第732話 勲章と無尽流

私とアレクが空き部屋から出ると、両親はすでに謁見の間に戻っていた。意外と時間が経っていたのか。


「あらカース、どこに行ってたの? 先に帰ったかと思ったじゃない。」


「ああ母上、ちょっとあちこち見て回ってたんだよ。」


ふふ、アレクの顔が赤いぞ。可愛いやつめ。機嫌が直ってよかった。妙なところでヤキモチを妬くんだから。たまには嬉しいものだな。


「そう。夜は生き残った全貴族を集めて盛大にやるそうよ。カース達はどうする?」


「うーん、かなりの人数が集まるよね? それならやめておこうかな。アレクはどう?」


「私も気が進まないわ。陛下や王族の方々と同席するのはさすがに疲れるもの。」


アレクほどの貴族でもそうなのか。それならこのまま帰ろうか……あっ! キアラのやつ! まだフランツウッド王子と一緒にいやがる! 二人で仲良くデザートを食べてやがる! 近付き過ぎだ! もっと離れろ!


「キアラ、僕達は帰るよ。」


さあ、お兄ちゃんと一緒に帰ろう!


「えー、カー兄帰っちゃうのー? 私はまだ居るよー。」


なん……だと……?


「そ、そうか……じゃあ楽しむといい。では王子、妹をお願いしますね。」


「ああ、任されよう。責任重大だな。」


勘違いしてんじゃねえぞ! このクソ王子! キアラを楽しませてやってくれって言ってるだけだからな! 勘違いするなよ!


「カー兄じゃーねー!」


「あ、ああ、食べ過ぎるなよ。」


帰ろう……うう、キアラ……

あの王子も初対面の時は「お前がカースだな! 勝負しろ!」なんて言ってたくせに。今日は王族の本性を出してやがるな。上品に余裕ぶっこいてキアラと相対してやがる。まさか私はシスコンだったのか!? くっ、帰ろう……


「カース、辺境伯家の上屋敷に寄らない? 陛下からお聞きした話をソル達に伝えておかないと。」


「そうだね。ついでに勲章も自慢しようかな。」


「うふふっ、そうね。それがいいわ。」


アレクはかなりご機嫌がいいようだ。私も嬉しくなってくるぞ。


「じゃあ父上、先に帰るよ。サンドラちゃんを頼むね。」


「おお、今からが面白いってのに。お前は若さが足りないぞ?」


「父上には敵わないよ。じゃあ後でね。」


気のせいか父上がいきなり元気になったような。気のせいだな。





そして辺境伯家の上屋敷に到着。さすが王宮、適当なメイドさんに馬車を頼んだらたちまち用意してくれた。馬車は嫌いだが歩くには遠いもんな。

まだ壊れたままの正門を素通りするとパスカル君がいた。門番か、頑張るな。


「やあパスカル君。ソルダーヌちゃんはいるかい?」


「カース君、今日は王宮に行ってたんだって? あっ! それ! その勲章ってまさか!?」


さっそく気付かれたか。ちなみにこの勲章はなぜか安全ピンのような物で付けられている。びっくりだ。しかも私のサウザンドミヅチのウエストコートにすら容易く針が通っている。二度びっくりだった。つまりこの勲章には「あんまり調子コイてるといつでも刺せるんだぜ?」って意味があったりするのか? 考えすぎかな。


「いやー貰ってしまったよ。勲一等なんとか褒章。嬉しいな。」


「勲一等紫金剛褒章よ。カースったら。」


「だよね! やっぱりそうだよね! カース君すごいや!」


すごいのはパスカル君だよ。見ただけでこれの名前が分かるのか。


「確か前回の受賞者は七十年近く昔だよね? サウザンドミヅチ、しかも成体から王都を守ったんだよね。確か無尽流の人じゃなかったっけ?」


何と! 無尽流の先達か! 興味深いぞ!


「パスカル君! その話詳しく!」


「私も知りたいわ。」


アレクでも知らないのか。


「あ、ああ。無尽流の先代アッカーマン先生の師匠で剣聖と謳われたヘイライト・モースフラット先生だよ。彼は剣も魔法も達者らしくて間合いなんか関係なしに斬りまくっていたらしいよ。」


七十年前ってことはアッカーマン先生が生まれる前後。つまりモースフラット先生もまだ若かった時代なのだろう。それなのにサウザンドミヅチの成体を……幼生でも焦がすことすらできなかったのに。会いたいけど会いたくないな。ドラゴンとどっちが厄介なんだ?


「その時は全長三百メイル超、太さは直径二十メイルはあったらしいよ。飲み込まれた村は一つや二つじゃ済まないとか。」


「うわー、怖いね。子供時代を土中で過ごすからどこにでも現れる厄介な奴らしいよね。」


ノヅチにミヅチ、似たような名前でどちらも手強い。会いたくないものだ。


「それをモースフラット先生は王都から狙いを逸らすため、逃げながら戦ったそうだよ。最終的には南のポルトホーン港近くまで誘き寄せたらしい。そこに当時の宮廷魔導士が突貫で結界魔法陣を作り上げたんだね。中に残ったのは先生とミヅチ、そして宮廷魔導士長のみ。」


うおおー! ワクワクする展開じゃないか! パスカル君、狙ってるだろ。


「カース君は知ってると思うけどサウザンドミヅチに効く魔法なんてないんだよね。奴の防御は無理矢理突き通すしかないよね。宮廷魔導士長がコツコツと牽制してミヅチの気を引いたんだ。そして先生は何度も何度も同じ箇所を斬りつけたらしい。再生する相手にもかかわらず。」


ふんふん! それでそれで!?


「それがね? いつしか先生が斬った痕は再生しなくなったらしいんだ。証言によると、剣が燃えていたとか。剣と魔法を同時に使ったってことかな? 気が遠くなるような数多の挑戦の果てに……常人ならば近寄ることすら難しいサウザンドミヅチは……徐々に、本当に少しずつ血を失い……逃げることもできずに、やがて倒れ伏したそうだよ。」


「おおおー! すごい! さすが大先生!」

「無尽流ってすごいのね!」

「ピューイ」


あれ? コーちゃんのご機嫌が良くないぞ?


「ちなみにその時の宮廷魔導士長は殊勲を断ったらしい。貴族が民を守るのは当たり前だからと。逆に先生は道場を作る資金のために喜んで勲一等紫金剛褒章を受け取ったそうだよ。」


そんな壮大なストーリーがあったのか。それを私一人で貰ってしまったのか。身に余る……ことはないし、まあいいか。私もキアラも王都を救ったことに変わりはないし。


「いい話をありがとう。嬉しくなってきたよ。勲章に負けないようにしないとね。」


これはアッカーマン先生にも報告だな。お土産持って訪ねよう。


「そもそもカースは負けないじゃない。分かってるんだから。」

「ピュイピュイ」


あらコーちゃん、蛇をいじめないでって? 意外なお言葉。分かったよ。でもコーちゃん、私のウエストコートもトラウザーズも好きなのはどうしたことだい?


「ピュイピュイ」


なるほど。死んだら有効活用するべきなのか。蛇の中にはたまに友達がいるんだね。コーちゃんは交友関係が広いなぁ。


門の周辺で立ち話をしていたらソルダーヌちゃんが出てきた。おめかししてる、お出かけかな?


「やあ元気そうだね。」

「心配したわよ。」

「ピュイピュイ」


「おかげさまで多少は元気になったわ。本当にありがとう。今から王城に行くのよ。カース君達は行かないの?」


あ、そうか。全貴族集合だったか。こんな時に大変だよな。


「僕達は帰るところだよ。かなり多くの貴族が集まるらしいからさ。逃げてきちゃった。」


「もう……カース君は自由でいいわ。じゃあ行ってくるわね。」


「無理しないでね。」

「またね。」

「ピュイピュイ」


お兄さんはどうした? ソルダーヌちゃんとエイミーちゃん、そして護衛しかいないじゃないか。四女なのに辺境伯家を代表して王城行きか……ハードだな。


「じゃあ僕達は多分明日には王都を出るよ。月末にまた来ると思うから。」


「分かった。カース君、アレクサンドリーネ様。この度は本当にありがとうございました。僕らが助かったのもお二人のおかげ。このご恩は一生忘れません。」


「うん。パスカル君にそこまで言われるのは光栄だよ。じゃあまた。」

「元気でね。私には必要ないわ。大したことしてないから。またね。」

「ピュイピュイ」


パスカル君は義理堅いな。やはりそこいらの貴族とは違うんだろうな。助けてよかった。

あら、アレクったら結局ソルダーヌちゃんに話せてないじゃないか。まあいいか。

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