第844話 星空の下の露天風呂

目が覚めたら、またまた婆ちゃんの所だった。喉が渇いたな。


『水滴』


うまい。


時刻は……夜中かな。変な時間に目が覚めてしまったか。夜の散歩でもしてみるか……


クタナツから遥か北にあるダークエルフの村。一体何キロル離れてるんだろうな……

千や二千ぐらい余裕で離れてそうだよな。もしも歩いて帰るとするなら……無理だな。山岳地帯すら突破できない。よく校長達はベヒーモスなんかを仕止めて生きて帰れたものだ。時々は飛んだにしてもかなりの凄腕だよな。

しかしそれ以上に凄いのがフェルナンド先生だ。確か先生は『浮身』や『風操』などの空を飛べる魔法が使えないんだよな。つまり、純粋に身一つで山岳地帯、フェアウェル村にまで到着したんだ。アッカーマン先生のことも知らせないといけないし、早く降りてこないかな。


アッカーマン先生で思い出した。呪いの魔笛のことを婆ちゃんに聞いてみよう。何か知っているのではないだろうか。王都や領都であの笛を吹かれるのもヤバかったけど、この山岳地帯のど真ん中で吹かれたらどんな大惨事が起こるのか想像もつかないな。マウントイーターが同時に二、三匹現れたら……地獄じゃないか……


星を見ながら物思いに耽る私。中身がオッさんなのにキモいな。しかし構うことはない。ついでに酒も飲もう。ツマミは……適当にあるものを食べたらいいや。マーリンが作ってくれたお惣菜風の料理とか。


ああ、星きれい……山だもんな。


そうだ。風呂に入ろう。魔力があんまり回復してないから空中露天風呂は無理だが。誰も見てないことだし、ここで星見酒露天風呂といってしまおう。コーちゃん、カムイ……どこで何してんだよ。会いたいな……




ふう、いい湯だ。真夜中の露天風呂か。いいものだ。酒も旨い。


「何をしている?」


「ん? アーさん? アーさんこそ何やってんの?」


「次の家に行くところだ。これはお前の風呂か。入らせてもらうぞ?」


「どうぞどうぞ。自慢の湯船だからねー。」


「お前……酔ってるのか? 普段と違うようだが……」


「さあ? よく分かんない。それよりどうよ? いい湯じゃん? あははん。」


「ああ、そうだな。疲れが湯に解けていくかのようだ。トレント材か?」


「おっ、分かる? さすがアーさん。ノワールフォレストの森産マギトレントさ。それで思い出したけど、イグドラシルの木材ってないのー?」


「なくはないがな。とてもこれほどの湯船を作れるほどはないだろう。」


「そっかー。なら木刀程度ならある? ちょっと前に愛用の木刀が折れてさー。少し困ってるんだよね。」


「それぐらいなら問題ないだろう。帰ったら村長に相談してみるといい。お前の頼みなら無下にはするまい。」


それはよかった。果たしてエビルヒュージトレントより上質な木刀は手に入るのだろうか。この村で相談してもいいのだが、ここのイグドラシルは少しだけ細くて頼りないんだよな。まあいくら細いと言っても近付けば壁、遠く離れれば天を衝く高さであることに変わりはないんだけどさ。


「邪魔したな。いい湯だった。」


「アーさんも頑張ってねー。」


あの人も苦労人なのかねぇ。クールに見えて時々私をからかってニヤニヤしてるし。あれはからかうってよりイジるに近いのだろうか。




「坊ちゃん、大活躍だったらしいな。私も入っていいか?」


おや、最初に来た時にアーさんとどこかに消えた門番の黒ギャルではないか。名前は何だったか……門ギャルにしよう。


「どうぞどうぞ。こんな夜中に何やってんですか?」


躊躇いもなく服を脱ぎ捨て湯船に入ってきた。暗闇に褐色の肌。いいかもしんない。


「先ほどまではアーダルプレヒトと居たのだがな。」


なるほど……


「ダークエルフ同士ってそんなに子供が出来にくいんですか?」


男の精が弱いとか言っていたが。


「ああ、どうやらそのようでな。よほど相思相愛にでもならぬ限り他のエルフ族から子種をもらうことが習慣化している。」


それってダークエルフの男にとってはどうなんだ? 肩身が狭すぎないか? いや、でもローランド王国だって平均的には女性の方が魔力は高い。エルフだって同様かも知れないな。男性の肩身が狭いとかどうとかって話ではなく、そもそも女性が村の中心だったりするのでは? 村長だって婆ちゃんだし。だからクロコのように聞き分けのない黒ギャルがいるとか? 色んな文明があるものだ。


「今だとダークエルフ同士の夫婦って何組ぐらい居るんですか?」


「四組だな。そのうち子供がいるのは二組だ。」


たった!? しかも子持ち率も半分? そりゃあ死活問題だわ。アーさんの頑張りに期待してしまうよな。


それにしてもこの門ギャル、スタイルいいよな。暗闇で薄っすらとしか見えないが、流れるようなプロポーションとはこのことだろうか。


「えらく見つめてくれるではないか。坊ちゃんも精をくれるのか?」


「いや、残念ながら無理ですね。貴女は美しいと思いますが、僕には心に決めたひとがいますので。」


挑発するように言ってもだめだぞ。そもそも人間との間には子供ができないくせに。


「知ってるさ。人間とは好色だと聞いていたが、噂など当てにならないものだな。」


「美しい女性は好きなので見るだけですね。」


まあ一番美しいのはアレクだしね。


「聞かせてくれ。坊ちゃんを虜にした女の話をな。」


この後、長々と湯船に浸かりながらアレクの自慢話をした。聞いててつまらないかと心配だったが、やけに質問が多く会話が弾んでしまった。私って結構お喋りなんだな。いや、酒のせいに違いない。

なお門ギャルは湯船から出る際、すれ違い様に私の頬に軽く唇を寄せてきた。私も楽しかったので、それぐらいは拒絶することもなかった。門ギャルもそれだけで素直に去っていった。大人の女性か……違うものだな。

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