第731話 宰相の懸念
国王との面談を終えて部屋を出た私達を待っていたのは宰相だった。
「カース殿、今度は私にお付き合いいただけぬかな?」
「いいですよ。彼女らも一緒でいいですよね?」
「もちろん。ではこちらへ。」
まさか宰相自ら私を呼びに来るとはな。何事だろうか。
案内されたのは執務室だろうか。辺境伯の執務室を思い出すな。やはり仕事ができる人間の部屋ってのは似てくるものなのだろうか。
「さて、カース殿。この度は未曾有の危機を救っていただき感謝しておる。そこでいくつか話をしておきたいと思ってな。」
「何でしょう?」
「君に欲はないのか?」
「は? 欲ですか? もちろんありますよ?」
あるに決まってんだろ。
「陛下もおっしゃってたが、君の功績は絶大だ。陛下が王座と言われておったがあれは冗談ではない。もし君がうんと言えば王太子殿下の養子となり、次代を担う王族の仲間入りとなっていたことだろう。」
「それはむしろ嫌です。失礼な言い方で申し訳ありませんが。また、陛下や先王様の覚悟をお聞きしまして、僕には到底務まらないことも分かりました。」
「ならば宰相になってみたくはないか? これでも私は陛下に次ぐ権力を持っている。王太子殿下よりもだ。権力は魔物という言葉があるが、この世のどんな快楽より強いそうだぞ?」
「はっきり申し上げますと、義務が伴う権力など全く欲しくないんですよね。働かずに遊んで暮らすことを目標に今日まで頑張って生きてきました。もう目前なんです。権謀術数が渦巻く王宮なんて恐ろしくて逃げ出したいってのも本音ですが。」
「はは、意外だな。君にも怖いものがあるのか。さて、地位に興味がないことは分かった。では次は金だ。君は金貸しだな? 金が欲しくはないのか?」
「欲しいですよ。でも使い切れないぐらい持っていても意味なくないですか? 現在の僕の財産は一生遊んで暮らすには足りませんが、勲章の年金を合わせれば働かずに暮らすには問題ありません。」
勲章の年金は年に金貨五十枚、男爵や子爵などの地位を望まないものにはそれだけの金子が与えられる。先ほど国王から聞いたのだ。ふふふ。もう確実に働かなくていい。
あっ、でもアステロイドさんからクタナツの次代を頼まれてたんだった……よし、今度また考えよう。
「金に使われるのではなく、金を使うか。それもよい。一つの理想形……か。」
「要はしたくないことをしたくないのです。そのために魔力や剣を磨いて参りました。」
まあ私の剣の腕なんてたかが知れてるが。
「そうか。では物はどうだ? 金で買えない物が欲しくはないか?」
「欲しいですね。ちなみに何ですか?」
おっ、宰相め。ようやく食い付いたって顔してやがる。最上級貴族にしてはえらく素直だな。
「さてなぁ、カース殿の好みが分からぬなぁ。しかと聞かせてはくれぬか?」
「ええ、まずは時間です。この夏休みは王都に一週間も滞在せず、さっさとノワールフォレストの森付近で過ごす予定だったんです。こちらのアレクサンドリーネと。それがもうすぐ二週間経とうとしています。教団のやつらには夏休みを返せと言いたいところですね。」
「ふむ、過ぎた時間を戻すことは勇者にも魔王にもできまいな。確かに金では買えぬ。他にもあるのか?」
「あればいいなって程度ですがドラゴン素材の装備ですね。すでにブーツは注文を出してますので、ドラゴンウエストコートとか、ドラゴントラウザーズとか。あったら欲しいですね。あ、ドラゴンハットにドラゴンベルトもですね。全身ドラゴンでオシャレに決めたいものです。」
「望むならいくらでも用意できるがな。どうだ?」
「お気持ちは有り難いのですが、僕も冒険者の端くれ。自力で手に入れた素材で作ってみたいのです。命を預ける装備ですからね。」
オシャレに決めたいって言ったのに命を預けるとは、我ながら変なこと言ってるな。
「そうか。欲しいものは自分で手に入れる。それが男だと言いたいのだな。ならば最後だ。女は欲しくないのか?」
「ああ、それならご覧の通り間に合ってます。アレクサンドリーネがいるだけで王都中の美女百人をはべらすより僕は幸せです。」
「もう……カースったら……」
「ピューピュー」
心なしかコーちゃんが冷やかしてくるな。どこまで人間の文化に詳しい精霊なんだ。でもかわいいんだよなぁ。
「ウリエンのようなハーレムに興味はないと申すか?」
「ありませんね。むしろ兄上が大変じゃないかと心配するのみです。」
あれだけの豪華メンバーでハーレムって羨ましくないにも程があるぞ。もし夫人同士でケンカが始まったらどうするんだ?
「その割には辺境伯家の娘とは近しいようだな?」
「あはは、あれは例外です。僕にも事情があるってことです。逆に宰相閣下、今回は何をお知りになりたかったんですか? 僕の趣味嗜好なんてこんなものですよ?」
私に首輪を付けたいのかも知れないが、既に王家印の首輪が付いてんだから勘弁してくれよ。
「では少しだけ話してやろう。君達がブランチウッド王子に連れられて王宮にやって来た翌日。メイドが君の寝所に行ったな? あれは私の指示だ。見事籠絡できたら大金貨一枚くれてやる条件でな。」
「カース?」
「おっと、説明してなかったね。後でね。」
私としたことが。取るに足りない出来事だったので、アレクに伝えてなかったな。うっかりだ。
「そのメイドはプライドがズタズタだと言っておった。何十倍もの競争率を勝ち抜いて王宮付きメイドになったのに、十代前半の若造に魅力が通じなかった。その上、
さすがにそんな覚えはないな。興味のないものを見る目はしたかも知れないが。
「そんなこともありましたね。すっかり忘れてました。ですから女性も要りません。」
「分かっている。私は安心したいのだ。金で買えないもの、それは平和だ。カース殿、自分でも分かっておろう? 君が本気で暴れたら止められる者などいない。少なくとも私は知らない。だから誓って欲しいのだ。ローランド王国に災いをもたらさないと!」
さすがに大げさだな。私より強い人間なんてまだまだいるさ。でも口約束でいいから誓えってのは好感が持てる。別にいいだろう。
「父アラン、母イザベルの名の下に、ローランド王国に災いをもたらさないことを誓う。ただし、自己防衛の場合その限りではない。」
「君は抜け目がない男だな。いや、慎重と言うべきか。よくその歳で気付くものだ。でもありがとう。君ほどの男の口約束、これこそ金で買えない価値があると言っていい。今日はありがとう。」
「宰相閣下がご安心されたのなら重畳です。ではこれにて。」
「ああ、待ってくれ。これはほんの気持ちだ。領都のアジャスト商会で使える。」
ただの紙束のようだが。
「王国手形は知っているだろう? これはその劣化版、アジャスト商会のみで使える手形だ。好きな金額を書いて買い物をするといい。」
つまり白紙小切手か。ニクいことしやがるなぁ。
「ありがとうございます。日用品の買い物にでも使わせていただきます。」
「いい時間だった。ありがとう。」
あっ、結局メイドを送り込んだ目的を聞いてない。まあ人格チェックってとこだろうな。宰相も大変だな。でも良いもの貰ってしまったからセルジュ君やスティード君を連れて買い物に行くのもいいな。買い放題だ。
「で、カース? メイドがどうしたって?」
珍しくアレクが怒っているのかな?
「そんな真剣な顔もかわいいね。あっちでお茶でも飲みながらゆっくり話すよ。むしろ思い出すのが大変なんだけど。」
「そ、そんなことで騙されないんだから! ちゃんと説明してもらうんだからね!」
うおっ! まさか! 久々のツンデレアレクか!? かわいい! かわいいぞぉ!
「もちろん説明するよ。でもその前にそこら辺の空き部屋に行ってみない?」
「行く……」
あら、もうツンデレモードが終わってしまった。でもデレデレアレクはもっと可愛いのだ。さて、空き部屋へゴーゴー!
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