第813話 嵐の後

オディロンはベレンガリアの部屋で寝ていたマリーを起こす。ベレンガリアはクタナツを出て北上、バランタウンへと向かっていた。馬車を外したペガサスのマルカに乗っている。


「おはようございます。ではオディロンは寝てください。後は私が。」


「頼むよ。幸い今日はパイロの日。キアラに弁当を作ってあげる必要はないからね。」


普段はベレンガリアかイザベルが作るのだが、どちらも不在。もしも休日でなかったらオディロンが悪戦苦闘したことだろう。




「どうやら心配いらないようですね。」


「ピュイピュイ」


「ありがとうございます。もう坊ちゃんは大丈夫ですよ。魔力もそれなりに充実しているようですし。」


後は二人が目覚めるのを待つばかりのようだ。


「おっと、お嬢様のご実家にも連絡が必要でしょうね……」







領都では……

カースが南の城壁を離れた後も魔物は断続的に襲ってきた。いや、南だけではない。東西こそ鎮静したものの北側でもそれなりに多く、一部は侵入を許したりもした。

しかし魔法部隊顧問のモーガンはカースを呼ぼうとはしなかった。余人にはカースの魔力を感じ取ることができない。それはモーガンといえど例外ではなかった。そのためモーガンにはカースがどれほど消耗しているかが分からなかったのだ。その目で見たワイバーンやドラゴンとの戦い、無数に転がるワイバーンを含む幾種類幾千もの魔物。カースが消耗していないと考えるほどモーガンは楽天家ではなく、領都の危機において子供に頼ろうとするほど無責任でもなかった。

結局カースを呼ぶこともなく、見事に南の城壁及び城門を守りきった。もしカースをあてにしていたなら、領都は守りきれなかったのかも知れない。モーガンを含む領都騎士団の勝利である。約二割の死傷者を出しながら……




カースが飛び立った直後の辺境伯邸では……


「リリス、お互い命拾いしちまったな。」


「私は何もしておりません。盾にすらなれませんでした。」


「へっ、あのプレッシャーの中で動けるかよ! 」


「そうですね。お嬢様はよく動かれました。」


「違うぜ……ああ動くよう誘導されたんだよ。プレッシャーをかけたり解いたりしてな……これが達人かよ……なっ! おいリリス! 構えろ!」


そこには悠然と立ち上がるアッカーマンの姿があった。カースによってミンチにされたはずだったのに。


「ちっ、そうかよ……『神酒ソーマ欠片かけら』かよ……」


「ワシはフェルナンドほど人間をやめておらんのでな。あのような広範囲無差別攻撃が避けられるはずもないわ……」


「カースはいねぇぞ……クタナツに帰ったぜ。」


「ふむ、失敗したか。最期の機会じゃったがの……」


「最後だと? 諦めるってのか?」


「残念ながらな……」


「本当にカースを狙っていたのか?」


「ふ、本当じゃとも。依頼主は先代毒針よ。ワシより歳上のあ奴はもう体が動かぬ。最期の意地だけで生きておった。名や素性を明かすつもりはないが、じきにくたばろうて。」


殺し屋が依頼主を明かす時……それが意味することは?


「待てジジイ! 何を考えてる!? 目的を言え!」


「ふ、そのようなもの……あると思うか? ワシとて死にたくはないし、酒も女も、平穏も興奮も欲しい。だが何より欲しいのは強さよ。フェルナンドに易々と超えられて、どうして安穏と生きておれようか……しかも……」


「ジジイ……」


「呪いと老いに苛まれたこの体ではフェルナンドはおろかレイモンドやダイナストにすら勝てぬわ。ならば! 女の上で死ぬか剣の下で死ぬしかなかろうが!」


無尽流本部道場の後継者レイモンド、そして長男ダイナスト……老境にあって、そんな二人にすら負けたくないと願うのは傲慢なのだろうか……


「カースは最後の相手に選ばれたってわけか?」


「くく、フェルナンドがよかったがの。あ奴はどこをほっつき歩いているのやら。そろそろ時間じゃ、次の毒針が誕生しなければ……よい……なぁ?」


「待てやジジイ! 逃げんじゃねぇ!」


「ヘイフ……先生……フェルナ……アラン……カー……」


アッカーマンは何かに縋ろうとするかのように手を伸ばした。しかしその手はただ空を掴み、そのまま泳ぐかのように崩れ落ちた。


「クソがぁぁぁ!」『風斬』


ダミアンはアッカーマンの首を落とし、どちらも氷に閉じ込め魔力庫に収納した。いつもの厚顔さは鳴りを潜め、憔悴しきった男の顔が見えるのみだった。


カムイはゆっくりと起き上がり「ガウガウ」

ダミアンに鼻を洗うよう催促した。


「ああ、待ってろ。」


『水球』


「鼻面にレッドホットチリペプレか。想像するだけで地獄じゃねぇか……」


「ガウゥ……」


水洗いしてもカムイの表情は晴れない。カースに洗浄の魔法でも使ってもらわないとキツいのだろう。


「どうすんだ? このままカースが戻ってくるまでここにいるか? いや、むしろ助けてくれ。生き残りが何人いるかも分からねぇんだからよ……」


「かしこまりました。」


「ガウガウ」


カムイはふらりとその場を離れた。どこに向かおうとしているのだろうか。






「無事だったようだねぇ。」


カムイに連れられてやって来たのはラグナだった。


「おおラグナか。運良く生き残っちまったぜ。えれぇ災難だったな。」


「うちのボスは?」


「クタナツに帰っちまったぜ。詳しくは後だ。せっかく来てくれたんだ。ちーと後始末を手伝ってくれや。手が足りねぇにも程があるってもんだ……」


カースによって跡形もなく破壊されたホールには壁の穴から雨が入り込み、ダミアンの気分を一層と憂鬱にさせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る