第812話 イザベルの献身
私を庇うように飛びついてきたアレクの背中に剣が突き立てられる。
アレクを貫通し、私の心臓めがけて……アッカーマン先生が……なぜ……
なぜそんなにも涼しい顔で……
『榴弾』
『榴弾』
『榴弾』
『徹甲弾』
『榴弾』
『徹甲連弾』
「カース! やめろカース! もう終わってんだよ! それよりアレックスちゃんだ!」
はっ、痛っ……それよりアレクだ! この剣は抜いてはいけない……クタナツだ! 母上に診てもらわないと……
「ダミアン……クタナツに戻る……」
「おお! 早く行け! 解毒も忘れんな!」
アレクを鉄ボードに乗せ、辺境伯邸の壁をぶち破りクタナツに向かって飛び立つ。全速力だ。アレクにはポーションを振りかけ、口移しで飲ませる。そして『解毒』見た目では分からないがダミアンが解毒しろと言ったのだ。毒が塗られているのだろう……アッカーマン先生が……なぜ……いやきっと偽者だ……顔だけ変えて……あそこまで侵入したに違いない……
「ピュイィ……」
幸か不幸かこの雷雨だ。隠形なしでもクタナツに侵入するのは容易い。わずか二十分足らずでクタナツの実家に着陸した。玄関をぶち破り『拡声』の魔法を使う。
『母上! 起きて! 母上!』
そのまま両親の寝室に突入。ちょうど母上が目を覚ましてくれたところだった。
「母上! アレクが刺された! アッカーマン先生が! きっと毒なんだよ! 早く!」
「カース! 落ち着きなさい! 早く服を脱がせるのよ!」
「押忍!」
アレクをうつ伏せに寝かせ、服を切り取る。上半身が露わになり、剣が背骨の右側、肋骨の下辺りを背中から貫通していることが分かる。
「カース! 解毒をかけ続けなさい! ベレン! ベレン! マリーを呼んできて!」
「はい奥様!」
「母上、どうなの!?」
「大丈夫よ。マリーと二人がかりでないと出来ないことをするだけ。それよりカース、その傷は?」
「大したことないよ。後で診て。それよりアレクを……」
十数分後、マリーとオディ兄が来てくれた。
「カース!」
「坊ちゃん!」
「違うよ! 僕じゃなくてアレクだよ!」
「マリー! 剣を抜くわ! 千変の毒よ! 分かるわね!?」
「はい奥様! いつでもどうぞ! 坊ちゃんは全力で解毒をかけてください!」
「分かった!」
「タイミングを合わせるのよ! 三、二、一、はっ!」
母上が剣を抜くタイミングに合わせてマリーが傷口に指を入れた。私は残った魔力を振り絞って解毒をかけた。そして……
「坊ちゃん!」
「カース!」
私は意識を失った。
「奥様……これは一体……?」
「全く分からないわ。アッカーマン先生がどうとか言っていたけど……」
「で、母上。千変の毒って何?」
オディロンがイザベルに問いかける。
「それなりに危険な毒ね。刺された時、刺さっている時、そして抜く時で全く違う毒に変化してしまうの。だから二、三人がかりで備えておかないと対処できなくなりかねないのよ。」
「幸いなことに今回はカース坊ちゃんの『解毒』がかなり有効でした。私は大したことはしてません。」
「さあ、今度はカースよ!」
喋りながらも治療の手は止めていない。たちまち服を剥ぎ取られたカースを見て一堂は絶句する。カースの胸から
そう。急所を外れていたアレクサンドリーネより、心臓を狙われたカースの方が重篤だったのだ。しかも現在、カースの魔力は空っぽ……
「奥様! 毒が! 消えません!」
「オディロン! キアラを起こしてきなさい! 早く!」
「押忍!」
キアラはたいてい寝る時に『消音』をかけるため、玄関がぶち破られようと安眠していた。
「奥様! 私は!?」
「ベレンはカースに魔力ポーションを飲ませなさい!」
「ピュイッピュイ!」
「奥様! コーちゃんが!」
そう。コーネリアスにとって意識を失ったカースにポーションを飲ませるのはお手のもの。ベレンガリアが蓋を開けたポーションをたちまち口に含みカースの口から胃へと入り込んでいった。
「母上なにー……」
眠そうに目をこすりながらキアラが現れた。
「キアラ! カースに魔力を入れなさい! 全力よ! 早く!」
「うう〜ん、分かった……」
キアラはカースの額に手を当てる。
「全部入れたよー。寝るね……」
オディロンはキアラを抱き抱え、自室まで連れて行く。
「奥様! これなら!」
「ええ! いけるわ! ベレン! 魔力ポーション用意! 私によ!」
「はい奥様!」
『臓腑修癒』
「ベレン!」
「はい奥様!」
ベレンガリアはイザベルの口元に魔力ポーションを近付け飲ませた。
『全快癒』
「奥様! 後はお任せを! ベレンガリアさん! 奥様を別室へ!」
「はいマリーさん!」
倒れこむイザベル。運び出すベレンガリア。
カースの傷は見た目だけはきれいに治っている。
「ピュイピュイ?」
「ええコーちゃん。もう大丈夫ですよ。コーちゃんの加護のおかげです。」
マリーはそう言ってカースの額と臍に手を当ててゆっくりと何かを確認している。
「本当に人騒がせな方……助かってよかった……」
「あれ? マリーだけ?」
オディロンがキアラを寝かせて戻ってきた。
「ええ、奥様の出番は終わりました。もう心配いりません。アレックスお嬢様にシーツをお願いします。」
ここはアランとイザベルの寝室。カースはアランのベッド、アレクサンドリーネはイザベルのベッドに寝かされていた。アレクサンドリーネは治療が終わったままの状態。豊満な胸を露わにしたまま横たわっていた。
オディロンは顔色一つ変えずにアレクサンドリーネの姿勢を整え、シーツをかけた。彼もマリー以外の女性に興味はないようだ。
そこにベレンガリアが戻ってきた。
「マリーさん、今夜はありがとうございました。おかげで奥様がさほど無理することなくカース君が助かって……」
「いえ、奥様もカース坊ちゃんも私からすれば大恩あるお方。呼んでいただけて光栄です。ではベレンガリアさん、続きをお願いできますか? 少しずつゆっくり魔力を流すだけで結構です。」
「はい! 任せてください!」
「じゃあマリーは休んでよ。ここは僕とベレンちゃんだけでいいから。」
「そうですね。ではオディロン、夜明け前に起こしてください。頼みますよ?」
「ああ、分かってる。おやすみ」
そして室内にはオディロンとベレンガリア、意識のないカースとアレクサンドリーネが残された。コーネリアスはカースの上でじっとしている。
「ねえ、ベレンちゃん。見た?」
「何? 傷口?」
「それもだけどカースのコート、そしてウエストコートだよ。」
「ああ、あれね……」
彼らも一流ではないがそれなりの冒険者だ。カースの装備を突き通すことがどれだけ難しいかよく分かっている。それがまるで紙のように貫かれていたのだ。床に打ち捨てられた細剣がどれほどの業物か、どれほどの達人が振るったのか。想像することしかできなかった。
「しかもアレックスちゃん越しにカースの心臓を狙ったんだよね……」
「そうみたいね……まさかこれが毒針なのかしら……こんな、真っ正面からカース君に傷をつけることが出来るなんて……」
「状況から判断するとアレックスちゃんはいいように利用されたみたいだよね…….」
「それが一流の殺し屋なのね……カース君がこの状況ってことは……そいつは生き残っていて、またカース君を狙ってくる?」
「あり得るね。アレックスちゃんがこの状態なんだ。カースは殺し屋に目もくれずここまで来たのかも知れない……」
「ひとまず朝一で旦那様にご報告ね。三日前からバランタウンにいらっしゃるはずだから。」
「そうだね。悪いけど頼むよ。ベレンちゃんの方がだいぶ速いと思うから。」
「任せておいて。魔力はアンタの方が高いのに、不自由なものね。」
二人はカースとアレクサンドリーネの様子を見ながら情報のすり合わせを行なっていた。ほとんどが状況からの予測にすぎなかったが、何かを話さずにはいられなかったのだ。
そして朝……
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