第832話 心の澱

翌朝。マーリンには来なくていいと伝えてあるので今朝も一人だ。なんせ起きたら出発するだけだもんな。

で、その瞬間になって用事を思い出してしまった。ラグナにボーナスを払わなければならない。かなり稼いだんだろうな。最低でも金貨五百枚。あれからどれだけ伸びたか……




朝から辺境伯邸へ。ここに預けているゴーレム達もいずれは楽園行きだ。しかしセバスティアーノさんが亡くなったために能力の向上具合が分からない。そのうちチェックしなければなるまい。


「おはようございます。ダミアンいます?」


「おはようございます。ようこそいらっしゃいました。ダミアン様でしたらお部屋の方にいらっしゃるかと」


「分かりました。どうも。」


あの野郎まだ寝てんのか。ダメ人間め。




「おうダミアン、起きろ。」


「んん……おおカースか……ふあぁ……えれぇ早ぇな……」


「オメーが遅いんだよ。ラグナ知らない? 忘れてた用事があってな。」


「おお、ラグナなら……」


ダミアンがシーツを半分めくると、半裸のラグナが現れた。ちっ、朝から気分が悪いな。この可能性を失念していた。こんなことならボーナスなんか放ったらかして楽園に行けばよかったな。


「ラグナ、起きろ。ボスが来たぞ。」


「うぅん……うるさいねぇ……ボス!?」


「おはようラグナ。ボーナスを思い出したもんだから払おうと思って探したらこの様だわ。」


「あはは……思いのほかダミアンと仲が良くなってさぁ。ちょっと待っておくんなぁ。今並べるからねぇ。」


ラグナは肌を隠そうともせず床に首を並べていく。


「毒針のことは聞いたよぉ。まさかそんな仕組みになってたとはねぇ。そして死に損ないのジジイ、一つ心当たりが出てきたよぉ。闇ギルド連合の会長さぁ。今となっちゃあ有名無実なんだけどねぇ。アタシですら会ったことなんかないけどさぁ。あの会長クラスが『蔓』だってんなら納得がいくのよねぇ。」


話しながらもテキパキと首を並べるラグナ。


「まっ、居場所なんか分からないし、どうせ死ぬんだよねぇ? 逃げ切りかねぇ。さーて、これで全部だよぉ。右から十三人が殺し屋、残り八人が蔓だよぉ。」


よくもまあ、それだけ殺し屋がいたなぁ。


「素性とか持ってた情報はダミアン経由で騎士団にも伝えてあるよぉ。さあ、ボーナスはいくらだい?」


「金貨二千二百枚だ。よく稼いだな。奴隷買い放題じゃないか? 受け取りな。」


白金貨二枚と大金貨二枚を渡す。危なかった……先日の稼ぎがなかったら払えないところだった。セーフ。




ん? どうしたラグナ? 金をじっと見つめてフリーズしてるぞ。


「ボス……相談だけどさぁ……アタシを自由にしちゃくれないかぃ? この金で。」


「理由によるな。正直に言ってみな。」


どうせ嘘なんかつけないけどな。




どうした? 顔を真っ赤にしたまま黙りやがったぞ?


「……アンに……」


「ん? 何だって?」


「ダミアンのそばに……」


「ダミアン?」


「ダミアンのそばに居たいんだよぉ!」


あらら、これはびっくり。まだまだだねぇとか言ってたくせに。こんなに顔を赤くして、まさか初恋? その歳で?


「ダミアンはいいのか? オメーは腐っても辺境伯閣下の三男じゃん。こんな極悪女を側に置けるのか?」


「へっ、俺ぁ構わねぇぜ。ちぃと歳上だが手放すには惜しい女だからよぉ。カースには悪ぃがこれも俺様の魅力ってことだな。」


ダミアンがいいならいいか。セグノといいラグナといい、血生臭い闇稼業を抜け出した途端に運が向いてきたみたいだな。こいつらに不幸にされた人々は報われまいに。まあ来世で帳尻が合うだろうから関係ないか。


「分かった。それなら問題ない。契約魔法は解かないけどな。これからも真人間として生きるといい。」


「ボスぅ……アタシ嬉しいよぉ……ボスに拾われて良かったよぉ……」


結局ラグナはここまで少しも体を隠すことなく話が進んだ。これで真人間?

それにしてもラグナの人生は上下が激しいな。今からさらに浮かぶとは思うが、貴族の中で生きるなんて無理だろ。せいぜいダミアンの愛妾兼ボディガードかな? 有用じゃないか。


楽園に一人だけゴーレムを仕切れる奴が欲しかったが、探し直しだな。私の方が奴隷市に行かなければならないか? 惜しいことをした……私ってやっぱりお人好しだな。


「じゃあ月末まで留守にするからリリスを頼むな。」


「おお、任せとけ。」


「ボスぅ、ありがとう!」


「じゃあな。また一連の流れについて聞かせてもらうからよ。」


「おお、またな。」


さすがに月末ともなれば粗方判明しているだろう。私は聞くだけでいい。つーかもうどうでもいい。色んなことが起こりすぎて面倒になってきた。考えるのも嫌だ。そうだな、それでいいな。別に聞かなくてもいいや。適当に処分しといて、で済まそう。

ん? それだと母上の教えに反するか……くっ、めんどいな……

まあいいや、月末月末。




さーて、楽園楽園、楽園に行こう。魔力庫の中身も充実してるから補給も必要ないな。直行しよう。カムイ達はもう到着してる頃だろうか?




スティクス湖に寄り道。スパラッシュさんとここに来て、ノヅチに遭ったんだよな……


スパラッシュさんは毒針で、アッカーマン先生から毒針の名と技を受け継いで……


もしも、アレクが殺されて……両親も殺されて……兄上達やキアラも殺されたら……私も、殺し屋の道に行きたくなるのだろうか……


復讐するだけでは飽き足らず何もかも殺し尽くしたくなるのだろうか……分からない。分かるわけがない。分かりたくもない。


くそ……

毒針……

クソ……


くそおおおぉ!


『津波』

『津波』

『津波』

『津波』


魔力特盛の津波を全方位に放ってやった。領都や王都でこんなことしたら一瞬で壊滅、完全に八つ当たりだ……


『超圧縮業火球』


スティクス湖の中心部に向かって放つ。少し遅れてキノコ雲が立ち込める。一瞬にして湖がなくなる。せっかく生命が育っていたのかも知れないのに。


『超圧縮業火球』


同じ地点にもう一発。ノヅチ出てこい。湖跡がさらに深いクレーターと化した。砂は天まで立ち昇り日光を遮る。


来いよ魔物ども。お前らの好きな特濃魔力だぞ。


『燎原の猛火』


見える範囲全てを炎で埋め尽くしてみた。何の意味もない。本当に無駄な八つ当たりだ。


『メテオストライク』


氷山ほどもある氷の塊を高高度から落とす。何の意味もない。クレーターを更に広げるだけだ。ノヅチ、どこにいる……


轟音を響かせ氷塊は地表に落ちた。見える範囲の半分ぐらいがクレーターとなった。半径にして十キロルはあるか……深さは、五百メイルぐらいだろうか……




私は一体何をやっているんだ? もし人がいたら大変なことになっているぞ?


『津波』


無意味の極みだが、新しくできたクレーターを水で満たしておく……

広さ、深さともに何倍にも広がってしまった。でもノヅチは現れない……

あの笛で呼ばないと来ないのか……


くそ、楽園へ行こう……

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