第490話

結局この日の夜はアレクと二人でゼマティス家に泊まることになった。おじいちゃんは喜んでいた。

おばあちゃんからシャルロットお姉ちゃんが怪我をしたことを聞いたおじいちゃんは顔面蒼白だった。しかしおばあちゃんはアレクサンドル邸で怪我を負わされたことは言わなかった。きっと何か考えがあるのだろう。


そして翌日サラスヴァの日、私はアレクとダキテーヌ家へ行くことにした。ベレンガリアさんからの手紙を渡すだけなのだがゼマティス家の馬車を用意してもらった。アレクが居るからかお姉ちゃんも付いて来るとは言わなかった。


馬車が到着したのは同じ第三城壁内ではあるが城門に近いエリアにあり、あまり大きくない家。ゼマティス邸より小さく、この辺りの平均的なサイズのようだ。上級貴族……だよな? 門番がいないので呼び出しボタンを押す。これは来客を知らせる魔道具だ。これを屋敷に設置するということは、門番を用意できないほど貧乏という意味になるためあまり普及していない。逆にクタナツのような辺境では、便利だということで普及しつつある。


門が開き現れたのは、歳の頃は三十前に見える普通のメイドさんだ。


「いらっしゃいませ。当家にどのような御用でしょうか」


「私はカース・ド・マーティン、こちらはアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル。ベレンガリアさんから手紙を預かっております。三通ほどございますのでお渡しください。なお、今週デメテの日までにゼマティス家にお返事を届けていただければ、ベレンガリアさんに渡すこともできます。」


「かしこまりました。わざわざありがとうございます。確かにお渡ししておきます」


「パスカル君にカースとアレクサンドリーネが来たと、よろしくお伝えください。では失礼します。」


さて、これでスッキリ。もう何の用事もない。遊ぶだけだ。第三城壁内という貴族街でのデートを楽しもう。そうなると馬車はもういらない、アレクと腕を組んでウキウキと歩くのがベストだ。


アレクの発案により王城を見に行くことになった。かなり大きいので王都の色んな場所から見ることはできるが、その中でも絶景スポットのような場所があるらしい。


歩くこと二十分、南の城門付近にやってきた。ここから第二城壁内エリアに出て後ろを振り返ると王城までの広く長い一本道が見える。北海道かアメリカの道路のように距離感がおかしくなりそうだが……道には人、両端には建物があるため不思議な場所に迷い込んだかのような印象を受ける。

さらに離れてから見ると、第三城壁の城門内に王城がすっぽりはまって見える。このことから第三城壁南門を守護門とも呼ぶらしい。


「さすがに王都の門は立派だね。道は広いし人は多いし。」


「そうね。領都の城門もすごいけど、やっぱり王都は城壁も城門も規模が違うわね。」


クタナツの城壁もかなりのものだが、さすがに王都の第三城壁はレベルが違う。高さ五十メイル、厚さも十メイルはありそうだ。


このようにして一日中ブラブラとデートを楽しんだ。夜は王の海鮮亭で二人きりの時間を過ごそう。






カースとアレクサンドリーネが呑気にデートをしている頃、ゼマティス家ではカースの祖母アンヌロールに伯母マルグリットが相談していた。


「お義母様、お義父様にご報告なさらないでよろしいのですか?」


「ええ、放っておきなさい。我が子を傷つけられた貴女は収まらないかも知れないけれど。」


「いえ、私などは。それより今ならアレクサンドル家にいくらでも恩を売るなり叩くなりできるのでは?」


「できるわね。王都から追い出すことすらできるわね。ところで、アレクサンドル家が弱って一番喜ぶのは誰かしら?」


「あ、もしかしてアジャーニ家ですか?」


「その通り。ただでさえ王都随一の勢力を誇るのにアレクサンドル家が没落してごらんなさい。手が付けられなくなるわ。」


「それならまさに寛大な心で手を差し伸べるなり、いくらでも貸しを作れるのでは?」


「それも悪くないわね。でも正解は放置。理由はゼマティス家が魔法指南役『魔道貴族』だからよ。私達が忠誠を誓うのは王家のみ。くだらない争いに関わるべきではないの。あの人に知られたら大変なことになってしまうわ。それで喜ぶのはアジャーニ家だなんてね。」


「それもそうですわね。」


「それに孫バカのアントニウスがシャルロットを傷つけられているのに平然と接してきたらアルノルフはどう思うかしらね?」


「それはかなり不気味かと……」


「そうね。考えが読めなくてさぞかし混乱するでしょうね。まあ敵対してくれなければそれでいいのよね。万が一、誠実に謝罪を申し入れてきたのならそれはそれで和解すればいいだけね。」


「じゃあもし、逆恨みでこちらに矛先を向けてきたら?」


「カースの契約魔法がどれほどの効力か分からないけど、あの子の魔力を考えたらまず破ることは不可能。アルノルフが生きている間は安全ね。」


その考えでいけばアルノルフの死後にアレクサンドル家がゼマティス家に牙を剥いてくる可能性が高いのだが、実はそれは大した問題ではない。そもそもゼマティス家は敵だらけだからだ。魔法指南役の座を狙う者は後を絶たない。それでも百四十年の長きにわたり指南役であり続けたのはその魔力と技、そして王家との関係にある。

ゼマティス家の秘伝『経絡魔体循環』によりローランド王家の直系は幼少期より地獄の苦しみと引き換えに絶大な魔力を得る。そんなゼマティス家が保護されるのは当然なのだ。

敵対さえしなければただの法服貴族、子爵家でしかないが、一度ひとたび決闘となればいかなる相手も容赦なく始末してきた。そのような歴史を積み重ねてきたため、敵が少ないはずがなかった。


「エリザベスもイザベルそっくりになってきたわね。まあうちはグレゴリウスもガスパールもしっかりしてるから安泰ね。」


「ええ、うちの人ったら夏休みになったものだから張り切ってガスパールを修行に連れて行くなんて。ギュスターヴも行けば良かったのに。」


グレゴリウスはイザベルの兄、ガスパールはその長男である。二人とも武者修行が大好きだったりする。カースと少しだけ気が合うかも知れない。

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