第263話

一方、カースによってサンドラを託された三人は、残る力を振り絞りペースを上げて歩いていた。アレクサンドリーネとセルジュは周囲の警戒も忘れてない。スティードは一心に四輪車を引いている。


一行がカースと別れて一時間は経っただろうか。


「カース君は大丈夫かな……」


セルジュの問いに答える者はいない。そんな余裕もないのだ。

無言でひたすら進むことさらに一時間、もう日没は目前だ。しかしそんな三人についに希望が見える。遠くにクタナツ城壁が見えたのだ。


「見えた! クタナツよ! 帰ってきたのよ!」


アレクサンドリーネが叫ぶ。

先程までの倦怠感が嘘のように消え、全員に力が漲る。


「よし! 私はここでカースを待つわ! スティード君、セルジュ君! サンドラちゃんを頼んだわよ!」


そう言われては彼らもカースを待つと言えず素直にクタナツに向かうしかなかった。アレクサンドリーネのマジックバッグを置いて二人はクタナツに向かった。


アレクサンドリーネはカースが追いついて来ることを確信している。落ち着いて座り込み水を飲みながらアプルの実をかじっている。


「カース……」


アレクサンドリーネの周りには悲壮感が漂う。カースも死にかけた。これが鍛錬遠足……九歳の子供達が……こんなことを……




日は既に沈んだ。

アレクサンドリーネはいささか心細くはなったが、カースが来るまで動く気はない。

じっとしていたため、だいぶ元気になってきた。

みんな無事にクタナツに着いた頃か、そんなことを考えていた。






カースは石畳に沿ってひたすら歩いていた。

あれから何時間歩いただろう。辺りは薄暗くなってきた。迷う心配がないことは嬉しいことだ。一心に歩くだけで必ずクタナツに帰り着ける。


色んなことを考えていた。

みんなは無事だろうか。

喉が渇いた。

腕が痛い。

疲れた。

暗い。


気温が少しずつ下がってきており、体力の消耗は減ってきた。

ボロボロのシャツ、汚れ一つないウエストコートとトラウザーズ。埃まみれの顔と汚らしいブーツ。クタナツを出発した時とは違うタイプの奇妙な格好である。


カースでさえ、スティードでさえここまでギリギリの消耗をしているのに他の同級生は一体どんな状況なのか。カースはそれがふと気になったが、特に興味はなかったので悩むことはなかった。そんな余裕がないとも言うが。


足からはズルズルと引きずる音、杖代わりにしている木刀からはコツコツと。そんな音が小気味よく聞こえる。グリードグラス草原では今から虫達の時間だが、この辺りは違う。眠りの時間だ。暗闇と静寂が支配する時間帯だ。




コツコツ、ズルズルとアンデッドが這いずるような不吉な音をいち早く聞きつけ動き出した者がいる。


アレクサンドリーネだ。こんな妙な音をさせるのはどうせカースに違いないと大急ぎで走り出した。ただし気持ちの上では。


実際には先程まで歩いていた速度と何ら変わりはない、亀の歩みだった。


「カース!」


返事がない。

コツコツと音は聞こえる。


「カース!」


それでも呼ぶ。

魔物かも知れないなんて考えもしていない。

音は確実に近付いている。


「カース!」


ようやく星明かりでも見える距離まで近付いた。やはりカースだ。

カースは半ば意識がないようだが、それでも歩くのをやめない。アレクサンドリーネより更に遅いペースではあるが進んでいる。


「カース!」


そんなカースをアレクサンドリーネは抱きしめる。カースの手から木刀が滑り落ちる。


「アレク……」


「カース!」


「水……」


カースはそう言って倒れ込む。アレクサンドリーネはカースに怪我をさせまいと必死に支える。しかしそんな体力があるはずもなく、結果的にカースがアレクサンドリーネを押し倒す形となった。


アレクサンドリーネにとってはしばらくこのままで居たかった。しかしカースの一言で気付かされた。

カースは水を持っていなかったのだ。水を分け与え樽を捨て、四輪車も譲った。魔物の足止めをするため咄嗟に一人で立ちはだかった。

その結果、水を持たずに何時間も歩き続けたのだ。魔物を倒した後で!


自分達は何と愚かだったのか。カースの言われるがままに行動し、カースのことを何も考えてなかったのだ。途中に水袋の一つでも置いておけばカースがここまで消耗することはなかったかも知れない。


アレクサンドリーネは水袋をひっくり返しカースの顔にかける。そして自分の口に水を含みゆっくりとカースに飲ませた。

カースの喉が動いたのを確認し再び飲ませる。何回か繰り返し顔をきれいに拭き取る。これで大丈夫のはずだ。


問題はこれからだ。自分にカースを負ぶって運べるほどの力はない。ならばカースが起きるのを待つしかない。この暗闇の魔境で。

アレクサンドリーネは迷わず腕輪を外した。


『水壁』


自分達の周りを囲う。カースが目覚めるまで自分が守るのだ。評定などどうでもいい。風操などでカースを浮かせて運ぶ方法もあるが、魔力が心許ない。マジックバッグを朝からずっと背負っていたため、空ではないが魔力があまり残ってないのだ。

よってカースが起きるまでこうして守ればいい。水壁は一度出せば維持にそこまで魔力を消費するものでもない。簡単なことだ。

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