第489話

アレクサンドル家での騒乱を横目にカースは何食わぬ顔でゼマティス家に帰っていた。


「おばあちゃんただいま。聞いてください! アレクサンドル家ってひどいんです! いきなりお姉ちゃんに斬りかかったんです! お姉ちゃんは怪我をしてるんです! 診てあげてください!」


アンヌロールは頭が追いつかない。あのアレクサンドル家がわざわざシャルロットなどに斬りかかる? なんのために?


「え、ええ、幸い急所には当たってないようね。血が派手に出てるだけよ。」


カースとしては見殺しにしても構わない気はあったようだが、無事に越したことはない。


「ところでおばあちゃん、この子が僕の最愛の女性、アレクサンドリーネです。」

「お初にお目にかかります。アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。いつもお孫さんにはお引き立ていただいております。」


「ようこそアレクサンドリーネさん。可愛いらしいお嬢ちゃんね。カースをお願いね。」


それからカースは先ほどの出来事を説明する。もちろん契約魔法をかけたこともだ。


「そ、それはどうしたことかしらね……」


「申し訳ありません! 私が賭けなんかしてしまったばかりに!」


アレクサンドリーネが言うには、アルノルフから無理矢理賭けを吹っかけられたようだ。彼の無理難題にカースがビビって帰るか帰らないかを。アレクサンドリーネにはそれを突っぱねることなど不可能だったのだ。


「もちろんアレクは悪くないよ。気にしないでね。後はおじいちゃんに任せておこうよ。ね、おばあちゃん?」


「ええ、任せておきなさい。それにシャルロットを傷物にしてくれたんだしね。」


アンヌロールは頼りになるようだ。


「お姉ちゃん調子はどう? 改めて紹介するね。この子が僕のかわいいアレクサンドリーネだよ。」


パシン……乾いた音が響いた。カースがシャルロットに頬をはたかれたのだ。


「アンタ何考えてんの!何人死んだと思ってんのよ!」


「お姉ちゃんこそ何言ってんの? 僕らは殺されそうになった上に大事なアレクまで人質に取られてたんだよ? むしろジジイを許してやっただけ寛大だと思うよ。」


「で、でも何もあそこまでしなくても……」


「それは一理あるね。半壊ぐらいで済ませても良かったかも知れない。でも今後のことを考えると僕の力を示しておく必要があったんだよ。次はアレクサンドル領で同じことが起こるってね。」


「それよりカース、私もう……」


カースはいきなりアレクに手を引かれて移動する。屋敷を走りとある客室に乱入する。







「ああっカースッ!」


前にも見たな、この状態。アレクは発情しているかのようだ。飢えた野犬のように私に抱きついてくる。何て魅力的なんだ。

私も負けじと応戦する。


攻撃の応酬は続き、腕も背中に絡めてくる。力強く抱き締めたかと思えば、私の首筋を優しく撫でる。悪い子だ。


「さっきのカース、最高だったわ。私ちゃんと忠告したのよ? 遊びでカースに手を出すと大変なことになりますって。」


「上級貴族ってだめだよね。自分が望めば何でも叶うと思ってるんだろうね。普通に昼食を食べて和やかに談笑してればいいのに。お姉ちゃんを連れて行ったものだから舐められたのかな?」


「そうなのかも、一人で来るかどうかも見てたみたいだから。」


「付いて来るって聞かなくてさ。まあ道案内は助かったけど。」


アレクは抱きついて離れない。本当にかわいい子だ。







その頃、祖母アンヌロールはシャルロットからも話を聞いていた。カースの話と大差はないが、シャルロットの主観が入っているものだった。


「カースったらアレクサンドル卿の言うことをあっさりと嘘だなんて言うのよ! 私もう冷や冷やしたわ!」


「それだけカースはあの子のことを信頼しているのね。羨ましいわね?」


「べ、別に羨ましくなんか! それよりあのお屋敷が本当に更地になっちゃったのよ! あいつ大丈夫なのかしら!?」


「大丈夫でしょ? イザベルだって似たようなことは何件もやったものだし。今回も話を聞く限り問題はなさそうよ。親子よねぇ。」


シャルロットは絶句している。姉のアンリエットは叔母イザベルを超えると公言して憚らないが、自分にそんな気はない。身の程を弁えているからだ。才能も実力もない自分は人並みの生き方をすることだろう。しかしカースはそんな自分とは隔絶したレベルだと言うことだ。

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