第833話 躁と鬱
楽園に到着した。
掘立小屋が多少増えたか?
まあいいや、今夜はここで一泊して明日はフェアウェル村に行こう。アーさんを乗せてダークエルフの村か……
やる気が出ない……体が怠い……もう風呂に入って寝よう……コーちゃんもカムイも居ないし。
アレクに会いたいな……
そうだ……
長い間、魔力庫に入れっぱなしになっていたミスリルのアレク像。
アレクが恥ずかしがるから玄関に置くのをやめたんだ。
出してみよう。
ふふ、若いなぁ。そしてコーちゃんがアレクの首にぶら下がっている。鎌首持ち上げちゃってかわいい。
そうだ!
今度ダミアンに何か他の素材で私達四人の像を作ってもらおう。四人が仲良く並んでいる姿を! 銅か鉄か、それともミスリルか。
一気に楽しくなってきた。さっきまでの沈んでた気持ちが嘘のようだ。今日の私は躁鬱が激しすぎないか? 大丈夫だよな?
よーし!
ミスリルは魔力庫にたくさん入っていることだし、復活のミスリルボードを作ろう。初めてこれを作った時にはかなり苦労したんだよな。ミスリルギロチンを作った時も、指が溶けて固まるぐらい熱かったし。
それが今では、もう完成してしまった。
クラーケンを相手にしてヴェスチュア海で失くしたやつと同じサイズだ。それでもミスリルはまだまだ余っている。
ならばミスリルギロチンも作ろうかな。失くしたものより厚みを半分にしよう。多分その方が斬れ味がいい。もっとも、研ぎに出さないといけないが。それでも一応は完成。
あっと言う間にミスリルセットが揃った。なんだか安心するなぁ。
よーし、ついでに収納しっぱなしだった白い鎧も使って『白弾』と『徹甲白弾』を作れるだけ作ってしまおう。まだ日が沈んですらいない時間帯だからな。眠くなるまでやってやるぜ!
ミスリルのアレク像を見ながらだと作業が捗るなぁ。アレクは今頃放課後かな? 校庭で魔法の練習しているのかなぁ。いや、奉仕作業中かな?
ふう。どっさり在庫ができた。これなら例え回収できなくてもそうそう弾切れにはならないだろう。ミスリルの弾丸も何発か作ったことだし。しかしこの白い金属は一体何なんだ?
そうなると気になるのが、紫の鎧だ。これにもいくつかグレードがあるようだが、私がキープしておいたのは教団本部で皆殺しにした奴らの分と、初めて偽勇者を捕まえた時に剥ぎ取った分だ。王城で偽勇者と一緒に襲ってきた奴らの分は収納すらできなかったため、持っていない。
まずは比較的新しいものを一領ほど取り出してみる。
前回はどうにも出来なかったが、今日の私は気合が違う。とことんやってやる。
場所は自宅の外。楽園の真ん中に積み上げた石垣の上だ。
『浮身』
『業火』
まずは私の出せる極限炎度で加熱する。鉄や岩ならとっくに蒸発してるぞ。
そのまま五分、並行して魔力も込めているが……
まずいな……魔力の向きは制御しているのに、地表の岩が溶けてきた。もう少し浮かせるか……
それにもかかわらず、紫の鎧は原型を留めたままだ。私の魔力ですら溶かせないものをどうやって成型したと言うんだ。思いつくことは全てやってやる……
『重圧』
せめて原型を崩すぐらいやってやる。
そして『金操』
一つの塊になりやがれ!
めちゃくちゃに魔力を込めること三分。ようやく鎧が凹み始めた。
よし、さらに『金操』
やった……ひとまず一つの金属塊とすることはできた。ここからだ……
『金操』
よく捏ねた後、一握りほど摘出し、弾丸状に成型する……どうにか四発ほど出来た。紫のライフル弾だ。同様にもう一度……今度は紫の徹甲弾だ。きっつ……
ここまでにしよう。魔力にはまだ少し余裕があるが、頭が煮えておかしくなりそうなんだよな。魔力と相性の悪い紫の金属『ムラサキ・メタリック』だったか。これに魔法を使い続けるのは想像以上にキツかった。もうすぐ日が暮れることだし、風呂に入って寝よう。うーん頭が痛いなぁ……
ん? ふと顔を上げると石垣の端に見えるのは冒険者達。登ってきたのか。
「おーい、どうした? 何かあったのかー?」
「いやいや、それはこっちのセリフだよ!」
「どエレー魔力を感じたから様子を見に来たんだがよ?」
「何やってんだ? 魔王、だよな?」
見覚えのない三人だ。
「ああ、そりゃあ悪かった。もう終わったから気にしなくていい。もしかして魔物が集まってるか?」
ヘルデザ砂漠ではあれだけやってノヅチは来なかった。思い起こせば先ほどまで垂れ流していた魔力もかなりのモノだよな。
「さ、さあ?」
「大抵の魔物はあの城壁を越えらんねーから関係ねぇんじゃ?」
「で、何してたんだ?」
「いや、大したことじゃない。ちょっとした芸術活動をな……」
そう言って私はミスリルのアレク像を見せる。自慢したいのだ。
「え!? これってミスリルかい!?」
「まさかモデルは氷の女神なのか?」
「魔王は芸術のセンスまであるんかよ!」
あるわけないだろ。
「いや、これを作ったのは剣鬼、フェルナンド先生と辺境伯家の放蕩三男だ。」
まあ私も魔力を流したりはしたが。
三人とも食い入るように見つめている。ふふふ、アレクは昔からかわいいからな。
「剣鬼だって!?」
「それに放蕩三男かよ!? 大昔にクタナツギルドでエロイーズの彫刻やったらしいじゃねぇか!」
「納得の腕前だな! ほぉ……」
おっと、魔力探査に反応あり。あれだけ魔力を使ったらそりゃ集まるわな。北側か……
「魔物が集まってきたから行くわ。じゃあまたな。」
「何ぃ! 僕らも行こう!」
「どっちだ! 数は!?」
「他のモンにも声かけておくぜ!」
「いや、いいよいいよ。俺が行くから。気にしないでくれ。」
私の魔力で呼んでしまったようなものだからな。もし、ここにノヅチが現れたら全てが失われてしまうな……
先ほどは無茶をし過ぎたか……頭が痛いってのに……
さーて、どんな魔物が来てるのか……
城壁の北側から見える魔物は……翼竜か?
プテラノドンとかに近いタイプだな。数は三十ぐらいか。食える部位はあるんだろうな?
『狙撃』
よし、通常のライフル弾が久々に魔物に通用したな。多少は威力も上がっているだろうしな。
特筆することなどなく全滅。全て収納した。近くで見ても食える部位が少なそうだ。まあ、奴らに振舞ってみようかな。
掘立小屋エリアへ行ってみる。
「おーい、終わったぞ。食べてみるか?」
そう言って一匹ほど出してみる。
「もう? 早いよ!?」
「ほぅ、プテラノックスか。何匹いた?」
「さすが魔王だな。」
「三十ほどだな。解体するんなら食わせてやるが?」
「やる!」
「おう! やるぜ!」
「魔王は太っ腹とは聞いてたがよー。さすがだな!」
それから冒険者達はワラワラと集まり総出で解体となった。彼らの手際は素晴らしく、私の下手さが浮き彫りになってしまった……
肉以外の素材は私の総取り、当たり前だが。そして作ったばかりのミスリルボードで焼肉開始だ。
「いやぁ悪いね。解体しただけでこんなにも食べさせてもらえるなんてさ。」
「一匹あたりの量は少なめだがよ、こんだけいりゃあ問題なしだぜ!」
「ほら魔王、こいつを飲んでみな!」
酒を貰った。
「変わった色だな。何て酒だい?」
水色の酒なんて初めて見た。
「オーガキラーってんだ。最初はキツいぜ?」
どれどれ……
「うっわきっつ。喉が焼けそう……」
「無理しない方がいい。子供にはきついよ。」
「魔王だぜ? こんぐらい飲めるだろー?」
「好色騎士はかなり酒が強いらしいじゃねーか。魔王も飲めるさ!」
うーん、飲めるのは飲めるがあまり旨くない。そんなキツいだけの酒を好んで飲みたくはないな。
「すまんな。舌に合わんわ。他にはない?」
「仕方ねーなー。んじゃあこれなんかどうよ? 『ジンオウ』ってんだ。ルファー・モノクレアの作だぜ。」
もちろん知らない名前だ。でも当然飲むけどね。
「どれどれ……おっ、これはいいな。なかなか旨いよ。」
ラムに近い味わいだ。色んな酒があるもんだなぁ。あぁ、元気が出てきた。
気が滅入っている時は一人でいちゃあダメなんだろうな。こうやって大勢で肉や酒を食らうのがいいんだろう。
「スペチアーレ男爵の弟子の酒だよ。旨いのも当然かもね。」
「聞いてんぞ? 魔王はスペチアーレシリーズが好きなんだろぉ?」
「さすがに持ってないな。まあそれで堪えてくれや。」
「いや、十分だよ。ありがとな。」
よし、嫌なことは忘れて飲みまくろう。酒はあんまりないけど、肉はたくさんあることだし。
「よぉー魔王ー、何か芸はねーのか? 余興はよー?」
余興かぁ。何かないかな。ギターでもあればいいのに。
よし。ならば……
『鉄塊』
『火球』
『金操』
出来た。十字手裏剣だ。
「なんだそれ?」
ふふふ、見たことないだろう?
「手裏剣と言ってな、投げて遊ぶものさ。こんな風に。」
私はそこらの掘立小屋の柱に向けて投げてみる。カッと小気味よい音を立てて刺さった。
「これで的当てでもやんない? 優勝者には何か景品出すわ。」
「へぇ、面白そうだね。ナイフ投げなら自信あるよ?」
「的は何にするか?」
「あれ、うちの小屋だぞ……」
意外と盛り上がったな。
優勝者には手裏剣をプレゼント。まあ牽制程度の役には立つだろう。その後はウィリアム・テルオごっこなどもして更に盛り上がった。小屋が穴だらけになった奴もいたが大した問題ではない。いやいや、いい夜だった。
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