第816話 皆殺しの魔女

夕方、ベレンガリアさんが起こしに来るまで私達は夢うつつでまどろんでいた。


「カース君? 目が覚めたの? 具合はどう?」


「やあベレンガリアさん。迷惑をかけたね。もう元気だよ。」


「ご心配をおかけしました。ありがとうございます。」


裸で私に抱きついている状況でもアレクは礼儀正しい。


「二人とも無事でよかったわ。そろそろ夕食よ。降りてきてね。」




ベッドから出て服を着る。コートもウエストコートもすでに穴が塞がっていた。もちろんシャツの穴は塞がっていないが、汚れは消えている。予備を発注しておいてよかった。

それよりも、アッカーマン先生が毒針……みんなに何と言えばいいんだ……


居間に降りてみれば夕食の用意がバッチリ整っていた。しかし母上がいない。


「あー、カー兄元気ー?」


「ああ、元気だよ。キアラも元気そうだな。」


「夜中にキアラちゃんがカース君に魔力を入れてくれたのよ? かなり危ない状態だったんだから。」


「そうなんだ。キアラありがとな。」


「いいよー、眠くてあんまり覚えてないけどー。」


ああっ、アレクがまた自分を責める表情をしている! ベレンガリアさんめ、今言わなくてもいいだろうに……今ごろ気付いても遅いよ!


「やっぱり私のせいで……」


ならば……


「そうだね。アレクのせいだね。だから今度お仕置きだからね。」


「私やキアラちゃんの前で卑猥な話はやめてよね……」


今の話のどこに卑猥な要素があるんだよ! 耳が腐ってるんじゃないか? 存在が卑猥なくせに。あ、アレクが顔を赤くしてるからバレたのか……


「ベレンガリアさんこそ、この前の風呂の話をアレクに言うよ?」


「ベレンガリアさん? 何事ですか?」


「えー、私もカー兄とお風呂に入るー!」


ふふふ、ベレンガリアさんを集中攻撃だ。


「ちっ、違うのよ! 私はただカース君が痛そうにしてたから背中を……」


「そういえば母上は?」


まあこれぐらいで勘弁してあげよう。助けてもらったんだから。


「私が帰った時にはいらっしゃらなかったわ。旦那様にはあらかたの状況を伝えておいたわ。」


そうか、父上にも知らせてくれたのか……

ベレンガリアさんも父上もまだ知らないよな……私がアッカーマン先生を殺してしまったことを……

それもミンチに……正直に言うしかない……か。

ハルさん……道場のみんな……後継者のレイモンド先生に一人息子のダイナスト先生……そしてフェルナンド先生……

どうすればいいんだ……

私は少しも悪くない、それぐらいは分かる……だからって……




そこに母上が帰ってきた。


「カース、起きたのね。ちょうどいいわ、来なさい。」


「押忍……」


「えー、私も行きたーい!」


「キアラは明日から学校よ? 早く寝なさい。」


「はーい……」


母上がどことなく怖い。冷たさを感じるな。


「あの……お義母様……私は……」


「……まあいいわ。アレックスちゃんも来なさい……」


「ありがとうございます……」


「ベレン、馬車を。」


「はい奥様!」


キアラだけを残し私達は馬車に乗り込んだ。行き先はどこだ?




馬車の中で母上は無言だった。不甲斐ない私に怒っているのだろうか……

おや? この道は?




「降りなさい。」


馬車はギルドの訓練場に到着した。そこには大勢の冒険者がいた。縛られて、転がされている奴もいる。


母上は転がされている奴の一人を無造作に馬車内に運び入れた。


この場の全員の視線が馬車に集まる。母上は一体何を……




五分ほどして母上もそいつも出てきた。


「この男を連れて来たのは誰?」


「お、俺です! 六等星ピンセルトです!」


「そう、よくやったわ。褒めてあげる。これはご褒美よ。」


母上が冒険者の股間をひと撫ですると彼は恍惚の表情を一瞬浮かべた後、中腰になり帰っていった……母上は一体何を……

また、馬車に連れ込まれた男は口からよだれを垂らし焦点の合わない目でアウアウ言っている。母上は一体何を……


「カース。そいつは用済みよ。殺しなさい。」


「で、でも母上……」


「何? 慈悲でもかけて奴隷落ちで許してやりたいとでも言うの?」


いやいや、さすがに頭が追いつかない……


「いや、違うよ……せめて納得させてよ。今何が起こってるの? なぜこんなことをしてるの?」


母上はふぅとため息をついて私に言う。


「カース、あなたはすでに私の何十倍もの魔力を持っているわ。それなのに、今日まで何回死にかけたと思ってるの?」


それを言われると……返す言葉もない……


「確かにね、あなたが何度死にかけようと私は全力で治してみせるわ。でもね、その原因を考えたことはある?」


原因……


「油断……かな……」


「そうね。それもあると思うわ。じゃあエリがなぜ『虐殺』と呼ばれるようになったか分かる?」


「え? そりゃあ片っ端からから殺したからじゃあ……」


「そうね。その通りよ。貴族はね、舐められたら終わりなの。揉めたら嫌だ、敵だと思われたら嫌だ、そう思われなければならないのよ? 分かってるの?」


「うん……分かっている、つもりだけど……」


「皆さん? 私とカース、戦うならどっちが嫌かしら?」


母上は集まった冒険者達に問いかけている。彼らは恐る恐る母上を指差している。当たり前じゃないか。


「戦えばカースの方が十回中九回は勝つわ。でもね、負けた者に次はないの。カースは一体何回負けたのかしらね?」


確かに……以前の母上との対戦、もし母上が手を止めなければ私の首は締まっていた……いくら魔力に余裕があっても死ねばそれまでだ……

王子にだってハンデをやって手加減して、そして負けた……

今回の件だって、近寄らせた時点で私の負けだ……いくら先生をミンチにしたからと言っても、とても勝ったと言える内容ではない……

私は……甘すぎるのか……

魔力でごり押しばかりしてるからこんなことに……


「もちろん殺し方も大事よ。ただ殺してもだめ。こんな死に方はしたくないと思わせなければならないわ。その点エリはよくやってるわ。カースも見習いなさい。」


「お、押忍……」


「それに今となってはアランや私の元に殺し屋が来ることはないわ。なぜだと思う?」


「スパラッシュさんが全滅させたから?」


そういう話だったよな?


「それなら他の組織から来てもよさそうじゃない? どこからも来ないわよ?」


殺し屋が仕事をしない理由? 自分らに失敗はない、なんて言ってたが……


「もしかして依頼人?」


「その通り。殺し屋は依頼人がいなければ動くことはない。でも依頼が成った後で依頼人を殺しても意味がないわ。ならどうすればいい?」


依頼人が依頼をする前に殺す? そんな無茶な……あっ。


「依頼人が依頼をしなければいい。だから……恐怖を……」


「その通り。正解よ。スパラッシュさんは私のお願い通り、組織を全滅させてくれたわ。そして依頼人は私が殺すの。アランの分までね。」


母上……それが貴族の生き方か……ゼマティス家の……

ん? お願い通り?


「そうやって誰も依頼しなくなるまで殺し続けるだけ。簡単でしょ?」


「お、押忍……」


「だからカース。建物を更地なんてヌルいことをやってないで皆殺しにしなさい。復讐の連鎖という言葉があるようだけど、そんなの敵を皆殺しにできなかった未熟者の言葉よ。敵は赤子に至るまで殺しなさい。でないと、アレックスちゃんが死ぬわよ?」


「お、押忍……」


母上の理論はメチャクチャだ……でもアレクが死にかけたことは事実。誰もが私と揉めたくない、恐ろしいと思っているなら狙われてなかったかも知れない。先日だって母上は私の雷名に傷が付くって忠告をくれた。それを気にしないと言ったのは私だ……そしてこの様か……


「分かったわね。ここに集められた闇ギルドの関係者、下っ端か幹部かは知らないけど用無しになったらあなたが殺しなさい。尋問は私がやるから心配いらないわ。」


「お、押忍……」


「ベレン、馬車で先に帰ってなさい。長くなりそうだわ。」


「はいっ奥様!」


怖い……母上はこんなにも怖いのか……




「おう魔女よぉ、あんまりうちの訓練場を汚さんでくれやぁ……」


組合長まで現れた……

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