第811話 『達人』コペン・アッカーマン
コペン・アッカーマン。王都の外れの村落生まれ。小さい頃に父親の失敗でフランティアまで逃げ、そこでも失敗をし住めなくなったあげくクタナツまで逃げるが道中で魔物に襲われ両親を亡くした。ことさら両親が我が子を庇ったわけではない。むしろ我が子を犠牲にしてでも生き残ろうとしたのだが、なぜか魔物は両親だけを襲ったのだった。
それから運良くクタナツの孤児院で保護され十五歳を待って冒険者となった。当時の呼び名は『アイギーユ』。
孤児院に保護された時『アッカーマン』と名乗ったのだが、疲労と空腹、渇きと混乱で舌が回らず『アイギーユ』と聞き間違えられてしまったからだ。彼も訂正しなかったため結局アイギーユが本名となってしまった。
後ろ盾も強さもないアイギーユは過酷なクタナツギルドで搾取の対象となる。唯一の長所は魔物に気付かれないこと。だから日帰りで行ける程度の場所なら採集をすることで比較的安全に生きていくことはできた。上の者に搾取されなければ。
ロクに食事もできないアイギーユは体が成長しない。自分より歳下の者がどんどん自分より大きくなり、力を付けていく。だからいつまで経っても搾取の対象から抜け出せない。そして三年……
友もなく助けてくれる者もおらず、もう死んでしまおうと毒草を採取したアイギーユ。さらに猛毒を持つ魔物も仕留めて致死量を遥かに上回る量の毒を集めた。
そんな時に現れた男がアイギーユの運命を変えた。アイギーユの持つ毒を欲しがった男。事情を話し渡せないと断るアイギーユ。ならば死ぬぐらいなら憎い奴らを道連れにしたくないかと返す男。
「道連れだって? 見ての通り非力で技もないワシに何ができるよ?」
「人を殺すにゃ刃物は要らぬ。毒の一滴あればいいって言葉を知らんのか? 俺に従うなら殺しの技を教えてやるぜ?」
その男は自分を『毒針』と名乗った。明日からお前が毒針だとも。そして毒針はアイギーユに契約魔法をかけた。自分が教える殺しの技を誰かに伝えるまで毒針と名乗り、殺しを続けることを。
聞けば初代毒針が分不相応な力を手に入れるために神と取引をしたらしい。『名』と『技』を代々引き継いでいくことを代償に憎い相手を殺す術を手に入れんことを。
先代毒針はアイギーユに名と技を伝えたらどこかに消えてしまった。力を手に入れたアイギーユはクタナツギルドで自分を虐げた者を一人、また一人と始末していった。しかし、全ての仇を始末したとて殺しをやめられるわけではない。神の呪いとも言える契約魔法がかかっている以上、常人に破ることなどできるはずもないのだから。
必然的にローランド王国のあちこちで仕事をするにつれ毒針の名は裏社会で静かに広まっていった。しかしアイギーユは次第に退屈を覚えていった。噂で聞いた剣聖ヘイライトのように堂々と強敵と戦ってみたくなったのだ。後ろから殺すだけの人生が、一週間も殺しをしないと苦痛に苛まれる呪いが、嫌になったとも言える。
そんな時、アイギーユはいつかの自分のように絶望で身を包んだスパラッシュを目の当たりにし、毒針の『名』と『技』を伝えることを決めた。
それからとある方法で顔を変え、名を元に戻し王都へ帰っていった。その後の活躍は皆が知るところである。
「とまあそんな訳でな。つまりワシは元『毒針』なんじゃが、現役の『毒針』でもある。スパラッシュが後継者を選ばぬまま死におったからの。ワシに呪いが返ってきてしまったわい。因果よのぉ……まあ幸いなことに何代続いたかも分からぬこの呪い、随分と弱くなったようでな。数年間人を殺さずとも何の苦痛もなかったわ。」
「つまり……最近呪いの影響が出始めたってことか?」
「それもある。さすがに神の呪いには抗えぬわ。だがそれ以上に渡世の義理がある。今にして思えばスパラッシュのように関係組織を全滅させておけばよかったわい。だが当時のワシは先代毒針とその組織に感謝しておったからの。スパラッシュがワシに感謝しておったように。」
「アンタの先代は何者なんだ?」
「ふっ、それは言えぬな。ほれ、他に聞きたいことはないのか? 冥土の土産と言うらしいな。何でも聞くがいい。」
アッカーマンはまるで余裕だ。すでにこの部屋に踏み入ってから一時間は軽く経過しているというのに。
「無尽流の方はこのことをご存知なんですか!」
ダミアンに代わってアレクサンドリーネが発言をした。
「無論知る訳があるまい。まあ我が師である剣聖ヘイライト・モースフラット先生ならば『武芸者が人を殺して何が悪い』とおっしゃるだろうな。あの方は面倒見がいいのか冷酷なのかよく分からぬ方よ。わざわざ素手でケンカをして負けることもあるしの。後はそうよの、フェルナンドは気付いておるな。さすがに確信はないようじゃがの。あ奴は未だにワシに教えろ、もっと教えろとしつこいからのぉ。」
「カースは! カースはどうなるのですか! カースは本当に先生のことを尊敬しているのですよ!?」
「カースか。あいつも父親に似て甘い男よ。母親に似ればよかったものを。アランは未だにワシに勝てぬ。理由は分かるか?」
突然の問い。アレクサンドリーネに分かるはずもない。
「簡単よ。甘いからだ。アランはとっくにワシより強い。だがワシに勝ってしまうとワシが老け込むのではないかといらぬ心配をしておる。フェルナンドを見習えばよいものを。」
「じゃ、じゃあ剣鬼様が先生のこのような姿を知ればガッカリされるのでは……」
「するはずがなかろう。嬉々として毒針の技を教えろと詰め寄ってくるわい。あ奴の頭の中には強くなること、それしか詰まっておらぬわ。だからこそ教えるわけにはいかぬ。ワシがフェルナンドに勝てる可能性はこの殺しの技しかない。限りなく零に近いがのぉ……」
これが達人の世界。どこまでも純粋な生死の世界。アレクサンドリーネは二の句が継げないでいた。
「さあ、もうないか? そろそろ幕引きとするか?」
「クソっ! 今頃気付いちまったぜ! アンタ俺が目的じゃねーな!? カースだろ! 本当の標的はカースなんだろ!」
悔しそうにダミアンが叫ぶ。
「ほほう? やはりバカ息子との評判は的外れか。なぜそう思った?」
「当たり前だろ! アンタがここに踏み込んでからどんだけ時間が経ったと思ってやがる! その間やったことはうちの使用人や騎士を殺しただけ。肝心の俺が無傷じゃねーか! しかも長々と昔話なんかしやがって! どうせ皆殺しにする気だから呑気に話してんのかと思えば! 最初っから、カースが狙いで毒針が俺を狙ってるなんて噂を流したんだろう!?」
「ふむ。ほぼ正解だ。仕事の依頼自体は随分前からあったのじゃがな。ワシにやる気はなかったのよ。呪いが再発するまではな。まあ他の理由もあるが瑣末なことよ。」
「どうすんだ……カースがここに来るとは限らねぇぞ? 今頃領都の南を守っているはずだからな。」
「だからカースは甘いのだ。あ奴はお主を守ると約束したのだろう? ならば必ず来るわい。お主とて分かっておろう?」
ダミアンは顔をしかめて首肯してしまった。せざるを得なかった。
「奥様は! ご子息は! 無尽流はどうなるのですか!?」
「知らんな。ワシの人生にはワシしかおらぬ。まあここでカースを含むお主らを皆殺しにすればワシは明日からも平穏な日常を送れるのじゃがな。」
「なら! なぜ私達を生かしておくのですか! さっさと殺せばいいでしょう!」
アレクサンドリーネは気丈に叫ぶ。
「くくく、死にたいのか? 違うだろう? お主はカースの足手まといになりたくないのよ。つまりなぜ自分が生かされているのか理解しているのじゃろう?」
「くっ……」
「お主ら程度の腕では生きていようと死んでいようとワシの邪魔にはならぬ。さりとて人質にとればワシの手が塞がる。そこにぼけっと突っ立っておかせるのが最適な使い道よ。それとも自害するか? 止めはせぬぞ?」
魔法学校首席のアレクサンドリーネでも達人のプレッシャーを眼前にして身動きが取れなかった。カースの膨大な魔力を感じた時とはまた違った恐怖を味わっていた。そこに……カースからの『伝言』が届いてしまった。ここを目指しているのだ。もうすぐカースが来てしまう。カースの尊敬する師が殺し屋だったなんて……アレクサンドリーネはどうすればいいのか、頭が真っ白になっていた。
そして、ついに……
ドアが弾けてカースが現れた。
「アレク! ダミアン!」
「カース危ない!」
アレクサンドリーネの意識はそこで途切れた。コーネリアスの鳴き声が遠くで響いたような気がした。
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