第845話 さらばソンブレア村
私も風呂から上がり、ほどなくして寝た。寝る前に長時間の入浴はよくないらしいが、まあぐっすり寝られたのだからいいだろう。
朝、婆ちゃんの手料理を食べてから職人の所へ。魔力を込める約束をすっぽかしてしまったからな。
「おはようございます。魔力を込めに来ましたよー。」
「んあ? おお坊ちゃん。せっかく来てくれたんだがよ、魔力は足りてるぜ。村の男衆が次から次へと込めてくれてな。」
なんと? それは嬉しい!
「ありがたいですね。どうしてまた?」
フェアウェル村でエルフの飲み薬を作る時に誰かが魔力を助けてくれてたら……と思わないでもないな。
「坊ちゃんは村の救世主じゃないか。当たり前だろ? 俺だって感謝してるぜ?」
「それは嬉しいですね。あ、鎖が……」
「へへ、どうよ? もうすぐだぜ?」
なんと四十センチ近くまで伸びている! 磨き抜かれた精密なオリハルコンが連なって、一本の鎖となっている。すごい……
「サイズ調整や首飾りの位置をあれこれ変えるためにはこの二倍は欲しいとこだがな。気長に待っててくれや。それが終わったらカットに入るからよ。」
「ええ、じっくりお願いします。それより、一人でやってるんですか?」
「いや、弟子はいるぜ? 今回の件には関わらせてないがな。まっ、なんせオリハルコンだからよ。」
つまり一人でやってくれてるのか。ありがたいことだな。となると今回は首飾りだけで手一杯か。他のは注文だけ出しておいて、また今度取りにくればいいか。
「じゃあまた様子見に来ますね。」
「おうよ、俺の仕事を見て驚けよ。」
楽しみすぎる。最高の首飾りが生まれそうだな。
こうして予定日までソンブレア村でのんびり過ごした私。今日の昼前に出発してまずはフェアウェル村でアーさんを降ろす。それから楽園で一泊して領都へ向かう予定だ。
そして目の前には……
「どーよ? 最高だろ?」
「すごい……美しすぎる……まるでこの世の全ての光を閉じ込めたかのようです……」
オーバル・ブリリアントカットされたアレクサンドライト。そして一見シンプルで目立たないチェーン。
「そうだろ? まあカットにも拘ったけどよ、何つっても鎖だよな。こんな骨の折れる仕事二度とやらねーぞ。」
永久不滅の金属オリハルコン。指輪のサイズを変えるだけでかなり苦労させられたのに。この人、クライフトさんはペンダントの鎖にまで加工してみせてくれた。とんでもない腕前だ。
「クライフトさん、ありがとう。今度お土産を持ってきます。」
「おお、楽しみにしとくぜ。その時までには残りの注文も仕上げておくからよ。それからこいつもな。」
ふふふ、自分用のオシャレアイテムも別に頼んでおいたのだ。武器なんかより優先順位が高いぞ。
「いいですね! これはいい! ぴったりです!」
カットした際に出たアレクサンドライトを使ってカフリンクスを作ってもらったのだ。もちろん地金部分はオリハルコンだ。普段から付ける気はないが、アレクとパーティーなどに出席する際に付けるつもりなのだ。普段用にはミスリルと黒い宝石、オニキスで作ってもらった。私のファッションは白と黒だけで統一したいからな。底面が正十二角形の低いピラミッドのようにカットされたオニキスが私の袖を飾る。ちなみにオニキスは婆ちゃんに提供してもらった。
うーん、これはいい。カッコいい。ダークエルフの職人っていい仕事するよな。
「アーさんは帰れるんですか?」
「ああ、帰れる。二人ほど妊娠を確認できたからな。」
早ぇーよ。どうやったら分かるってんだ。まあ帰り道の話題にするか。
「カースや、また来ておくれ。待っておるからの。」
「うん、婆ちゃんも元気でね。オニキスありがと!」
「うむうむ、オニキスは古来より邪を祓うと言われておる。お前の幸せを祈っておるからの。」
なんと! そうなのか。だから婆ちゃんは私にオニキスをくれたのか。嬉しい……
「早ければ半年後には来ると思うから。みなさんもお元気で。」
「世話になった。子供達の未来に幸あらんことを。」
アーさんも簡単に挨拶を済ませる。門番ムキムキエルフや門ギャル、クロミなども一緒に見送ってくれている。一週間と少ししか滞在していないけど、随分長くいたような気がするな。
さて、全力でフェアウェル村へ飛ぼう。いくら急いでもアレクに会えるのは明日の放課後。でも急がずにはいられない。
「来た時よりも速いのではないか?」
「気のせいじゃないですか? それよりどうやって妊娠してるって分かるんですか?」
「魔力探査だ。母体から本人以外のかすかな魔力を感じるかどうかで判断する。もっとも小さ過ぎてダークエルフほどの魔法制御の腕がなければ分からんがな。」
つまり、ダークエルフ側から妊娠してるかどうか申告するシステムなのか。その気になればいくらでも嘘がつける信頼を重んじたシステムなのだろうな。ちなみにアーさんが相手をした女性は十人。えらく少ない気もするが、排卵期などの都合もあるのだろう。
そんなことよりこの首飾りをアレクに見せるのが楽しみで仕方ない。そしてこれを首に巻いてパーティーに出席するアレク。最高だ。明日はまだか。
フェアウェル村に到着。村長宅で昼食。
ついでなのでイグドラシルの木材について尋ねてみると……
「ふむ、木刀か。役に立つかは分からぬが枝でよければ授けよう。」
村長はそう言って長さ三メイル、太さ二十センチ程度の枝を見せてくれた。
「持ち上げてみるがいい。」
重っ! 上がらない! なんだこれ!?
「イグドラシルは不思議な木でな。生えている時は軽やかだが、このように切り落とすと鉄より重くなる。丈夫さは鉄どころではないがな。上手く使いこなせるとよいな?」
「あ、ありがたくいただきます……」
直径二十センチ、高さ三メイル、鉄製の円柱だとすると重さは七百キロムを超える。木刀に加工できたとしても鉄の棒を振り回すのと変わらない……か。きっと丈夫さではエビルヒュージトレントの上を行くのだろうが私に使いこなせるか……まあいい。やってやる。鍛錬棒代わりにもちょうどいいだろう。
もしくはノワールフォレストの森でエビルヒュージトレントを探してみるか。クタナツまで帰ってギルドでガイドを頼む手もあるな……
よし、アレクと過ごしてから考えよう。
私はフェアウェル村を後にした。
「
アーダルプレヒトは淡々と事実を報告している。
「ほほう? マウントイーターか。それは厄災だったのぅ。坊ちゃんがいて命拾いか。もし坊ちゃんがおらねばイグドラシルが枯れるまで気付かなかったかものぉ。」
「あちらの村長とも誼を通じたようだ。」
「ふふっ、やるではないか。そうか、坊ちゃんがのぉ……」
この村長は村長でカースの活躍が嬉しいようにも見えた。それとも、孫をとられたとでも思っているのだろうか。
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