第488話
時刻は昼前。ほぼ約束通りの時間だ。私とお姉ちゃんはアレクサンドル家の上屋敷前に到着した。魔力探査と発信の魔法を使ったところ、アレクは建物内にいるようだ。
メイドさんに案内された場所は応接室だろうか。お姉ちゃんは緊張を隠せないようだ。室内にはジジイが待っていた。アレクはいないのか?
「よく来たのう。儂はアルノルフ・ド・アレクサンドル。平たく言えばアレクサンドル一門の領袖よ。」
「こんにちは。カース・ド・マーティンと申します。」
「お初にお目にかかります。シャルロット・ド・ゼマティスでございます。ご当主様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「呼びだてしてすまぬな。実はアレクサンドリーネなのだがな、タチの悪い下級貴族に付きまとわれておるらしくての。儂に助けを求めてきおったのよ。」
何言ってんだこのジジイ。アレクが私以外に助けを求めるわけないだろ。
「そうですか。大変ですね。で、それが僕に何か関係があるんですか?」
「ちょ、ちょっとカース!」
「皆まで言わねば分からぬか? お主が恐ろしいからアレクサンドリーネはここに逃げ込んで来たのよ。この落とし前をどうつけるつもりじゃ? のう?」
「正気ですか? そんなバレバレの嘘をついてどうするつもりですか?」
「嘘ではない。お主はアレクサンドル一門の領袖たる儂の言を嘘と断じると言うのか? その覚悟があるのか?」
「正気ですか? そんなバレバレの嘘をついてどうするつもりですか?」
このジジイ頭がおかしいぞ。それで脅しているつもりなのか? 周囲に護衛はいるし、天井裏にも数人いるようだが。
「ね、ねぇカース……」
お姉ちゃんは心配そうだが知ったことではない。
「ゼマティス家の娘よ。お主はどう思う? 儂が嘘をついているとでも?」
「うっ……いや、私はその……」
ポンコツかよ。頼りにならないな。別にいいけど。
「では僕達がこのまま大人しく帰れば解決ですか?」
「ほっほっほ。それなら確かに解決じゃのぉ。アレクサンドリーネはこちらで保護しておくからの。安心して帰るがいい。」
殺すぞジジイ…….
「あのさージジイさんよぉ。正気ですか? さっきからバレバレの嘘をついて何がしたいんですか?」
「カ、カース!?」
「ほほう。先ほどといいそこまで言うからにはよほどの確証でもあるのか? 向こう見ずなのは若者の特権じゃが限度はあるぞ?」
「確証も何もアレクはすぐそこにいることぐらい分かってるぞ? もし少しでも傷が付いていたら、この屋敷を丸ごと更地にするからな。」
「ちょっとカース!?」
同じ一門同士で何やってんだ? それとも本家からすれば分家なんて使い捨てとでも言うのか? 許せんな。
「心配するでない。アレクサンドリーネとは少々賭けをしておってな……やれ!」
突然ジジイの護衛達が襲ってきた。
可哀想に……お姉ちゃんは腕を斬られて怪我をしている。
「あーあ。ゼマティス家にケンカを売ってしまいましたね。知りませんよ。」
「お主……目の前で
「何言ってんのかよく分かりませんが、本日のことはおじいちゃんにしっかり伝えておきますね。残念ながら更地は決定で。詫びがあるなら聞くが?」
私にも斬りかかってはきたが、もちろん返り討ちだ。お姉ちゃんに傷をつけるとは何て酷いことをするんだ。おじいちゃんは絶対ブチ切れるだろうな。さて、お姉ちゃんは放っておいてアレクの所に行こう、あっちか。コーちゃんを鞄から出して先に行っておいてもらおう。「ピュイピュイ」
「待たぬか! 怪我をした女子を放置するのか!?」
バカかこのジジイ? アレクより優先するものなんかないぞ? しかもテメーが怪我させたくせに。
まあいいや。詫びもないことだし、この屋敷は更地決定だ。後はアレクさえ見つけたら終わりだ。方向は分かってるのですぐ見つかるだろう。お姉ちゃんは放置だ。可哀想だが死にはしないだろう。
護衛のおじさん達や無辜のメイドさん達には申し訳ないがここは更地にするからね。
ドアをブチ破り、壁をブチ壊したどり着いた部屋にアレクは居た。
「カース! 待ってたわ!」
「アレク無事?」
「ええ、待ってたわ。やりたくもない賭けをさせられてしまったの。来てくれてありがとう。」
「賭けの内容が気になるけど、ここを更地にすることにしたよ。一応お姉ちゃんを助けてからだけどね。」
「やっぱり怒ってるわよね。巻き込んでごめんなさい。」
「怒ってるのはあのジジイにだよ。バレバレの嘘ばっかりついて僕を脅したんだよ? さっさと帰ろうね。」
『燎原の火』
『火球』『火球』『火球』
木造部分も石造りの部分も全て焼き尽くす。一応さっきの部屋にお姉ちゃんを探しに行こうかな、丁寧に扱ってたらお目溢しぐらいするぞ?
周囲ではメイドさんやら護衛やら執事さんやらが慌てふためいている。水の魔法で消火を試みる人もいる。しかしそれは文字通り焼け石に水だ。白煙が視界を悪くするだけで大した効果は出ていない。
先ほどの部屋に戻ってみたが、やはりもぬけの殻だった。そりゃそうか。つまりお姉ちゃんも連れて逃げたってことだな。人質に取っても無駄だと殺されてなくてよかった。
では『水球』
天井に大穴を開けて外に出る。延焼を防がないといけないからな。
アレクとコーちゃんを連れミスリルボードに乗り上屋敷の上空へ。『水壁』
屋敷の外壁内を水壁で取り囲む。これで延焼は防げるだろう。
下からは魔法がガンガン飛んでくる。ミスリルに当たるから防御するまでもないんだよね。お姉ちゃんは見当たらない。
では更地作業へと移ろう。『浮身』
崩れた屋敷のパーツから比較的大きな岩や柱を浮かせて収納する。次に細かいパーツもだ。あまり小さいのは収納するのも面倒だがら隅に積み上げておこう。
解体しながらも撃たれる魔法には『狙撃』で反撃をしておく。殺すつもりはないので肩にしか当ててない。時折近くまで飛んでくる者もいるが近寄る前に狙撃している。
広い庭にメイドさんや料理人達が集まっている。その中にあのジジイとお姉ちゃんが見えた。『水鞭』
巨大な水の鞭でお姉ちゃん以外を薙ぎ払い、お姉ちゃんは浮身でボードの上に保護しておく。
そろそろ王都の騎士団も来る頃だろうか。
ミスリルボードを上空に浮かべたまま私は一人でジジイの前に降り立つ。
「詫びをいれろ。そしたらテメーの命は勘弁してやる。」
「き、キサマ、何ということを! 自分が何をしたのか分かっておるの『氷弾』かっごぉ!」
脛を撃ち抜いた。
「詫びを入れる気がないのか? ないなら殺す。護衛、執事、メイドの順にだ。テメーは最後だ。謝るかどうかじっくり考えるんだな。」
私が話している最中に何人か襲ってはきたが、全て返り討ちにした。殺してはいない。
「五秒に一人殺す。四、三、二、一……」『狙撃』
先ほど襲ってきた護衛が十人程度転がっているのでまずはそいつらからトドメを刺す。しかもメイドや執事達も逃げられないよう全員の大腿部の高さまで水壁で固めてある。
一分が経過し、生きている護衛はいなくなった。
「次は執事を殺す。テメーが非を認め詫びをいれれば火も消してやるんだがな。逃げ遅れた家族とかいねーのか? 五、四、三、二、一……」『狙撃』
有能そうな執事が一人死んだ。可哀想に、こんなジジイに仕えたために。
「ま、待て! 待ってくれ! 儂が、儂が悪かったぁ! 勘弁してくれぇぇー!」
『高波』
約束だから火を消そう。もっともほぼ更地になっており所によっては溶岩のような状態になっている。そんな所に大量の水を流したものだから、水蒸気爆発とまではいかないがそれなりの規模の噴煙が上がる。
「さて、落とし前の時間だ。まずは約束してもらおう。今回のこの不幸な事故の責任は全てジジイ、テメーにある。こちらに一切の非はない。もうすぐ王都の騎士団が到着するだろうからそう説明しとけ。」
「あ、ああ、おっぐどぉ」
「契約魔法だ。テメーはもう逃げられない。」
魔力特盛でかけてやった。
「あ……ああ、分かった……」
「それからテメーのことだ。このぐらいでは懲りてねーだろ? この場は引いても絶対また仕掛けてくるよな? そこで約束だ。別に仕掛けてきてもいいが、俺がテメーらの仕業だと判断したらこれと同じことがアレクサンドル領で起こるからな? マーティン家はもちろん、ゼマティス家、クタナツのアレクサンドル家、どこに対してやってもだ。当然俺がそう判断しただけでテメーは真っ先に死ぬ。口が開かなくなる上に両手で口を覆うだろう。せいぜい大人しくしとけ。分かったな?」
「あ、ああ、っとなぬっし」
「俺の気分次第で死ぬってことを肝に銘じておけ。
さて、帰るか。ボードに飛び乗る。とりあえずゼマティス家に戻るかな。
正直やり過ぎた気もするが、構わんだろう。やりたいようにやる、自由に生きると決めたことだし。
カース達がいなくなり、水壁も解除された。しかし誰一人動こうとしなかった。建国以来の名門アレクサンドル家がこんなにも脆く崩れ去るなんて。誰も正気ではいられなかったのだ。
「な、なぜ、こんな、儂は、アレクサンドル家は……」
敗因はいくつかある。
一つにカースで遊ぼうとしたことがある。アレクサンドリーネとの賭けは、アルノルフの言いがかりに尻尾を巻いて帰るか帰らないか。アルノルフとしては年の割に気丈なところか、それなりの胆力でも見られれば満足するはずだった。アドリアン夫妻が認めたという理由の一端でも探れればよしと考えていたのだ。
それをカースは一歩も引かずアルノルフの言葉を嘘だと切って捨てた。護衛をけしかけたのも実力を見るためだったのだが、完全に裏目に出てしまった。連れの少女には目もくれずアレクサンドリーネを確保するとは。
二つ目はその護衛が一流ではなかったことだ。アレクサンドル家領袖及び上屋敷の護衛なのだから金にあかせて一流の人物を雇い入れるべきなのだろうか? しかし、ここに貴族の見栄と実利のせめぎ合いがある。例えば剣鬼フェルナンドのような超一流を護衛に雇ったとする。すると他の貴族達はこう考える。
「あれほどの護衛を雇うなんて何にビビってんだ?」
「何か後ろ暗いことでもあるのか?」
はたまた……
「あれほどの人物を御することができるとは、さすが大貴族の当主」と。
貴族社会は魑魅魍魎。アルノルフは自分の胆力を誇示するために一流半程度の護衛しか雇っていなかったのだ。それでも元五等星冒険者や魔法学院首席卒業者など世間から見れば強者を用意していたのだが。そもそも目の上のたんこぶ、アジャーニ家以外でアルノルフの敵にはなり得ない。つまり油断しきっていたのだ。
三つ目はカースに主導権を握られたこと。いきなり暴れ出し、理解が追いつかぬうちに建物は全壊、更地と化した。一流半の腕を持つ護衛が一対一でカースと正対したなら方法次第で勝つこともできただろう。しかし空高くから襲って来る魔法の数々、周りは火の海。実力など発揮しようがない。飛び上がれば撃ち落とされ、下から撃った魔法はミスリルに弾かれる。手の打ちようがなかったのだ。唯一のチャンスは応接室での邂逅、あの時こそがカースを仕留める唯一の機会だったのだ。
もしも、護衛がフェルナンド並みの腕だったのならカースはあっさり死んでいたかも知れない。
四つ目、自慢のアレクサンドル騎士団が不在だったこと。そもそも彼らは王都に長期滞在することはない。アルノルフなど一族の重鎮が本領と王都間を移動する際は必ず騎士団が護衛をしているが、王都に自家の騎士団を駐在させることは王家への叛意を想起させるためだ。
最後に五つ目。アレクサンドリーネを出汁に使ったことだ。カースの姉エリザベスはウリエンが絡むと容易く人を殺す。そんな姉にドン引きしていたカースも所詮同じ穴の狢だったのだ。アレクサンドリーネに関して有りもしない話をでっち上げてわざわざカースの怒りを買ったのだ。アルノルフの悪ふざけが如何に高く付いたか、後悔しようがもう遅いのだ。
多くの護衛に片腕とも言える執事長、そして歴史ある上屋敷を失った。これは王都での影響力の低下を意味する。恥も外聞も捨てて国王に泣きつく方法はあるが、それをやってしまえば本当に終わる。カースを道連れにはできるかも知れないがアレクサンドル家の名声が地に落ちてしまう。十代前半の小僧にいいようにやられてしまったのだから。それだけは避けなければならない。アルノルフはやって来た王国騎士団に協力を要請することはできず、断腸の思いで死んだ護衛達の内輪揉めの結果として処理する道を選んだのだった。
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