第664話 キアラと謎のスープ

アレクを送るために領都にやって来た。

ここに来るのも一年ぶりぐらいかな。我が家に寄ってもいいけど、あんまり時間がないことだしやめておこう。

カファクライゼラでコーヒーでも飲んでから帰るとしようかな。


「やっぱりここのコーヒーは美味しいね。」


「ええ、本当ね。ここでカースとコーヒーを飲むなんてかなり久しぶりな気がするわ。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんはコーヒーも好きなんだよね。


「今さらだけど、空を飛ぶって陸路とは全然違うよね。盗賊はいないし魔物は少ないし。」


「私はクタナツに帰るだけで苦労するのに、カースったらあっという間だもの。ズルいわ。」


「あはは、そうかもね。あっ、これ使ってみる? 循環阻止の首輪。」


「ええ、使ってみるわ。もう半年で卒業だし。私もうかうかしてられないものね。」


「さすがアレク。じゃあ頑張ってみて。」


「ええ、ありがとう。本当に何から何まで、カースったら。甘やかしすぎよ。」


「そうかな? まあいいや。」


どうなんだろう? パワーリストをプレゼントするようなものかな……

甘やかしてないじゃん。




そして魔法学校の寮の前までアレクを送り届けた。もうすぐ夕方だし帰らなければならない。


「じゃあアレク。また夏休み前には迎えに来るからね。」

「ピュイピュイ」


「ええ、待ってるわ。」


そう言ってアレクは人目もはばからず私に唇を寄せた。帰りたくなくなるじゃないか……




領都からクタナツまでは四十分ぐらいだろうか。急げばもっと早く帰れそうだ。


クタナツ、北の城門に帰り着くと、巨大な魔物が横たわっていた……

何だこれ? 大亀の魔物?


その魔物の周りを取り囲むように騎士や通行人、冒険者達が群がっている。あ、これってもしかしてタティーシャ村で見た、アスピドケロン? 誰がこんなことを?


「あー、カー兄おかえりー。」


「おおキアラ、ただいま。何かあったの?」


「海に行ったらいたのー。だから持って帰ってきちゃったー。美味しいらしいよー。」


「あー、亀だもんな。そっかー。キアラは凄いなぁ!」


さすがキアラ。こんな巨大な化け物亀をどうやって持って帰ったんだ? 私の魔力庫に入る大きさではない。全長五十メイルはあるし、高さだって三十メイルはある。


「うん! みんなで食べると美味しいもんねー!」


「そっかー。クタナツのみんなで食べたいよな!」


どうやって料理するんだ? 解体は私がミスリルギロチンでやればいいが、味付けとか食べられる部位とか、さっぱり分からんぞ……


「カース君。困るよ……」


「あっ、おじさん。うちのキアラがごめんなさい。」


スティード君のパパ、メイヨール卿だ。


「キアラはクタナツのみなさんにこれを振舞いたいみたいなんです。でも、邪魔ですよね?」


「そうなんだよ。よくもまあキアラちゃんは……」


「分かりました。どうもすいません。じゃあキアラ、もう少し離れた所に移動させようか。」


「分かったー!」


おっ、浮身か。一体この亀は何十トンあるんだ……いや、百トン以上か?

それを軽々と浮かせて移動させている……





「待て。そっちではない。中に入れてもらおうか。」


「あ、お代官様! キアラ、挨拶しなさい。クタナツで一番偉い方だよ。」


「キアラ・ド・マーティンです! いつも父上がおせわになってまーす!」


えらい! さすがキアラ! いい挨拶だ!


「代官のレオポルドン・ド・アジャーニだ。せっかく振舞ってくれると言うのだ。中に入れて皆で食べようではないか。」


「はっ! かしこまりました!」


騎士さん達はビシッとしている。


「じゃあ代官府の前の広場とかがいいでしょうか?」


「うむ。そこにしよう。皆で解体して端から食べたら意外とすぐ無くなるかも知れんがな。」


「はい! じゃあキアラ。城門の上を通してあっちまで運ぼうか。絶対落とすなよ。」


「大丈夫だよー。」


これだけの大亀がそうそう無くなるとは思えんな。代官って意外と冗談を言うタイプだったのか。




移動を終えてアスピドケロンを降ろす。キアラの制御は完璧だ。ドスンとも言わせず静かに鎮座した。ちなみに血抜きはすでに終わっており、頭だけが無い。どうやらキアラは首をぶった切ったようだ。どうやって?




さて、どこから手を付けようか。


「こんばんはカース君。お久しぶりですね。」


「あら、こんばんは。マトレシアさんじゃないですか! ご協力いただけるんですか?」


「ええ、奥様から言われて来ました。これだけの獲物を料理するなんて腕が鳴りますね。」


「こんばんは! カー兄の妹のキアラでーす!」


おっ、やはりいい挨拶! キアラ偉いぞ。


「はいこんばんは。おばさんはマトレシアって言うの。美味しそうな亀さんですね。キアラちゃんは凄いんですね!」


そこからはマトレシアさんの指示通りにミスリルギロチンを動かし、切り落とした部位はキアラが運ぶ。

そうして素材と食材に分けていき、食材は一旦私が片っ端から収納しておく。


解体を続けること一時間、巨大な甲羅と長く太い骨が残された。


よーし、それならこの甲羅を鍋にしてくれようか。いい出汁とか出るんじゃない?

まずは中身をきれいに洗ってと。それから水を少しだけ入れて。まあ少しと言っても百リットルはあるけど。


ここから食材を投入だ。

マトレシアさんも味付けが大変だよな。キアラに体を浮かせてもらって煮えたぎる鍋の真上で奮闘している。熱そう。

そこに色んな人が食材を持って集まるものだから、全部入れてやった。味のバランスとか細かいことはマトレシアさんに任せておけばいいのだ。私は火加減だけ調節しよう。これは意外と魔力制御のいい稽古になるな。

ちなみに丸い甲羅が転がらないのも私が金操で支えてるからだ。浮身で十分なのに、わざわざ金操を使う理由は、特にない。ちょっとやってみたかっただけなんだ。




そうやって煮込むこと一時間。甲羅の周りはうまそうな香りと熱気が漂っている。夏だもんな。熱いよな。私は平気だけど。いつの間にか屋台も増えている。エールを売ったり冷えた酒を売ったりしている。


「そろそろいいですよ。こちらの大鍋に移してもらえますか?」


「はい。いきますよ。」


直径二メイルはある大鍋。しかし甲羅鍋に比べたらスプーンみたいなものだ。そこに移さないと食べられないもんな。『水操』


甲羅の中身はちっとも減ったように見えない。こりゃいくらでもあるな。さて、火を消して私も食べるとしよう。アスピドケロンのスープ、どんな味なんだ。海亀のスープすら飲んだことないもんな。飲みたくない海亀のスープもあるけど。


いつの間にかステージが出来ており、代官がスープを持って登っている。そしてスープを掲げている。


『諸君! 今回の料理は優秀なクタナツの民キアラ・ド・マーティンによってもたらされ、その兄カースとアレクサンドル家の料理長マトレシアによって調理されたものだ! 感謝していただこうではないか! 乾杯!』


「乾杯!」


スープで乾杯をする者もいれば、普通に酒で乾杯している者もいる。それにしても、これだけの大物を前にしてほぼノータイムで城壁内に入れてみんなで食べることを決断した代官の判断力。さすがだよな。


そして美味しい!

初めて食べる味だ。上品で澄んだ味、肉は結構硬いが味わい深い。これは飽きない味だな。うまい!


さすがマトレシアさん。あれだけ適当に食材をぶち込んだのに、うまく仕上げている。私の火加減も絶妙だったに違いない。きっとそうだ。アレクを帰さなければよかった……


わいわいと宴会が始まり吟遊詩人もやってきた。これはいい。オディ兄やマリー、ベレンガリアさんまで集まってワイワイと盛り上がっている。ハッピーだなぁ。

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