第565話 ウリエン VS レイモンド

二回戦終了後、私達の観覧室では姉上がかなりフィーバーしていた。


「分かってるわね!? 全員で兄上コールをするのよ! 」

「そんなのダメよ! 会場のみなさんにも伝わるようにウリエンコールでないと!」


姉上だけでなく、アンリエットお姉さんまでフィーバーしているようだ。初出場でベスト四まで勝ち残っているのだから無理もない。


「分かったわ! じゃあ兄上コールとウリエンコールを交互に行うわよ! まずは練習よ! 私の後に合いの手を入れなさい!」


「勝ーって勝って!」『兄上!』

「強いぞ!」『ウリエン!』

「頼れる!」『兄上!』

「イケメン!」『ウリエン!』

「わたしの!」『兄上!」

「わたしの!」『ウリエン!』


狭い部屋で三回戦が始まるまでひたすら練習させられてしまった。ちなみにイケメンとは俗語で、いけないことをしてしまいたいぐらい面体が整っている男性のことを言う。

これもスティード君は嫌な顔一つせず、むしろ楽しそうに一生懸命行った。そのためますます姉上のご機嫌はうなぎ登りとなった。いったい小遣いはいくら貰えるのだろう? それにしても鰻が食べたいものだ。どこに生息してるんだろう? 蒲焼きなど望むべくもないんだもんなぁ……


『さあ皆さんお待たせしました! 抽選が終わりましたので三回戦を開始いたします! 第一試合一人目はァー! ウリエン・ド・マーティン選手! 王都では知らぬ者なき人気者! 弱冠二十一歳で王太子殿下の近衛にまで任命されるほどの信頼と実績と実力! 模範騎士とまで言われるほどに規律正しい近衛騎士! 出回った姿絵はすでに数万枚とも言われ女性なら年齢を問わずメロメロ! しかぁーし! そんな愛しいウリエン様には容易に近付けませぇーん! 普段は王太子殿下のお側にいるため当然ですが! 何より! ド腐れクソ女こと虐殺エリザベスの妨害がひどぉーい! ウリエン様に近付くにはこの女を排除するしかない! だれかあの女をとめてくれぇー! いや、仕留めてくれてもいい!

二人目はァー! レイモンド・リメジー選手! 王都が誇る剣術流派、無尽流! その正当後継者です! こちらも弱冠三十四歳ですでに道場主! ある種の師弟対決となって参りましたぁー!』


青バラさんの兄上への熱の入れようがすごいな。フェルナンド先生一筋じゃなかったのか? 兄上の人気っぷりが分かるってもんだ。姿絵が数万枚とか……お土産に買って帰ろう。


『さあフェルナンド様! ウリエン選手ですが、今回は鎧を着用しておらず近衛騎士の制服のようですが、どうしたことでしょう?』


『あの鎧を着ていたらレイモンド選手に勝てないからです。明らかに格上の相手であるレイモンド選手に、せめて速度で追い付く可能性を上げるためには、守っていてはだめなのです。背崖はいがいの構えで自分を追い込んでいるのです。』


さすが兄上。レイモンド先生が相手なら鎧なんかあってもなくても変わらないんだろうな。ちなみに背崖の構えとは、背水の陣とほぼ同じ意味だ。


『なるほど! ぜひ健闘して欲しい! さあ決勝トーナメント三回戦、第一試合を始めます! 双方構え!』



『始め!』


『おおお〜っ! ウリエン選手いきなりの猛攻だ! 先ほどと同じロングソードが唸りをあげてレイモンド選手に襲いかかるぅー!』


『いい動きです。レイモンド選手を相手にするのに守勢にまわってはいけません。力の限り攻め続けるところに勝機があるでしょう。』


兄上の鬼気迫る動きもすごいが、それを涼しい顔をして受け止めるレイモンド先生もすごい。私が打ち込んだ時と同じように受けている。まるで「それだ!」「その呼吸だ!」「今の一撃最高だ!」なんて声が聞こえてくるかのようだ。


『レイモンド選手の壁は厚いようです! ウリエン選手、全く崩すことができません!』


『見事な受けです。あれだけのウリエン選手の猛攻を型通りに受けています。基本の中にこそ奥義はある。そのことを体現しています。アッカーマン先生が後継に指名するのも当然です。』


『後継と言えば、フェルナンド様にお話はなかったのですか?』


『もちろんありません。私には向いてないことを先生はよくご存知ですから。年中フラフラ出歩いている男ですから。』


魔境から東の島まで……フラフラってレベルじゃないだろ。


『開始から五分!ウリエン選手の嵐のような猛攻は一向に止みません! スタミナは大丈夫なのかぁー!?』


『大丈夫ではありませんね。あの激しい動きだと持って後三分。本人もよく分かっているでしょう。』


姉上とアンリエットお姉さんがうるさい。いや、スティード君も声の限り応援している。それ以外の私達は手に汗を握って静かに応援している。兄上、がんばれっ……


『気のせいかウリエン選手の動きに乱れが出たように感じますが……あぁぁー! ウリエン選手のロングソードが折れた! いやレイモンド選手によって斬られてしまったぁー!』


『わずかな隙も見逃さない。レイモンド選手はそういう剣士です。しかしまだ……』


兄上は地面に落ちた剣先を先生に向かって蹴り飛ばす。先生は当然受け流すが、その瞬間! 兄上は手に持っていた短くなったロングソードも投げつけた! 先生は姿勢を崩しながらもそれを弾いた! ここぞとばかりに接近する兄上。上段からエビルヒュージトレントの木刀を振り下ろす! やったか!


『ウリエン選手! ついに強力な一撃を叩き込みましたぁー! レイモンド選手ついに受け流すことができずに受け止めてしまいました! これは反撃の糸口となるのかぁぁーー!』


『いや、残念だが勝負ありだ。』


『えっ!? フェルナンド様、それはどういう……ああーっと! ウリエン選手がゆっくりと倒れこんだぁ! どうしたことかぁー!』


『勝負ありだ! 治癒魔法使い殿! すぐに手当てを! ウリエン選手が危ない!』


治癒魔法使いさんが武舞台に駆け上がり兄上をひっくり返し仰向けにする。すると、兄上のお腹からナイフの柄が生えていた……


「キャアアアァァァー! 兄上ぇぇえー!」

「そんなぁぁぁー! ウリエンさん!」


姉上とアンリエットお姉さんは観覧室の窓から飛び降りて武舞台へ向かっていった。今から逆転かという場面だったのに……いつの間にナイフなんか……確かに上段から振り下ろしたんだから兄上の胴体はガラ空きだっただろうけど……


『何という早業! レイモンド選手! 目に見えぬ間にウリエン選手の腹にナイフを突き刺していたぁー!』


『驚きました。まさかウリエン選手がここまで強くなっていたとは。レイモンド選手はもっと穏便に勝つ予定だったようですが、奥の手を出さざるを得なかったのです。』


『奥の手とはあのナイフのことでしょうか?』


『いいえ、あれはただのミスリルナイフです。いつ刺したのか見えなかったでしょう? あの動きこそが奥の手、無尽流の奥義です。』


まさか! 初めてアッカーマン先生に会った時に頭を叩かれたあれか!? 防御しようとしても気付いたら当たってたあれ!?


『奥義なのですね。ああっ! レイモンド選手の剣が折れています! ウリエン選手の最後の一撃を受け止めたためでしょうか!? ウリエン選手は最後に一矢報いたのです! 皆さま! 両者に盛大な拍手をお願いしまーす!』


『折れたのは剣だけではないようです。あれほどの一撃を受け止めてしまったのですから。』


レイモンド先生を見る限り無傷だが、フェルナンド先生にはバレているってことか。手首でも折れたのかな?

それより私も治療室に行こう。兄上が心配だ。

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