第541話 祝勝会

治療室に戻ってみると、アレクはまだ寝ていた。鋭い目をした色気漂う治癒魔法使いさんによると、特に問題ないそうだ。あれだけ全身酷かった火傷もすっかり治っている。念のため高級ポーションを置いていったのが少しだけよかったそうだ。さすがに髪の毛はどうにもならない。でもショートカットのアレクも快活で可愛らしい。

このまま寝顔を見ながら待っていよう。




ややあって、治療室にスティード君とサンドラちゃんが来てくれた。

「カース君おめでとう! すごい勝負だったね。」

「カース君、アレックスちゃんの具合はどう?」


「来てくれてありがとう。もうアレクは問題ないよ。寝てるだけ。」


「よかった。本当に凄い戦いだったわね。カース君も危なかったんじゃない?」


「危なかったよ。脇腹と大腿部を刺されちゃったよ。しっかり毒は塗ってあるし、すっごく痛かったんだよ?」


私に毒は効かないが、なぜか傷口が痛くなおかつ苦いという変な感覚も味わってしまった。

しかしまさかあんな方法で私の脇腹を刺すとは……アレクにしかできない方法だ。


「脇腹? 脚は分かるけど、いつ脇腹なんか?」


スティード君が訝るのも当然だ。私達以外誰も知らないだろう。


「アレクの逆巻く激流を返した後なんだけど、短距離転移の応用で刺されてしまったんだよ。」


「短距離転移ですって!? アレックスちゃんはそんなものまで使えるの!?」


「僕も知らなかったんだよ。同じタイミングでおじいちゃんから習ったのに、僕はまだ使えないんだ。」


治療中に気付いた。試合前にアレクから抱き着かれた時だ。ウエストコートの下に短距離転移の魔法陣が忍ばせてあったんだ。こんなのアレクにしかできない大胆な手段だよな。それよりも、よくあの試合中に発動できたものだ。あれだけの魔法を使いながら、くらいながら……


「本当に凄いのね。並大抵の努力じゃなかったでしょうね。そこまでしてカース君に……」

「脚の方は? どうやってカース君の防御を突破したの?」


「魔法防御もトラウザーズも、力尽くで突破されたんだよ。アレクの持ってる短剣はサウザンドミヅチの牙から出来てるからさ。」


これは私の油断だ。アレクの武器については全く警戒していなかった。私は口では油断しないなんて言いながら、いつも油断で怪我をしている。


「す、すごい短剣を持ってるのね……どうせカース君のプレゼントなんでしょ?」


「そうだよ。正確には牙だけをプレゼントしたの。アレクったら普段から解体に使ってるものだから全く警戒してなかったんだよね。」


まるでフェルナンド先生に目を切られた時のように自動防御ごと切り裂かれてしまったもんな。怖い短剣だ。


「ところで、僕は来週の武闘会も見学するつもりだけどスティード君はどうする? 学校を休むのがまずければ、明日送って行くよ。」


「うーん、悩んでるんだよね。普通なら参加すら出来なかったはずだけど、せっかく王都にいるんだから見ておきたいよね。」


「居なさいよ。たった一週間じゃない。」


たぶん学校の授業一週間分より武闘会を見学した方が勉強になるだろうな。スティード君なら特に。




「う……ん、カース?」


「起きたね! 具合はどう?」

「アレックスちゃん! 大丈夫?」

「アレックスちゃん、調子はどうなの?」


「負けちゃったのね……やっぱりカースは凄いわ……」


「アレクも凄かったよ。いつの間に短距離転移が使えるようになったの? 仕込みもお見事だったよ。」


「カース君から聞いたよ。よくあれだけのことをしたもんだよね。」

「カッコよかったわよ。カース君が浮気をしたらいつでも刺せるわね。」


「もう、サンドラちゃんったら! カースは浮気なんてしないわよ! スティード君と違って。」


「ええっ!? 僕!? しないよぉー!」


「あー、スティード君とアイリーンちゃんが怪しいなー。」


「カース君まで!?」


猛虎スティード君もアレクにかかればイジられキャラか。いつからこうなったんだろ? サンドラちゃんも乗っかって楽しそうにイジってるし。




「はいはい、元気になったんならさっさと帰んなー。イチャイチャしてんじゃないわよ。二人合わせて金貨十二枚ね。」


治癒魔法使いさん、居たのか。


「はいどうぞ。二日続けてお世話になりました。とても感謝しております。」


本当に助かった。火傷だらけだったアレクが傷一つなく治っているのだから。そうでなければあそこまで高温の火球など使えなかっただろう。


「ちっ、若いっていいねぇ。」





この日の夜はゼマティス邸でパーティーとなった。スティード君やサンドラちゃんはもちろん、兄上や姉上、ソルダーヌちゃんやエイミーちゃん、その上フェルナンド先生まで来てくれてとても楽しい夜となった。コーちゃんともお昼ぶりの再会だ。「ピュイピュイ」


ゼマティス家の家族を含むほぼ全員から私達の戦いぶりを褒められてしまった。壮絶だったもんなぁ。


それから、先生とおじいちゃんは酒の趣味が合ったようで楽しく飲んでいた。

ちゃっかりコーちゃんも酒を飲んでいるし。酔いが回ったおじいちゃんの余興はとても面白かった。水の魔法で等身大の人形を作り、クネクネと踊らせたのだ。それがまた人間にはまず不可能なコミカルな動きをするものだから見ているみんなも大笑い。コーちゃんも競うようにクルクルと踊ってみんなを和ませてくれた。かわいいなぁ。


結局スティード君もアレクも学校を休むことに決めたらしく、もう一週間滞在することになった。サンドラちゃんも学校を休んでスティード君と過ごすそうだ。

それを聞いたおじいちゃんはますます上機嫌になった。どうやらおじいちゃんの中ではスティード君とサンドラちゃんも孫扱いらしい。一週間ずっと泊まっていけと催促していた。もちろん兄上と姉上にもここに住めと駄々をこねていた。


その兄上だが、両隣を姉上とアンリエットお姉さんに挟まれて二人から『はい、あ〜ん攻撃』を受けていた。それどころか「王太子殿下は〜」「近衛の仕事は〜」「王太子殿下のご息女は〜」「最近の稽古は〜」などと質問攻めを受けている。すっかり兄上が話題の中心となってしまった。本日の主役は私とアレクじゃないんかい! でもそんな兄上が誇らしい。姿絵まで出回っているそうだ。どこまでも誇らしい!


反抗期かと思われたゼマティス家の二男、ギュスターヴ君すらキラキラした目で兄上を見ているぐらいだ。ここには優勝者のスティード君や剣鬼フェルナンド先生までいるってのに。彼にとっては兄上こそがヒーローなんだろうなぁ。


シャルロットお姉ちゃんは意外にもサンドラちゃんと話が合うようだ。小難しい勉強の話をしている。粒元体とか原子とか聴こえてくる。そこに先生が興味を示し、二人に質問をしまくっていた。サンドラちゃんにはいい刺激になったことだろう。


宴もたけなわ。そろそろお開きかと思えば、スティード君は兄上に稽古をお願いしていた。こんな時にまでスティード君はストイックだよな。でもそうそう機会なんかないもんな。兄上も快諾しており、外に出る二人。付いて行くのは姉上とアンリエットお姉さんとギュスターヴ君。私は行かないし、サンドラちゃんも行かない。

二十分後、兄上だけが戻ってきて先生に稽古をお願いしている。結局ストイックなのは兄上も同じか。先生は酔って上機嫌。快く外へ出ていった。


それを尻目に私はアレクを連れて風呂に入ろう。そしてもう寝よう。私達はもう限界なのだ。限界ラバースだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る