第810話 渡世の義理
たった今、辺境伯邸の玄関前に降り立ったばかりの私にも一目で分かるこの異変……
門番やメイド、警護の騎士がことごとく死んでいる。それも一太刀で……こんな凄腕の殺し屋がいるのか……
それは建物内でも同じだった。ダミアンの部屋に行くルート上にも似たような殺され方をした使用人や騎士が横たわっている。一体何人入り込んだんだ……
「ダミアン!」
私はダミアンの部屋のドアをぶち壊し中に入った。しかし、そこは無人。そっか、殺し屋が来てるんだから部屋で呑気に待ってるわけないか。
「ピュイピュイ」
おお、コーちゃんが案内してくれるんだね。ありがとね! ついでに魔力探査によると大きな魔力が四つ、同じ場所にいる。これがダミアン達だな。殺し屋の方はやはり魔力探査に反応なしか。
「ああっ! お助けください!」
メイドさんだ。
「ダミアンはどこにいますか?」
「申し訳ありません! 分かりません! でもみんな死んで、殺し屋が!」
「ピュイピュイ」
なるほどね。さすがコーちゃん。
『風斬』
メイドの両足を切り落とした。
「お前の名前は?」
「ギャアアアァアァー!」
ちっ、時間がない。『拘禁束縛』
そのまま寝てろ。『氷壁』
足の出血だけ止めておいてやる。まさか殺し屋がメイドに扮しているとは。コーちゃんの鼻は騙せなかったようだな。
アレクに『
あの部屋か!
「アレク! ダミアン!」
「カース危ない!」
「ギャワワッギャワワッ」
部屋に飛び込んだ私にアレクが飛びついてくる。そのアレクの背中には剣が突き立てられようとしている……
何食わぬ顔で剣を突き立てようとしているのは……
アッカーマン先生だった……
時はカースが南の城壁に向かった頃にまでさかのぼる。カースの指示通り、カース宅に向かいリリスとカムイを連れて辺境伯邸に向かったアレクサンドリーネ。マーリンはカース宅に居なかったため、辺境伯邸から伝令を頼もうかと考えていた。
この時アレクサンドリーネは事態を少し、ほんの少しだけ楽観視していた。この騒ぎに紛れて殺し屋が狙ってくることは自明の理。しかし自分はともかくカムイがいれば容易く撃退できるだろうと。ましてや現在向かっている場所は辺境伯邸。領都で最も堅牢な場所の一つなのだから。
いち早く辺境伯邸に到着しダミアンに事情を説明したアレクサンドリーネ。そしてダミアンも家人に指示を出す。特に行政府にいるであろう父親、辺境伯に状況を知らせることが最優先事項だろう。カースが領都の南を守ってくれていることも含めて。
そして一行、アレクサンドリーネ、カムイ、リリス。それからダミアン、セバスティアーノ、護衛の騎士数人はダンスホールを拠点に指示を出し、守りを堅める。メイドや料理人など使用人の避難、警備体制の確認、戦いの準備。テキパキと装備を固める四人。カムイに装備は必要ないし、騎士達はすでに装備万端なのだ。
しかし異変が起きたのはここからだった。指示により外に出た者が誰一人帰ってこない。そして雷雨の騒音が室内にまで響き、ロクに警戒できなくなってしまった。セバスティアーノは執事ゴーレムのバトラー、メイドゴーレムのアン、ドゥ、トロワを呼び寄せ盾として配置していた。
そんな部屋に流れ込む黒い雲。闇雲の魔法だ。密室で使われると部屋中が真っ暗になってしまう、風で散らすことも難しい厄介な魔法だ。
「ガウアァー!」
カムイだけが反応している。
『氷弾』『風操』
アレクサンドリーネは壁を壊し、闇雲の魔法を排出している。たちまち明るさは戻ったが、その時すでにセバスティアーノは倒れ伏していた。そしてカムイの足元にはおそらく殺し屋のものであろう左手が転がっていた。
そして唖然とする全員の前に姿を現した犯人こそ……コペン・アッカーマン。『達人』と呼ばれ王都のあらゆる流派に戦いを挑み、全てに勝利した男だった。
「そんな……アッカーマン先生が……なぜ!?」
「ふっ、渡世の義理よ。ああ心配するな。ワシの狙いはそこの放蕩三男のみ。邪魔をしないなら命は助かるぞぃ?」
カムイの足元にあった左手はいつの間にかアッカーマンの右手に握られていた。
「返してもらうぞ。こんな左手でもないと困るからの。」
そう言って何食わぬ顔でポーションを飲み、傷口に振りかけ左手を繋ぎ合わせている。これを好機と見た騎士は一斉に襲いかかり、一瞬にして返り討ちとなった。
「年寄りの隙を狙うとは不届きな騎士よの。もっと老人を労らんか。」
「ガウアァー!」
カムイは目にも留まらぬ速さで攻撃を仕掛けるが、カウンターをくらっているらしく、小さな傷がどんどん増えていくだけだ。それでもアッカーマンはカムイに致命傷を与えることはできないらしい。
アレクサンドリーネは隙を見て攻撃したいところだが、カムイもアッカーマンも動きが早すぎて魔法を撃つに撃てない。ダミアンは尚更だ。
一進一退の攻防が続き、ついにカムイがアッカーマンの左手を捉えた。そのまま噛み砕こうとした瞬間「ギャワングォオオン」
カムイが悲鳴をあげて地面を転げ回っている。
「カムイに何をしたのですか!?」
「大したことではない。犬ッコロが嫌うものを鼻にぶちこんだのみよ。おお、左手が痛いわい。」
そう言って再びポーションを飲むアッカーマン。
「俺の命をとれば他の者は助けてくれるんだな?」
「ほう? 放蕩息子にしては潔いではないか。もちろんだとも。」
「俺の命はくれてやる。だから聞かせろ。アンタほどの男がなぜ殺しなどをする? まさか本物の毒針だとでも言うのか?」
「ふむ、まあいい。聞かせてやろう。殺しの理由は渡世の義理、これのみよ。そしてワシが本物の毒針かどうか……そうとも言えるしそうでないとも言える。」
アレクサンドリーネは顔面蒼白で絶句している。そしてアッカーマンは語り始めた……
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