夜はどんな歌を披露してくれるのか。




『領都のみなさん、お懐かしゅうございます。領都で生まれアベカシス領で育ったノアが故郷へ帰って参りました。今宵は心ゆくまで私の歌をご堪能いただければ幸いです。なお、現在私の魔力庫には若干の余裕がございます。荷物にならないお土産ならばそれはもうたくさん入ります。お帰りの際はお忘れなきようお願いいたします。それでは、どうぞ一席お付き合いを。』


落語かよ! 吟遊詩人だよな? 私はあの時話してないから分からないが、こんなキャラなのかよ!


『それでは一曲目。この度の災難、原因は呪いの魔笛だそうで。実は私、呪いの魔笛の音色を聴いたのは今回が二回目なんです。一回目は……わずか一月ひとつき前、そうです。王都で聴いたんです。そして二回に渡り襲い来る魔物の群れから街を、領民を守り抜いた小さな魔王殿に敬意を表して……

この歌を贈ります。聴いてください……』


『魔王』


『王都で知らぬ者ぞ無き

魔道貴族はゼマティス家

聖なる魔女を母に持ち


王都で知らぬ者ぞ無き

好色騎士を父に持つ

その名も高き魔の王カース


溢れる魔力は無尽蔵

振るう魔法は無先例

ヒュドラ ドラゴン クラーケン


屠った魔物は無尽蔵

魔王の後には一望無根

肉片一つも残さずに


金貸しカース 魔王カース

クタナツ生まれの下級貴族

無尽のカース 魔王カース

フランティアでは収まらぬ

御目見得カース 魔王カース

王国全土に轟く雷名


龍の装束 身に纏い

若き魔王の行く先は

黒き魔道か

白き覇道か』





なんてこった……

自分のことを歌われるなんて照れくさい、なんて思ってたら……

嬉しすぎる……

なんだこの歌……

十五年に満たない私の半生をなぞるかのように書かれている……

発注したばかりのドラゴン装備のことまで……どれだけ取材をして、どれだけ作り込んだと言うんだ……やばい、泣きそう……


「カース……すごく、いい歌ね……」


アレクは泣いている。会場は歓声の嵐。無理もない……ローランド王国では初めて聴く曲調。ハーモニックマイナー系の音使いが斬新かつ高貴な印象を与えている。リュート一本の弾き語りでよくもそこまで聞かせられるものだ……高音でも男らしい力強さを持つ声がぴったりマッチしている。あんなふざけた前口上からは想像もできなかった……

ためだ……泣いてしまった。

乾燥の魔法を使うのも曲に対する冒涜のように思えるため流れるままだ……


「カースったら……やっぱり泣き虫なんだから……」


泣いてるアレクに言われてもな……

不思議なものだ。会場を見渡しても泣いてるのは私とアレクだけ。他は拍手と歓声だ。

彼はかなりの努力を積んだのだろう。私も夢中で拍手をしてしまった。




そして二曲目は『辺境伯の歌』

確か聞いた覚えがあるな。クタナツのギルドにてアレクとデュオでやってた曲か。初代辺境伯、ドリフタス・ド・フランティア卿を讃えた歌だったな。


それからも吟遊詩人ノアのオンステージは続いた。まずいな……アレクのハードルが上がり過ぎたか……

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