第725話 ワイバーンパーティー

そして夕方。

ゼマティス家に戻ってみれば、父上や無尽流のみなさん、ウリエン兄上とエリザベス姉上もいる。キアラもちゃんと帰ってきているし、オディ兄とアステロイドさんもいる。ようやくマーティン家も全員集合だ。

兄上と姉上は両親と楽しそうにお喋りをしている。オディ兄はマリーと二人だけの空間を作っている。キアラはコーちゃんと戯れている。その傍には山と積み上げられた海産物が、キアラの獲物だな。

マルグリット伯母さんはシャルロットお姉ちゃん、ギュスターヴ君と談笑している。アンリエットお姉さんにも来て欲しかっただろうに。

アステロイドさん達は無尽流の方達と話が弾んでいるようだ。

ソルダーヌちゃんとデフロックお兄さん、エイミーちゃん達は上屋敷に帰ったそうだ。ワイバーンを食べてからにしてはどうかと勧めたらしいが、やはり残してきたみんなが心配だったらしい。パスカル君はそれに同行し、ベレンガリアさんはここに滞在している。


みんなが無事で本当に良かった。もう盗賊なんかどうでもいいや。さて、楽しみにしていたワイバーンだ。どんな料理なんだろう?


それは分厚く豪快に焼かれたステーキだった! 全員の前に次々と並べられていく。香りが堪らない。食前のお祈りはまだか!


「皆様のおかげをもちまして、この度の未曾有の危機を乗り越え生き残ることができました。またゼマティス家壊滅の危機をお救いいただきましてありがとうございました。今宵は我が義妹イザベルと義姪マリーが仕留めたワイバーンをステーキにいたしました。どんどんお召し上がりください。また、先代アントニウスの秘蔵の酒も放出いたしますので、しっかり飲まれてください。乾杯!」


『乾杯!』


伯母さんの音頭で夕食が始まった。出された料理はステーキだけでなく、ワイバーンの肉塊を各自で切り取って好きなように食べる焼肉。ローストビーフではなくローストワイバーン。それらを用意された様々な調味料を駆使して好きに食べるスタイルとなっている。それならば私も魚醤とペプレとワサビを提供しよう。岩塩やソース類は揃ってるもんな。


「やっぱりワイバーンは美味しいわね。私は岩塩を振って食べるのが好きだわ。」


ほう、アレクは塩派か。


「私は魚醤にワサビを溶かすのが好きよ。海のものと陸のもの、そして空のワイバーンを一口で味わえるなんて贅沢すぎるわ。」


ほほう、サンドラちゃんは上手いことを言うものだ。


「僕はこれ、ペガサスの卵に魚醤を少し垂らして……うまーい!」


昔ムリーマ山脈でグリフォンを仕留めた時に見つけた卵だ。結局今日まで食べずに魔力庫に入れっぱなしになってたんだよな。


「え!? 肉を卵に漬けて食べるの?」

「やっぱりカース君って変なのね。」


おっと、そうだった。普通卵は焼くか茹でるかだ。生で食べる奴なんかいないもんな。


「美味しいよ? サンドラちゃんは危ないかも知れないけど、アレクほど魔力があったら大丈夫だと思うよ。食べてみない?」


「そ、そうね……挑戦してみるわ……」

「私はやめておくわ……」


好奇心旺盛なサンドラちゃんが食べないとは珍しい。


「美味しい! 美味しいわ! 卵を生で食べるとこんなにも美味しいのね!」


ペガサスの卵が美味しいのか、卵が全てそうなのか。気になるところだ。私だって生卵を口にしたのは今生では今日が初めてなのだから。


「じゃ、じゃあ私も挑戦してみるわ……」


お、サンドラちゃんも食べてみるか。恐る恐るワイバーン肉を卵に浸して……そのまま小さな口に運ぶ。


「…………美味しい……ワイバーンの躍動感にペガサスの生命力、そこにかすかな海の息吹を感じるわ……」


普段のアレクの役目を今夜はサンドラちゃんがやっているようだ。解説ありがとう。難しいことは分からないけど美味しいよな。


「おーうカースぅー飲んでるかぁー?」


「父上さー、僕はまだ十四歳だよ。酒は飲まないよ。」


くそ、飲みたいぜ。父上は無尽流の人達にかなり飲まされているようだ。さすが人気者。


「ピュイピュイー!」


「おお! コーちゃんも飲め飲めー! この酒はクソジジイの秘蔵の酒だからな。旨いぞー!」


父上とコーちゃんって相性がいいんだよな。

あっ、父上に聞いておかなければならないことがある。


「ねー父上、この前さ、スペチアーレ男爵の話をしてくれたよね? 『酒狂男爵』だっけ。住んでる所を知らない?」


「いやー、正確には知らないなー。この前話した程度だな。アブハイン川の源流、ムリーマ山脈の南側ってぐらいだ。」


「そっかー。ありがと。ちょっと行ってみたいと思ってね。」


「ピュイピュイ!」


コーちゃんもぜひ行きたいらしい。


「なによぅカースはお酒を飲みたいのぉ?」


どうしたアレク?


「いやいや、父上や皆さんに飲んで欲しいと思ってさ。今回はかなり助けてもらったからね。」


「カースのおかげでぇソルは助かったわぁありがとぉカースぅ?」


「もしかしてお酒飲んだの?」


「しらなーいここにあったやつをぉ飲んらだけぇ?」


はっ、これはラブコメあるあるだ。

普段ツンツンなヒロインがうっかりジュースと間違って酒を飲み、急にデレデレするアレだ! でもアレクは普段から私にはデレデレだもんな。しかし普段より甘えっぷりがかわいいぞ。

おっ、私の膝の上に座りこんだぞ。甘えん坊さんだなぁ。


「カースだーいすきぃ!」


これは、すごい破壊力だ。よし、こうなったら寝室に行こう。どれだけこの場が盛り上がってようと知ったことか。私は宴会を抜けるぞぉー!


「じゃあサンドラちゃん、また明日。僕はアレクを連れて休むとするよ。」


「カース君ってホンット自由なのね……」


これだけみんな大騒ぎしてるんだ。私達二人がいなくなったところで、誰も気付くまい。さあアレクをお姫様抱っこして寝室へ直行だ!

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