第835話 変節
「というようなことがありまして。あれは若者ですか?」
「ふむ。バルトロメーウスイニと仲の良かった者どもかの。しかし坊ちゃんよ、お主も甘いのぉ。」
「いやぁまあ。エルフの皆さんには恩を感じてますので。それにあれはガキですよね? だから無傷で済ませておきました。」
「お主がそうしたいのならそれでよい。まあ我らの仲間に弱者も愚者も要らぬがな。」
ん? それはどういう意味だ?
「さて、坊ちゃんよ。昼にしようではないか。」
「ええ、ご馳走になります。」
「いやいや、作るのはお主だ。この老骨に王国仕込みの料理を振る舞ってくれぬか?」
無茶言いやがる……私の料理なんて焼くだけだが。まあいいか。
「じゃあ村長、外に出ましょうよ。肉を焼きますので。」
「ほう? この年寄りに肉を食わせるのか。まあよかろう。」
ふふふ、まだまだヒュドラの肉はあるんだぜ? 食って驚くがいいさ。
いつものようにミスリルボードを熱して肉を焼く。焼きそばが食べたいな。麺類ってないんだよな。誰か作ってくれないものか。ラーメンも食べたいぞ。
「ほほう。これはもしやヒュドラか? やるではないか。」
「そうです。結構美味しいですよ。」
さすが村長。見ただけで分かるのか。アスピドケロンの甲より年の功ってか。
「うむ。これは紛れもなくヒュドラだな。鮮度もいい。よくやったのう。」
「たまたまですよ。」
「村の者も呼んでよいか?」
「いいですよ。」
村長はそれから無言で食べ続けている。呼ばないのか? 無くなるぞ?
そこに、一人二人と集まってきた。あぁ、伝言の魔法を使ったのね。
「皆の者、こちらの坊ちゃんがヒュドラを提供してくれたぞ。感謝していただくのだ。」
「坊ちゃんいただくぜ」
「先日のクォーツギガースで一緒だったな。もう暗視は使えるか?」
「ヒュドラだって? やるじゃん」
しまった。母上から暗視を習うのを忘れていた。まあいいや。ヒュドラうめー。
「何かこの村独自の調味料とか香辛料とかないんですか?」
「そうさなぁ。これなんかどうだ?」
村長が肉に薄い茶色のペーストを塗っている。見た目は味噌だが……
美味……くはないが、不味くもない。発酵食品か?
「これは『マイティベイジ』と呼ばれておる。まあ伝統的な調味料だな。舌に合わぬか?」
「美味くはないですね。でも慣れると病みつきになりそうな気はします。」
「ふふ、正直な坊ちゃんだ。だが我らには欠かせぬ味でな。」
それからはヒュドラだけではなく、魚や貝類、タラの芽に自然薯などあれこれ提供した。だって人数がどんどん増えるんだから。
やがて酒も入り、誰かが歌い始め、私は焼き続けている。
そんな時現れたのは先ほどのガキ三人。見た目は私よりよほど歳上なのだが。
「兄貴! 俺たちを舎弟にしてくれ!」
「頼む兄貴! 俺たちアンタに惚れたんだ!」
「兄貴! いいだろう! 兄貴!」
マジかよ……まさかこう来るとは……
「あ、ああ……まあ一緒に食べようぜ……」
「はい兄貴!」
「兄貴いただきます!」
「さすが兄貴! ヒュドラっすか!」
こいつらに一体何が……?
話してみると、どうやら魔力が空になるほど攻撃したのに全然通じなかった上に一切反撃をせず、しかも慈悲深く麻痺しか使わなかったことで器の差を思い知ったらしい。エルフって素直なんだな。
どことなく王都で会ったお笑い冒険者三人組を彷彿とさせる。あいつら生きているのかな?
「お前らって何歳なの?」
「俺は四十五っす!」
「俺はまだ三十八ですよ!」
「いやぁ五十ですね……」
かなり歳上……確か二十歳を過ぎたらあまり変わらないんだったか……頭がおかしくなりそうだ。
「お前達。感じる魔力だけで実力は判断できぬことが分かったな。強者ほど力を隠すものだ。以後気をつけい。」
村長……村長らしいことを言うじゃないか。確かに王都で暴れたエルフは気配も魔力もしっかり隠していたもんな。マリーは奴らのことを長老衆以上の魔力とか言ってたし。
それからは普通に楽しく昼食会が続いた。
「で、お前ら名前は?」
覚えられるかどうかは別として聞くだけ聞いておこう。
「ビョエルンエドゥアルトゼルヘルです!」
「俺はブラージウスツベルトゥスコストです!」
「ベネディクティスミルコセンサです!」
はい無理。覚えられるはずがない。三人とも似たような顔してるし。
「俺はカース・ド・マーティン。俺を兄貴と呼ぶのは自由だがここにはそんなに来ないぞ?」
「いいんですよ! 俺たちが勝手に兄貴と慕うだけですから!」
「まあ……いいけどね。」
そこにアーさんもやって来た。
「よく来たな人間。明日は頼むぞ。」
「どうも。僕はカースですよ。さては覚えてませんね?」
私がエルフの名前を覚えられないようにアーさんも私の名前が覚えられないのだろう。だから村長は私を坊ちゃんと呼ぶのか?
「人間の名は難しいからな。まあ許せ。それにしてもいい配下ができたではないか。」
ニヤニヤしながら言われてもなぁ。
「僕は何もしませんよ。明日だって連れて行きませんからね?」
「それはもちろんだ。お前とて魔力を少しは消費したのだろう? 英気を養っておいてくれ。」
「ええ、そうします。」
私の肉を私が焼いているんだがな……
まあ、みんな喜んでいるからいいか。あー、明日が楽しみだ。ダークエルフの村か……
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