第321話
十一月、すっかり肌寒くなってきた秋真っ只中。今月最初のデメテの日、私はアレクと『クランプランド』に来ている。
本日はマギトレントの大型湯船を受け取りに来たのだ。
「こんにちはー。できてるー?」
「……おう。……できてる。」
おおう、一つ目の自宅用は普通サイズだったが、今回のは五メイル四方の広さ。アレクサンドル家の湯船よりも大きい。贅沢すぎる。
「すごいわね。カースが取ってきたマギトレントがこんな風に仕上がるのね。単に木を切って組み合わせたってだけじゃないわね。細部に仕事がしてあるわ。」
さすがアレク。私にはさっぱり分からない。
「……マギトレント材は湯の吸収と排出を繰り返す。……そうすると木材が収縮する分、……割れやすくなる。……そこを意識して加工しないと、……すぐに寿命が尽きる。」
そうなのか。やはり職人にお願いしないと無理だったんだな。金属での湯船作りには自信を持っていたが木材は全然違うな。
「ボンドゥさんありがとう! また感想を伝えに来るね!」
「……おう。……待っている。」
そして湯船を収納。いよいよアレクとの入浴タイム。湯浴み着はすでに納品済み!
「さてアレク。楽しいお風呂タイムだよ。大空に登るんだけど、スタート地点はどこにしようかな。」
「は、恥ずかしいから……クタナツの外がいいわ。」
恥ずかしいから外がいい。変な言葉だ。わざわざ風呂に入るのに魔境に出かける私達は間違いなく変だ。だから仕方ないな。
さて、クタナツを出て北に十キロルほど進んでみた。途中で魔力が切れても大丈夫なようにアレクに魔力ポーションを保管しておいてもらう。そして首輪を外し準備完了。
先日の失態を取り戻すべく、私は一瞬で着替える技を手に入れた。魔力庫を改造すればよかっただけなのだ。魔石なしでやってもらったので高くついたがこれで戦闘中だろうとすぐにサウザンドミヅチの装備に着替えることができる。
アレクの前にて一瞬で麻の湯浴み着に着替えてみせる。一瞬裸になる、なんてこともない。完璧な着替えだ。
「あらカース。魔力庫を改造したの? 魔力を無駄遣いしてるような気もするけど便利そうね。」
そうなのだ。今回の改造で最大魔力が三パーセントぐらい無くなってしまったのだ。断腸の思いではないが、それなりに苦い決断だった。
ちなみに消費する魔力は普通に出し入れする場合の十倍ぐらいだ。
「かなり便利だよ。じゃあアレクの周りを闇雲で覆うから、着替えが終わったら言ってね。」
アレクの四方をカーテンのように黒い雲で覆う。ちなみに上は空いている。
その間にお湯を溜める。浮かせることができるか自信がないので半分だけだ。
現在、鉄キューブは三百キロムぐらいに大きくなっている。その重さなら浮身でも金操でも楽勝なのだが、今回は桁が違うからな。
万が一、上空で魔力が切れたら……
・魔力ポーションを飲む
・お湯を捨てる
・再度浮身を使う
この作戦で行こう。
「着替えたわよー。」
闇雲解除。
そこには白い湯浴み着に身を包んだ可憐なアレクが。
「飾り気のない服を着たら余計にアレクの魅力が分かってしまうね。かわいいよ。」
「もう……// バカ……」
「さあ入ろうか。いいお湯だよ。」
秋風が吹き抜ける危険な荒野で薄着、入浴。
誰が見ても正気ではない。
「はぁ〜いいねぇ。魔境を見ながら風呂って妙な気分だねぇ〜。」
「ふふ、そうね。不思議な気分ね。頭がおかしくなりそうよ。常識って何かしら?」
私にも分からない。やりたいことをやるのだ。
「じゃあ上げるよ。」
『
『
金操で一メイルほど浮かせてから浮身に切り替える。思ったよりキツくない。水量が半分だから十五トンぐらいだろうか。
『
お湯を追加してみた。八割ぐらい溜まっている。満タンにはしなくていいだろう。
いつの間にやらかなりの高度。指で作った丸にクタナツが収まる高さだ。ここに留まろう。
「いい眺めだね。」
「本当……私、王国一幸せだと思うわ。隣にはカース、気持ちの良いお風呂、素敵な眺め。そしてこれも。」
アレクが魔力庫から何かを取り出した。
まさかこれは!?
「カースの好きなペイチの実。これはマトレシア特製のペイチサワーよ。飲んでみて。」
「美味しい! いつだったか領都で飲んだやつより凄く美味しい!」
「よかった。マトレシアは頑張ってくれたのよ。」
「ありがとね。僕だって王国一幸せだと思うよ。今日もそうだし、この前の誕生日もそう。こんなに幸せでいいのかと思うね。」
「いいんじゃない? カースが自力で手に入れたものだと思うわよ。だってクタナツで親の七光りなんてあまり通用しないもの。」
そりゃそうだ。クタナツだもんな。ますます嬉しくなってきた。
「アレクはいつも僕を喜ばせてくれるね。ところで、こんな物を作ってみたよ。」
魔力庫から取り出したのは円柱型の髪留めだ。ポニーテールにする時などに活用して欲しい。
「カース! これミスリルじゃない! ミスリルの髪留めって!」
ふふふ、アレクに似合うと思って衝動的に作ってしまったのだ。ノコギリ加工をする際に削り落とした一部を再利用したのだ。
しかもインディアンジュエリーを意識してデザインしてある。ミスリルをミスリルナイフで削るのはやはり大変だった。
「付けてみてよ。ゴージャスなアレクもいいけど、髪をまとめたアレクも見てみたいよ。」
「カース、付けてよ。」
おおっ、そう来たか。 では前髪を少し残して全ての髪の毛を後ろに集める。そしてポニーテールになる位置で留める。
アレクのゴージャスな金髪に緑がかった鈍色のミスリルがひっそりと鎮座する。
「ど、どう? 髪の毛が引っ張られてるような、スッキリしたような新鮮な気分よ。」
「すごく似合ってるよ。大人っぽいって言うのかな、綺麗だよ。」
これは本当だ。今までは可愛いやつだと思っていたが、ポニーテールのアレクはむしろ綺麗系だ。
「……カース……大好き。」
アレクが私に抱きついてきた。太陽以外に目撃するものはいない。
お互い布一枚しか着てないのでドキドキだ。
「僕も好きだよ。」
そう言ってアレクの頬に口づけて、再び抱き寄せた。
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