第834話 バルトロメーウスイニの友人たち

楽園での翌朝。

コーちゃんもカムイも居ない。

玄関前のコーちゃん用湯船にも、カムイの小屋にも姿が見えない。まだ到着してないのだろうか。どうしよう、このまま一人でフェアウェル村に行くべきか……


コーちゃんにカムイ、思えばいつもどちらかと一緒だった気がするな。ならばたまには一人きりもいいかも知れない……そうすると……




「おーい、起きてるかー?」


「あ……魔王? 朝からどした?」


朝と言うには遅いがな。


「うちのツレ、フォーチュンスネイクと狼の姿がもし見えたら伝言しといてくれる? 会わなかったらそれでいいから。」


「おお、いいけど……伝わるのか?」


「あの子達は頭がいいからな。そのまま言ってくれたら伝わるさ。俺が北に行ったことと、一週間ぐらいで戻ることを頼む。」


「お、おお……分かった……会ったらな……」


さて、少し寂しいが出発するかな。これも修行だと考えよう。


せっかく一人なんだ。最高速トライアルといこうか。新品のミスリルボードもあることだし。





比較対象がないから分からないが、かなり速かったことは間違いない。体感で一時間とかからずフェアウェル村に着いてしまったからだ。まだ昼にすらなっていない。


今日は門番がいないな。呼ぶだけ呼んでみるか。


『アーダルプレヒトさーん!』


拡声を使ってみた。いるかな?


『よく来たな、坊ちゃん。屋敷に来てもらおうか。』


うおっと、村長から伝言つてごとの魔法か。同時にボロい門が開いた。


てくてく歩いて村の中へ。時おり村人は見かけるが、私に興味を示す者はいない。まあ気にせず村長宅へ行こう。


到着。近いもんだな。


「お邪魔します。」


「坊ちゃんよ、少し遅かったな。」


長命なエルフが一ヶ月足らずの遅れを気にするなよ。


「いやーすいません。色々ありまして。」


「まあよい。昼食までまだ時間がある。出発は明日の朝でよかろう。それまで何か希望はあるか?」


無茶言うよな。この村に何があるかも分からないってのに。賭場か? いや、それよりも……


「酒造りの現場って見れます? 実は最近ですね……」


王都のセンクウ親方の所で起こった出来事を話してみた。


「ほほう? ここでもやってみるか? 先月仕込んだ酒があることだしな。」


「まあ、一樽ぐらいなら……」


あれは臭かったからなぁ。




村長に案内されたのは地下だった。おお、なかなか涼しいな。


「おおー! 樽がすごいですね!」


直径二メイル、高さ三メイルぐらいの樽が少なく見積もっても百はある。地下なのにどんだけ広いんだ。


「さーて、これだ。これに魔力を込めてみぬか? 全力でな。」


「知りませんよ? まあ僕も興味があるからやりますけど。」


「構わんさ。それもまた良しというものよ。」


よーし、いくぜ。ゆっくりと錬魔循環をする。そして……じわじわと酒に魔力を込める。それにしても不思議だよな。石などの無生物には魔力を込めても何の反応もないのに。あ、そうか。酒は無生物ではないのか。たくさんの酵母が生きてるってことか? それとも魔力庫に収納できるってことは違うのか? よく分からんな。


残っている魔力のおよそ半分を込めてみた。あんまりたくさん残ってなかったんだよなあ。


あれ? 臭くないぞ?


「終わったか?」


「え、ええ。結構込めました。」


「なら外へ出るぞ。それを持ってきてくれるか?」


「はあ……」『浮身』




村長宅の裏庭に出た。


「そこに置いてくれ。では解除するぞ。」


ぐはぁ! 臭ぇ!


村長はさっきまで消臭の魔法でもかけていてくれたのか?


「くっ、これは聞きしに勝る匂いだな……どれ……」


村長が小さな柄杓を取り出し酒を掬って……一口飲んだ……


シワが三倍に増えたような顔をしている。


「確かに魔力ポーションだが……」


「回復します?」


「ああ、回復効果はかなりのものだ。しかしこれは並みのエルフには飲めまい……」


「それはどういう……?」


「不味すぎる。臭すぎる。無理に飲んでも気を失うだけだ。まあ回復効果には期待できるから最後の切り札には良いかも知れぬな。」


さすがに飲みたくないな。ナーサリーさんだって気を失ってたもんな。


「ギリギリお役に立てそうでよかったです。ちょっと散歩してきていいですか?」


「いいとも。昼時には戻ってくるといい。」


まずは外の柵に沿って一周してみようかな。




三十分もせずに終わった。狭い村だなぁ。人口何人なんだろう? 結構いそうだが。


「よぉ人げーん」

「なーにウチの村をチョロチョロしてんだぁ?」

「あんまチョーシ乗ってっと挽き肉になっちまうぜ?」


「お構いなく。もう終わったから。」


「てめぇバルトをやってくれたらしぃじゃねぇか!? お?」

「おお、聞いてるぜ! トドメはてめぇのクソ姉がやったとかよぉ?」

「連れてこいや。姉ごと殺してやんぞ?」


「バルト? 知らねーよ。誰だよ?」


マジで知らない。王都で暴れた三人じゃないよな?


村長むらおさに気に入られてるからってチョーシこいてんなぁ!?」

「ここで殺してやろうか? あぁ?」

「人間の分際でよぉ? オラぁ何とか言ってみろや!」


あっ、分かった。さてはイグドラシルの実を取る時にイチャモン付けてきたチンピラエルフか。


「やってみな? お前らごときの魔法が効くかどうかは怪しいがよ?」


あの時のチンピラは弱かった。王都の奴らの方はそれなりに強かったのに。


「やっぞお前ら!」

「おお! バルトの仇だ!」

「イグドラシルに祈れやぁ!」


いつかの母親達とはレベルが違うな。あいつらは即攻撃してきたってのに。甘い奴ら。




それから奴らは三人で力を合わせて色々な魔法を使ってきた。聞き覚えのあるものから無いものまで。




そして開始から二十分。


「はぁ……はぁどうなってんだよ……」

「クソッたれが……」

「人間ごときに……」


私は一切攻撃していない。母上の教えには反するが、もうエルフを殺す気はないからだ。たぶんこいつらは未熟なガキ。これで分かってくれればいいのだが。


「まだやるのか? 俺は腹がへったぞ。」


「うらぁ!」『朽木倒くちきだおし

「死ねや!」『轟音波ごうおんぱ

「祈れや!」『水牢獄すいろうごく


何やら強そうな魔法を使ってきたが、もちろん効かない。私は一歩も動いていない。でもそろそろ残りの魔力が一割を切りそうなんだよな。


『麻痺』


あれだけバテバテなのだ。拘禁束縛でなくても簡単に効いた。


「じゃあな。お前らもう少し現実を見ろよ。」


返事はない。

まあいいや。一応村長に報告だけしておこう。昼飯は何だろうなー。

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